精霊祭にて
さあ、今日は半年に一度のお祭り、精霊祭だ。ロッテは朝から何かをひたすら暗唱している。邪魔をしたら悪いので、シャールテさんに尋ねてみると、精霊祭でロッテが祈祷を行うのでその練習をしているんだそうだ。
「精霊祭での祈祷はロッテが毎回行っているんですか?」
「あの子が五歳の時に海の大精霊から加護を頂いたの、それから祈りを捧げる担当になったわね」
「海の大精霊?」
「精霊は普通、火、水、土、木、風と分類されるけれど、それ以外に海、太陽、月の大精霊と呼ばれる存在が居るの」
「大精霊に加護を受けるものは滅多に現れない、あの子が加護を受けてからこの村での海の事故は一度もないのよ」
海の大精霊とは漁村にとって有難い存在なのだろう。意外にもロッテは凄い子だったらしい。話が終るとシャールテさんは祭りで出される食事作りに駆りだされていった。
俺の横では、いつの間にか暗唱をするのを止めたロッテが木の実を食べている。
「精霊祭って具体的には何をするの?」
「うーんとね、お祈りをしてピカッとしたら、皆でご馳走を食べるの!」
「ふむ」
ピカッとするという件が良くわからなかったが、祈りを捧げてから食事という流れなんだな。お酒も出るらしく、昨日ロットンさんが楽しみにしていた。
ロットンさんと俺は祭りの為に、3日間山に篭って大きなイノシシ1頭と、シカを2頭仕留めて来ていたのだ。ロットンさん曰く「これで心置きなく酒が飲める」だそうだ。
「ご馳走か、村の人全員が集まるとなると作るのも大変そうだ」
「クィールとウルッグの人たちもくるよ」
「招待客か、エルフやドワーフも来るのかい?」
「んー? こないよ」
精霊にはエルフやドワーフの方が関連があるかと思ったのだが来ないのか。もしかしたら彼らには彼らの精霊祭があるのかもしれないな……。
俺は特にする事がなかったので、こないだ壊れた庭の柵を修理しておく。柵が壊れていたからと言って何が入ってくるわけでもないのだが、見た目も大事だ。
日も暮れてきて、いよいよ祭りの始まり。村の広場には初めて来たがかなり広い。広場の奥には舞台のようなものがあり、そこに村長とロッテがいた。ロッテは白い衣装に着替えており、いつもより神妙な顔をしている。
舞台の近くには来賓客用の席が設けられているようで、クィールとウルッグが並んで座っていた。広場中央には櫓がありその上には大きな水晶球が飾られていた。
「これより、精霊祭を始めるにあたり、海の大精霊に日々の感謝を捧げる」
村長が下がり、ロッテが舞台中央に歩み出てきた。
「日々の糧を与えてくださる、大いなる海。その加護を与えてくださる大精霊に感謝を捧げます」
ロッテが舞いだした。音も無く滑らかに歩みを進めていくと思えば、『カンッ!』強く足踏みする音と共に動きを止める。踵のあたりに何か音の鳴るものが付いているようだ。
広場に居る皆が静かに見守っている。やがて広場の中央に飾られていた水晶が淡く青い光を放ち始めた。腕の動き、足の運び、その真剣な表情はいつものロッテからは想像もつかないものだ。
口も小さく動いている、舞いながら祈りの言葉を唱えているようだ。
『カンッ!』
一際大きい音が鳴ったと同時に、水晶の光が広場全体を照らし、再び淡い光に戻った。
舞台を見ると、ロッテが中央でお辞儀をしていた。祈祷は無事終ったようだ。
「これからは皆の勤労に対する感謝、好きに食べ飲み、楽しんでくれ」
村長の一言が宴の始まりだった。
『オオオオオオオオオ』
沈黙を守っていた皆が、騒ぎ始めた。
俺はシャールテさんとロッテを迎えに行く。ロッテはすでに着替えており、こちらに気づくと照れくさそうにしていた。
「ロッテ、すごかったよ」
「うー」
「ははは」
笑いながらロッテの頭をガシガシと撫でる。
「ううー」
ロッテは唸りながらシャールテさんの方へ逃げていった。
「あらあら、ロッテはこんなに恥ずかしがり屋さんだったかしら?」
フフッと笑って、ロッテを優しく抱きしめる。
「ロッテ、立派でしたよ、後は楽しみましょう」
「うん!」
俺達には席が用意されていた、ロッテが役割を持っていたからで、俺はそのお零れだ。
「かんぱーい」
「乾杯」
ロッテはブドウジュース、シャールテさんと俺はブドウ酒だ。
食事の方はと言えば、さすが祭りだけあって普段見たこと無いような豪勢なものばかりだった。ロッテはすでに鶏モモ肉にかぶりついている。
「はい、ツアールさん」シャールテさんが笑顔でお酒を注いでくれる。
酒を飲みながら煮魚をつついていると、ロットンさんがやってきた。
「おーい、『薪割り』飲んでるか?」
「まあそれなりに」そう言って空になった瓶を見せる。
「もうそんなに空けたのか、酒に強いんだな」
「どうでしょう、まだ酔ったという感じでは無いですが」
ペースが速いのは、特に酒好きだからという訳ではない。杯が空になるとシャールテさんがどんどん注いでくるんだよ。
そんなやり取りをしていると、騒がしい一団が近づいてきた。海仕事担当の人たちだ。
「オウ、お前が『薪割り』か」
一団の頭らしい男が声を掛けてきた。頭に耳がある、形的にウルッグ系かな?
体つきは逞しく、頬には大きな傷があった。
「ああ、ツアールだ、よろしく」
「ゴウザだ」
「おれぁまだお前を認めたわけじゃねえ、宜しくするかどうかはその後だな」
確かゴウザの二つ名って『腕折』だったな…。喧嘩でも始めるつもりか?
「ハァ~、やれやれ。認めるとかなんとか言っとるが、勝負したいだけだろが」
「ガッハッハ、さすがロットン分かってるな!」
「ツアールは負けないよ!」
「オッ、ロッテ嬢ちゃんはいつも元気だな。そう言われちゃやらずには居られねえよな? 『薪割り』」
むむ、身内に逃げ場を塞がれるとは。ロッテ…恐ろしい子。
「何の勝負をするつもりなんだ?」
「男同士の勝負と言えば、腕相撲だっ!」
腕相撲…それで『腕折』か。まあ血なまぐさい事にならずに済んだのはよかった。
「いいだろう、受けて立つよ」
「よし! お前ら支度しろ!」
『ウオオオオオオ!』
取り巻きたちが興奮してどこかへ走っていった。暫くして戻ってくると、四角いテーブルを運んできた。
「さあ来い!」
右ひじをテーブルに付け、嬉しそうに俺を見ている。気が付けば他の村人や来賓客達までもがこちらに注目して集まってきていた。
「よし、開始の合図はワシがやろう」
村長までノリノリだ。
俺はゴウザと手を合わせる、手の大きさは同じくらいか、海の仕事で鍛えられた手はゴツゴツしていた。『ググッ』開始前から激しいポジション取り勝負が始まる、やりすぎはダメだが、ここで優位を取られては勝負に大きく関わるのだ。
お互いの動きが止まったあたりで、村長が開始の声を上げた。
「フンッ!」
「オオッ!」
一瞬にして相手の力が伝わってくる、それは少しでも緩めようものなら即座に屈服させてやると雄弁に語っていた。俺は右腕だけでなく、テーブルを掴む左手、肩、体、両足あらゆる箇所の力を総動員させる。
ゴウザも鬼の形相だ、互いの力は均衡しており、開始後数分経ってもどちらへも傾かない。
当初は騒がしかった観衆も今では固唾を呑んで見守っている。
「頑張って…頑張って…」
ロッテの小さな声が聞こえた。
「ここまで粘るとは……やるな……だが!!」
ゴウザが一層の力を込めて来る。
「……俺は……勝つ……!!」
俺も負けじと残りの力を振り絞る。この瞬間に賭ける! これが凌がれれば俺の負けだ!
「オオオオオ!」
「?!」
ゴウザの腕が僅かだが押し込まれていく、ゴウザも粘るがその傾きは明らかになっていき、ついに勝負は決まった!
「勝者! 『薪割り』ツアール!」
『ワアアアアアアアアアアアア!!!!』
大歓声の中、駆け寄ってきたロッテを抱き上げる。
「ツアール凄い! ゴウザに勝てる人なんてこの村にいないんだよ!」
「本当、凄かったですよ、ツアールさん」
シャールテさんもニコニコしている……のはいつもか。
「おれの負けだ、ツアール」
「腕相撲は嘘をつかねえ、正々堂々の良い勝負だった。おれはお前を村の一員として認めるぜ。また今度勝負してくれや」
そう言うと、ゴウザは取り巻きを連れて去って行った。最初はどうなるかと思ったが、案外仲良くなれるのかもしれないと思った。
「あのゴウザに勝っちまうとはな…大したもんだ」
上機嫌な様子でロットンさんが手酌で飲んでいた。ロッテを下ろして話しかける。
「ロットンさんが止めてくれないから最初は焦りましたよ」
「ああ、悪い悪い、だがアイツは事腕相撲となると、人の話なんて聞きやしねえんだ」
困ったもんだ、といいつつまた杯をあおる。
「良い勝負を見せて頂きました」
そう言って近づいてきたのは、クィールの来賓客だった。
「私はハミリス、あなたには是非一度、我が村にも来て頂きたいものだ」
ハミリスは長毛種特有の大きな体格をしており、穏やかな口調で語りかけてきた。
「ツアールです、楽しんでいただけたなら良かったです」
腕相撲が楽しめたとして、それが村に招待される理由になり得るのものなのか。
「クィールの村でも腕相撲をするんですか?」
「ハッハッハ、そうではありません。クィールは強い戦士を歓迎するものなのですよ」
「戦士、ですか」
「職業を問わず、戦う意志があればそれは立派な戦士です」
ふーむ、クィールの価値観というものかな。クィールの村に興味はあるが、今はまだこの村でも自由に動けるわけじゃないからな…。
「ハミリスさん、ツアールさんはまだこの村に来たばかりで、色々と覚えている最中なのです。そちらにお伺いするのは、その後になると思います」
シャールテさんがフォローしてくれた。
「そうでしたか、ではその機会を楽しみしております」
軽く会釈するとハミリスさんが離れていった。