九話
一人の黒髪の女の子が屋敷にやってきて数ヶ月が経ったときの事。
「シエル、貴方にも今日から仕事についてもらいます」
「は、はいっ!」
その黒髪の少女に対面するは一人のメイド、屋敷の中で二番目に偉いであろう、グラウディアだ。
少し緊張した様子で答える少女の隣にはいつものようにお嬢様と呼ばれるこの屋敷の主はいない。
「貴方にはメイドとしてこの屋敷の給仕等をしてもらいます。覚えることも多く大変だとは思いますが、頑張るように」
「はい!」
元気よく返事をする少女の仕事が始まった。
「まずは掃除です。この屋敷には様々な方がやってきます。炎龍であるお嬢様のメンツにも関わる話です。しっかり励むように」
「はい!」
坦々と説明するグラウディア。それに先ほどと同じように説明を聞き、返事する。受けた指示を理解し、それに対して適切な行動を行っていく。
ただ、時折屋敷を歩く他の魔物に驚いたり、ふと何かを思い出したかのように動きが止まるのだが。けれどそれは多めに見てもいいぐらいに初めてにしてはよくできている。
まあ、する事は他にも沢山あるのだけれども。取りあえず掃除に関しては大丈夫そうだ。
「では、次は洗濯です。この屋敷には服を着るような者は少ないですがそれ以外にも洗うものは沢山あります」
「はい!」
沢山の積み上げられた布を二人で洗っていく。手で擦り、汚れを擦り落としていく作業。
途中、少女の手が止まる。その手に握られるのはとても小さな布地。
「こ、これはお嬢様のっ!?」
「ああ、お嬢様の服は傷むといけないので気を付けてください」
動きが止まる少女を放っておいてグラウディアは手を動かす。その隣でしばらく固まったのち、慌てたように再び動き出すのだった。
それからしばらくの間、仕事をこなした後、
「今日はこれくらいにしておきましょう」
「は、はい……」
そこには朝の元気は無くなり、打って変わって疲れ果てた少女の姿があった。
「ほら、お嬢様が待っていますよ?」
だが、その言葉で一瞬で元気を取り戻し、駆けて行く。
その背を見て取り残されたグラウディアは一人、笑う。
夜、少女はこの屋敷の主、お嬢様否アグニへと今日の事を楽しそうに話す。
アグニも楽しそうにその話を聞いていた。
「仕事は大変じゃないか?」
「いえ、今までお世話になっていた分、頑張ります!」
「そうか、でも無茶はしないようにな」
「ご心配、ありがとうございます!」
そんな日々が続いたある日、アグニがグラウディアへと尋ねる。
「シエルはどうだ?」
「はい、中々覚えもよく、しっかりやっています。あれならば十分に役に立つでしょう。ただ……」
「ただ……?」
言葉を濁すグラウディアに尋ねる。
「お嬢様が傍にいないと落ち着かないみたいで時折きょどきょどして落ち着きがないですが」
「そ、そうか!」
そこはかとなく嬉しそうに顔をほこらばせた。グラウディアは思う。最近お嬢様も落ち着きがない。
恐らくそれはずっと一緒にいたシエルがいなくなったからだろう。それならばいっその事……
「シエルを屋敷のメイドではなく、お嬢様専属のメイドにしたらどうですか? お嬢様の周りも手が足りてるわけではありませんし。シエルならお嬢様も信用がおけるでしょう」
「む、しかしそれは……」
お嬢様もそうしたいみたいだけど気軽に肯定はできないようだ。
きっと龍としてのプライドでもあるのだろう。やれやれ、仕方が無い。
「では早速シエルを呼んできますね」
「なっ、ちょっ」
お嬢様の呼びかけを無視してシエルの所に向かう。
シエルは私を見るなり駆け寄ってきた。
「どうしたのですか、グラウディアさん」
「貴方には別の仕事を与えようと思ってね」
「えっ」
驚き、固まるシエル。シエルとしてはやっと今の仕事に慣れてきたのにといったところなのだろう。そんな様子にくすりと笑いながら告げる。
「大丈夫よ、貴方にとっても悪い事じゃないわ」
不安そうについてくるシエル。そんな様子が少し可愛らしかった。けれどそんな表情もお嬢様の執務室の前へとつくとうってかわる。
今までの不安そうな様子はなくなり、途端笑顔になる。
「お嬢様? 入りますよ」
「う、うむ」
扉を開けると、少しうれしそうな、そして緊張したお嬢様がいた。
きっとシエルの前では威厳を見せようと緊張しているのいるのだろう。
「お嬢様!」
「うむ、シエル。頑張っているか?」
「はい!」
「では、お嬢様。私はこれで」
「なっ?」
慌てるお嬢様を放っておいて私は外へ出る。
あとは二人に任せておいていいだろう。
静かな執務室の中、見つめあう二人。
じっと顔をみるシエルの笑顔に屈してかやっとのこと、アグニが口を開く。
「なぁ、シエル。今の仕事は楽しいか?」
「はい! 楽しいです。だけど……お嬢様が近くにいないのが不安でしょうがなくて……」
「そ、そうか。ならばよかったら私の周りで働かないか?」
「えっ?」
「ちょうど人手が足りないと思っていたのでな。どうだ、シエル? やってくれないか」
「は、はい! やりますっ!」
喜びのあまり抱き着いてくるシエルを抱きかかえながら、アグニもシエルの近くにいられることがうれしくて、ひそかに心の中で喜ぶのだった。




