十二話
朝日を浴び、体を起こす。
隣りにはいつも通りお嬢様が……
「あれ? お嬢様?」
いなかった。しばし、目を擦りながら考える。
そうだった、今はエウロスさんの所であり、お嬢様はいない。昨日はあの後、エウロスさんと水浴びに行き、そのままここへと戻り、そのままベットに横になったのだ。
兎に角、今日こそはここにきた用事とやらを終わらせるみたいだし、いつ声がかかってもいいように準備を整えるとしよう。
そう私が身の準備を初め終えたころにコンコンという扉を叩く音が聞こえる。
「シエル? 起きてるかい」
起きていないのであれば意味をなさないであろうその質問をしながら扉はそのまま開かれる。
「おはようございます、エウロスさん」
扉を開けた人物、それはお嬢様と同じ位置に立つ四龍の一柱、風龍であるエウロスさん。
お嬢様とは違い、背が高く、すらっと整った顔立ちはそことなく大人びた雰囲気がある。実際四龍の中でも一番大人らしいのではないかと思っているのはお嬢様には秘密だ。
「おっ、早いもんだね、もう準備までできているのか」
「いつもこの時間はお嬢様を起こす時間ですから」
逆にエウロスさんはもう既に準備を整えて、ここにきている。きっとお嬢様が起きていない方がおかしな話なんだろう。
「はは、では早速だが向かうとするか」
その言葉に首を傾げる。一体どこに向かうというのだろう。未だに何も聞いていない。
そんな私の不安を見透かしたかのようにエウロスさんは、
「はは、心配しなくても問題ないさ。シエルにとっても利のあることだ」
結局それは答えになっていなかったのだが。
その後、私が尋ねようにもエウロスさんはついてくればわかる、と言わんばかりに歩き出す。
私はそれについていくので精一杯だった。
シエルとエウロスが里を離れ、しばらく歩き一つの村を越えた先、そこは先が見通せないほどに広がる広大な森だった。
「さて、私が案内するのはここまでだ。後はシエル一人で行ってくれ」
森を指差しそういった。
「え……と。この森の中に私一人で? エウロスさんは?」
理解が追いつかない。森にきたのも分からないし、ましてや一人でいけと言われるなんて想像だにしていなかった。
「ああ、私が行くわけにはいかないのだ。シエルが一人で行かなければならない」
なぜ、と尋ねようにもエウロスさんはそういうものなのだとしか言ってくれない。
「分かりましたよ! 行きますよ!」
やけになりそう言って、森の方へと向かう。
どのみちこれが終わらない限りお嬢様には会えないのだろう、それなら行くしかないじゃないか。
「獣道を辿って行くと祠があるからなー」
後ろで聞こえる声を聞き流しながら私は森の中へと入っていった。
入るや否や私は後悔していた。
「うぅ」
薄暗い森、もう既に入口の明かりは届かない。周りを照らすのは木々の隙間から微かに入ってくる明かりだけだ。
その中を一本の獣道を辿って歩いて行く。
「どうしてエウロスさんはこんな所に私を……」
元々私は怖がりだ。それでもただ、暗いだけの森というのであればまだましだったのだけれども……ここは生き物の気配が全くしない。
ここまで歩いて来て虫の一匹さえいなかった。
そして、こんな所で何をするというのだろう。ただでさえ、不安なのにそのことが更に私を不安に駆り立てる。
そんな渦中の中、しばらく歩いた後にエウロスさんが言っていたであろう小さな、祠を見つけた。
本当に小さな小さな祠、ただ、それは神秘的で美しく、神々しくさえあった。
「……どうすればいいんだろう?」
エウロスさんが言っていたのは恐らくここの事だろう。でも何をすればいいのかわからない。
こんなことになるならちゃんと話を聞いておくべきだった。
「えっ!? 人間?」
私が一人で悩んでいるとかかる少女の声。
周りを見渡してもその姿は見つからない。
「こっちだよ、こっち!」
声の方向を向いても誰かがいる気配はない。不思議に思って私が首を傾げていると突然目の前に現れた小さな小さな何か。
「ごめんごめん、こうしないと見えないんだった。ん、どったの?」
目の前で話すのは、羽が生えていて、それに浮かぶ虫……とはいいがたい、人の姿をしたもの。
「ちょっとちょっと! こんな可愛い妖精を虫と間違えるなんて失礼すぎない!?」
妖精……? 妖精とは確か、いろんな森に住み、魔物に属するわけでもなく、人に属するわけでもない稀有な存在だった気がする。
確かに言われてみれば、その小さな姿は可愛らしいかも。
「そうでしょうそうでしょう! なんたって風精霊様なんだからね!」
腕を組み、偉そうに胸をはる姿に私は首を傾げる。
今とても重要な事を言った気がする。
風精霊? それって確か、この世界に存在する四大精霊の一つのような気がするのだけれども。
「そうよ? 私こそが四大精霊の内の一人、風精霊様よ?」
その言葉にしばし固まる。お嬢様から聞いた話だともっと立派な……と言うには失礼だろうけれども、女性らしいものを想像していた。
「全く……失礼しちゃうわね。で、あんたは何でここに来たの?」
「何でと言われましても。エウロスさんに言われてとしか……」
「エウロス? ああ、今代の龍か。確か風龍がそんな名前だったわね。ん? じゃああなたは何なの? 人間でしょう? 魔物に組しているの?」
「それには色々ありまして……」
「聞かせなさいよ、どうせ私は暇していたところなんだから」
「は、はい」
風精霊の勢いに押されるままに、私の話、お嬢様に出会ってから今までを話した。
――日が傾くまで話した後、風精霊の顔は涙にあふれていた。
「うっ、ぐすっ……あんた、中々に辛い人生を送って来たのね。うっ……」
泣きじゃくる風精霊。正直私の話でこうなるとは思っていなかった。
「でも、そういう事なら今代の勇者としてきたわけではないのね。只の魔物側の挨拶か」
先程まで泣いていたのが嘘かのように一瞬で表情を変える。その方が私としても話が早くて助かるのだけれども。
「そう言う事ならエウロスには何もなし! おっけー! って伝えといて」
「はい」
あまりにも軽くてそれでいいのかと思わないでもないけれども、今まで話して風精霊さんはこういう人だと分かっていたので、もう何とも思わなくなっていた。
風精霊と思えない面白い方だ。
それから少しの間、風精霊の話に付き合い、もう森の外へと帰ろうとした時だった。ふと、真面目な顔になり、話し出す。
「ねぇ、シエル。きっとあなたにはこれから大変な事が待ち構えているわ。でもね、決して諦めないで」
「……?」
突然の真面目な話に、今迄からはとても考えられないような風精霊の雰囲気に戸惑う。突然どうしたのだろう?
「その時が来たらわかるわ。私はあなたの味方だから、いざという時は相談に乗るぐらいの事はできるわ」
一体、何があるのかは分からないけれども。風精霊さんは味方になってくれるみたいだ。
「はい、ありがとうございます」
戸惑いながらも礼を言う。
「うん、じゃ、シエル元気でね! いつでも遊びに来ていいのよ」
「はいっ! ありがとうございます」
ずっと小さな姿で手を振る風精霊さんの見送りを受けながら私は森を後にした。
森を抜けた先、そこにはエウロスさんがいた。
「お帰り、シエル。風精霊様には会えたかい?」
「はい。と言うかあらかじめ言っておいてくれればよかったのに……」
エウロスさんは知っていたのだし、言っておいてくれればそれほど驚くこともなかっただろうに。当のエウロスさんは悪戯が成功したときの子供のような顔をしていた。
「あははは、すまない。で、風精霊様は?」
「そのまま伝えますと何もなし! おっけー! と」
苦笑しながら風精霊さんの言葉をそのまま伝える。
エウロスさんも私と同じように笑っていた。
「うん、なら問題ないね。じゃ、帰るとしようか」
「はい!」
エウロスさんの背に乗り、お嬢様の所へと戻るとする。
ただ、私の胸の中につっかえている事が一つ。風精霊さんの言っていた事。
一体何があるというのだろう。
でも、何があってもお嬢様さえいればすべて乗り越えられるような気がした。




