一話
カーン、カーンと言う鐘の音で目を開き、体を起こす女性。
腰まで伸びる艶やかな黒髪に透き通るような白い肌。いまいちその細い体は今にも折れてしまいそうなか細い印象を受ける。その隣には可愛らしい寝息を立てる赤髪の少女。大きくクリッとした閉じられた目に、幼さの残ると言うよりも幼い顔立ちと言った方がいい少女。
ぱっと見、一点を除いては普通の少女だ。そう、頭に生えている禍々しい黒い角を除いては。
「お嬢様、起きてください。朝ですよ」
「後一日……」
「それ、明日も同じことを言うでしょう? 永眠するつもりですか」
まあ、返事をしたのならもうすぐ起きてくるに違いない。私はその間に自分の身支度とお召し物の準備をし、いつでもお嬢様の着替えをできる様にしておく。
丁度準備が整った頃にお嬢様はベットから立ち上がった。
「おはよう、シエル」
「おはようございます、お嬢様」
まだ寝ぼけているお嬢様の服を着替えさせ、髪をとかし整える。これが今の私の仕事だ。お嬢様に仕え、いつでもそばにいる。
大変? 幸せでない?
決してそんな事はない。私は今の生活が幸せだ。整えられた髪にピシッと着こなした服。うん、何も問題ないだろう。
「お嬢様、食事に行きましょう」
「うむ、行こうか」
ここまでくるとお嬢様は目を覚まし、いつもの凛とした様子に戻る。私はそんなお嬢様の一歩後ろをついて行く。
大きな屋敷の中を歩き、ある一部屋に入る。そこにはすでに準備された二人分の朝ご飯、そしてそこに控える一人のメイド。
「おはようございます、お嬢様」
「ああ、おはようディア」
「おはようございます、グラウディアさん」
「おはよう、シエル」
この人はグラウディアさん。私がここにやってくるずっと前からお嬢様にお仕えしている方だ。なんでそんな人を差し置いて私が一番お嬢様の身近の世話をしているのかは未だに疑問は尽きないけれども……
「どうしたの、シエル。食べましょう」
「あ、はいっ。いただきます」
お嬢様に促され、手を合わせ食前の挨拶をする。本来、メイドである私がお嬢様と一緒に食事をとるなんて考えられない事だ。けれどお嬢様がこちらの方がいいと言っているので私はお言葉に甘えてる。何よりお嬢様が少し眠そうな顔をしながら小さいお口で食べる様子は可愛らしくて、身悶えする。
っと、ずっと見惚れているわけにもいかないんだった。
「お嬢様、今日はどうなさるのですか?」
「今日は族長が集まっての会議ね」
「ご一緒します」
正直な所、私がいったからといって何かができる訳でもないのだけれども。私の仕事はお嬢様の一緒にいる事なのだ。食事を食べ終えたら早速その準備へと取り掛かる。
屋敷の中にある他と比べてひときわ大きな部屋。よく、大勢が集まるときに使われている部屋だ。お嬢様はそこの扉を無造作に開く。中にはすでに集まっている各魔物の長達。
皆がお嬢様を敬うように注目する。
そのお嬢様は皆の先頭に立ち、凛とした様子で一言。
「では、会議を始めよう」
その言葉と共に会議は始まる。
「岩石巨人は?」
「こちらも攻撃が激しいです。拮抗しており、攻め込むことは不可能かと」
「ふむ。炎竜、向かえるか?」
「厳しいですね。前回の被害が激しくまだ編成が整っておりません」
「むぅ……」
今、お嬢様たちが話しているのは人間との戦いの事だ。――人間と魔物は争っている。それも私達が生まれる随分前からの話だ。
原因なんて知らない。ただ、自分と違うものが気にくわない、怖い、理解で生きないから争うことなどよくある事なんだろう。そのことは私も身を持って知っていた。
日に日に魔物と人間の戦いは激化してきている。その中に魔物をまとめる龍種が四柱、その一柱の炎龍であり、この辺りを治めているのがお嬢様だ。そのお嬢様の力は絶対であり、この辺りの魔物も皆、敬い、従っている。
そんなお嬢様に人間である私が拾われたのはなんと数奇な運命だろう。私が考え事をしている間にも 会議は進んでいく。
「ではそのように。解散」
日が傾き、空が橙色になってきたころにやっと終わる。部屋から出、去っていく各魔物の長達。この時間はあまり見ることのできないお嬢様の凛とした姿を見つめる時間であり、貴重なものなのだけどお嬢様と話すことができない時間でもあり、もどかしいものでもある。
全ての魔物が出て行った後、私はお嬢様に声をかける。
「お疲れ様です」
「ふう、中々に面倒だな。全く、私にこういったことは向いていないというのに」
「そうですか? 凛としていてテキパキ指示を出すお嬢様はかっこいいですよ?」
「なっ……ば、馬鹿なことをいうなっ!」
私の顔を見、瞬く間の間だけ硬直したあと顔を赤くしてそっぽをむくお嬢様。
あぁ、可愛らしいなぁ……こんな姿のお嬢様を見ることができるのもの私だけの特権である。こんなお嬢様を毎日見ることができるなんてなんて幸せなんだろうか。
だけどその私の笑みは次のお嬢様の言葉で固まった。
「ああ、そう言えば明日から私は粘液族の所へと向かう。恐らく二日ぐらいはかかるだろう」
「えっ……」
つまり明日から二日間、お嬢様は屋敷にいないという事である。二日間もお嬢様がいないという事である。
二日間もだ。
大事なことなので三回言いました。
「なるべく早く帰るようにはするさ」
「そんなっ、私はお嬢様成分をどこで補充すればいいのですか!?」
「お嬢様成分とはなんだ」
「お嬢様の愛くるしい姿の事です」
「もとよりそんなものはない」
ぴしゃりと言い切り、歩みを進める。私のわがままだっていう事は勿論分かっている。人間で、非力な私がついて行ったとしても危険なだけで役に立たない。それどころか足手まといになる。それならば屋敷にいた方がいいという事も理解しているのだ。それでも言わずにはいられない。
だだをこねる私を見かねてか、本当に仕方がないと呆れた様子でお嬢様が口を開いた。
「分かった分かった。では普段の褒美もかねて帰ってきたら何か一ついう事を聞いてやる。それでどうだ?」
「本当ですか!?」
「あ、ああ」
飛びつく。お嬢様を食べてしまいそうな勢いで飛びついた。私の様子に驚きをあらわにしているお嬢様を放っておいて夢想する。
なんでもかぁ、つまりお嬢様にあんなことやこんなことを……えへへへへへ。
にやけ顔が止まらない。
早くも明々後日が楽しみだ。
「こんな事言うべきではなかったか? いやしかし……」
小声でぶつぶつ言っている言葉も気にならないほど私は妄想に夢中になっていた。
その日はそれからいつも以上に丹念にお嬢様の体をすみずみまで堪能……いや、すみずみまで洗った。ベットの中でもいつも以上に強く抱きしめお嬢様のぬくもりを堪能する。
二日も離れるのだ。お嬢様成分を今のうちに補給しておかないと。お嬢様は息苦しそうにしながらも眠りについたようだ。
私も寝ないと。お嬢様がいないからと言って暇になる訳ではない。仕事はもちろんあるのだ。
これは魔物の長であるお嬢様とお嬢様に拾ってもらった人間である私のお話。