十話
今回も短いです
次回からもう少し長くなるはず……
更新明後日の12/16予定
「お嬢様! 結婚しましょう!!」
「はぁ?」
とある日の夕方、意気揚々と二つの握りこぶしを作りながら私のメイドはそう言った。
いつもながら唐突なメイドに私は素の返事を返す。
「はい! お嬢様と私の仲ですし、そろそろ結婚してもおかしくないと思うのですがどうでしょうか?」
「いや、ちょっと待て」
突然の内容に頭を抱える。こいつは何を言っているんだ。結婚、それは人間にも魔物にも変わらずある風習である。愛するもの同士がお互いに夫婦となり、その関係を周りへと明確にするものだと認識している。
「念のため聞いておくが私とシエルがで間違いないか?」
「はい! それは勿論です!」
「はぁ……」
意気揚々と返事を返すシエルについため息が漏れてしまった。どうしてこうなったのだ。
「私はそのための段階は踏んできたつもりだったんですが……」
いつの間にその段階を踏まれたというのだろうか。
そんな覚えはないぞ。
「兎に角、その話は置いておくとしよう」
そう言って話を打ち切った。
その後、風呂や布団に入りながらシエルの言ったことを考える。
昔、シエルを拾ってから随分とこいつも成長したものだと思ってはいたが、いつの間にそういう事を考えていたのだろう。確かに最近シエルは私の傍で何事もそつなくこなすようになり、立派なメイドとなっている。
しかし、いつの間に段階を踏んだというのだ。
思い返してもそのようなことは……いや? いつでも一緒におり、食事、お風呂、果てには床を共にする。ここまで考えて気付く。シエルの言っていることは過言でもないかもしれない。こうやって考えてみると確かに段階を踏んでいるのでは?
「いやいやいや」
口に出して否定する。隣りではシエルが不思議そうに首を傾げていたがそんな事は気にしない。
シエルと私が結婚?
……一瞬でもいいものだと考えて思い直す。
そもそも私は魔物の頂点である龍である。そのためには威厳も必要なのだ。人間の女といちゃついている、果てには結婚したとでも話が広がれば威厳も糞もあったものではないではないか。
実際、アグニがシエルに対してデレており、気を許しているのは毎日傍に連れていることからも明白であり、屋敷にいる者までか、アグニが治める場所の者にはほとんど知られているのであるのだが。気付いていないのは本人とシエルぐらいであろう。
・・・・・・・・・
珍しく、シエルがいない部屋の中、お嬢様が不思議なことをお尋ねになった。
「なあ、ディア。シエルが結婚をしようと言ってきたのだが」
「シエルがですか?」
「ああ、どう思う?」
どう、と聞かれても正直に返すのならばもはや結婚しているようなものではないかと思う。
シエルはいつでもお嬢様の傍にいて、何をする際も一緒と言っていいだろう。どんな仲良く睦まじい夫婦でもこうはいかないと思う。
と、そんな本音を隠し、何ともないように表情には出さずに一言だけ返す。
「お嬢様のお好きなようになさればいいと」
「そ、それはつまり……私とシエルが結婚してもいいと?」
ほんのりと顔を赤くしちらちらとこちらを伺う。
どうやらお嬢様も満更ではなさそうだ。日頃の様子からもそうではないかと思っていたけれども。ついにシエルと結婚というと感慨深いものである。
「婚儀の準備を整えましょうか?」
からかうように私は聞く。
「な、なにを 言っている!! この私が結婚など……」
「そうですか? お二人は大変お似合いだと思いますが」
慌てふためく様子が少しおかしくて、ついついからかってしまう。まあ、実際に思わないでもないことだけど。
「そ、そうか、私とシエルがお似合いか」
そういって指をつんつんと重ね合わせるお嬢様はやはり満更でもなさそうだった。
「ふふ」
これは式を挙げる日も近いのではないかな? と考えると面白くてつい、笑ってしまうのだった。
そんな会話をしてからというものの、二人の様子は少しぎこちなく感じる。二人、と言うのは言うまでもなくお嬢様とシエルの事だ。例えば、昼食だ。
いつもならシエルは蔓延の笑みで、お嬢様はほんの少し、本当にわずかに顔を赤くして口に運ばれる料理を食べるのだが今日は、
「はい、お嬢様」
「う、うむ……」
シエルによって口の前へと差し出される料理を食べようとして、躊躇する。何を今更恥ずかしくなっているのやら、と思う。きっと結婚の事を意識してお嬢様の中では色々な考えがめぐっているのだろうけれども。
「どうぞ、お嬢様」
シエルのその言葉でやっと口にする。何だかんだ結局は口にするのである。そのようなあまったるいやり取りが何度も繰り返される。
その他にも、お嬢様とシエルのいつものじゃれあいには変化があった。シエルはいつも通りなのだけれどもお嬢様が度々結婚、と言った事を思い出しているのかぎこちなくなる。
「はぁ」
その二人の様子に早く結婚してしまえばいいのにと、こっそりため息をつく。
お嬢様はどうせ周りへの外聞が、とか威厳が、と言ったことを考えているのだろうけどシエルが来てからというもののお嬢様のそう言う所は周りの魔物に周知されている。
それを本人が理解すればいいのだろうけれども。そうすればお嬢様も悩むことなく、大っぴらにいちゃつくに違いない。ただ、その為にはもうしばらくの時間が必要そうだ。
それは不幸なものではなく、幸せな事。
お嬢様の幸せを願う私はそれが早く訪れないかとひっそりと心待ちにするのだった。




