三話
広い草原の中に連なる数々の馬車。全てが地龍を倒しに行く、そのための人間だった。その中の一つ、ことこと揺れる馬車の中に私はいた。馬を操舵するのは恰幅のいいおじさん。
彼はまるで神にでも会ったかのように私に対応する。
「勇者様、今のうちにお休みください。といってもこのような馬車の中ではあまりゆっくりできないでしょうが」
そんなことはない。これでもかと言うほどに豪華な馬車。それに食事だって、どこぞの国王が食べるのではないかと言うようなものが準備される。ここで生活しろと言われても困るようなことは無いに違いない。
見通しきれないほどに広がる草原、それを見つめながら私は考える。どうしてこのようなことになっているのだろう。エウロスさんを殺してから私の意識は戻っていた。
だけれど、不自由なく動けるわけではない。やるべき事に逆らおうとすると私の行動は止められる。
どうやら”勇者”である私もある程度の自由は認めてくれるらしい。
といってもお嬢様の所に駆けつけることもできる訳ではないし、魔物との戦いを止めることができる訳でもないのだけれども。
意識があるだけで私に自由がない事は変わりなかった。そもそもお嬢様がいなければ何も意味はない。
口寂しくなり用意されている干し肉を齧る。全く味を感じることができない。お嬢様と離れて以来ずっとだった。
ああ、お嬢様に会いたい。けれどお嬢様を刺した私にそのようなことを望む資格はない。どんな顔をして会えばいいと言うのだ。
『ふふ、貴方も細かい事なんて気にしないで殺戮を楽しめばいいのよ』
”勇者”としての私が語り掛けてくる。時折ある事だ。きっと”勇者”としての私も暇なのだろう。
基本的に戦いの時しか出てこられないのだから。そんな”私”に愚痴る。
「何を言ってるのよ。全ては貴方のせいじゃない」
『人のせいにしないで欲しいわ。本来私の方が正しいというのに』
まあ、”私”のいう事にも一理あるかもしれない。あの憎々しい神によると”勇者”として私は生まれ、人間の救世主となるはずだった。けれど人から蔑まれ、あろうことか魔物に拾われシエルとしての生を受けた私は本来の”勇者”としての人格は消え去ってしまっていた。
結局、それも無理やり戻されたのだけれども。私、”シエル”は存在するはずではなかったのだ。
『大人しくずっと眠っててもいいのよ?』
「はぁ……」
語り掛けてくる声を無視してため息をつく。馬を操舵しているおじさんが何か不満でもあったのかと気が気でない様子だったけれどもそんな事はどうでもよかった。
このままでは私はレアさん、テティスさん……そしてお嬢様と対峙するのは間違いない。そんな事になるくらいなら死んでしまいたいのだけれども、それは許されていない。私は籠の中の鳥なのだ。自由はなく、できることは何もない。従うだけだ。
お嬢様ことを考えながらことこと揺れる馬車に身を任せている内に、眠りについていた。
「勇者様、お食事はどうなさいますか?」
「ん……」
目を開くともう外は暗くなっている。どうやら随分と寝ていたようだ。大分草原の中を進んでいるようだけれども今日は野宿のようだった。
「お願いします」
たとえお嬢様が傍にいないと食事が味気ないとはいえ食べない訳にはいかない。馬車の外から出ると中心にある明かりを囲んで沢山の人達が笑いあい、騒ぎあっていた。私が出てきたのを見て、勇者様! や女神様! と言う声がいくつもかかる。
それに応える様に軽く笑い、手を振る。それだけで、興奮し湧き上がるのだから単純なものだ。昔はあれほど蔑んでたくせに、と少し思わないでもなかった。
目の前に救いがあれば手を伸ばす。それがたとえ何であろうとも。
私はお嬢様に拾われた時の事を思い出し、一人笑っていた。
「シエル、どうしてしまったの?」
茶色のふわりとした髪、いつものように気品を感じさせるその仕草。彼女、地龍レアさんはエウロスさんと同じように私に尋ねた。
それに対して剣を突き向ける。私は答えるすべを持たない。今、私は”私”なのだから。できることをしよう、せいぜいあらがおう、”私”が前に出ないように。
結果は……同じだった。
私の前に横たわるレアさん。間違いなく私が殺したものだ。
『ふふ、でもあそこまで抵抗するなんてね。想像していなかったわ』
”私”はぬけぬけと言う。必死に”私”が出ないようにしていた。私も”私”も表にいない時、表に残るのは虚無としての私。
それならばきっとレアさんにも勝ち目はあるはずだった。でもレアさんは……きっと私が全く知らない人間だったら勝っていたに違いない。
相手が私だったせいで全力を出せなかった。いや、出していなかった。ああ、これでレアさんまでもが死んでしまった。
残るはテティスさんとお嬢様。
テティスさんならきっと、私を殺してくれるだろう。
そう願い、私は手に握る剣を突き立てた。




