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薬師ミゲル

 今日はまずミゲルさんの所へ行って体調を見てもらう事になっている。俺が倒れたのは昨日のうちにロットンさんにも連絡が行っており、今日は念のため仕事は休みになっていた。


「お早うございます」

「お早う、具合はどう?」


「薬のおかげかすっかり良くなりました、心配をかけてすみません」

「いいのよ、ツアールさんはもう家族みたいなものだから」


「ありがとうございます」

「だからそう堅苦しいのはやめてちょうだい。ほらロッテを起こしてきて、もうごはんの用意ができたから」


「はい」


 三人で朝食を食べ、俺はシャールテさんに連れられてミゲルさんの家へ、ロッテは遊びに出かけていった。ロッテは外遊びが好きな子で、晴れていればほぼ外で遊んでいる。その割りに日焼けしていないのが不思議だ……。


ミゲルさんの家は診療所も兼ねていて、家の中に入る前から薬っぽい匂いが漂っていた。


 家に入ると他にも薬を調合してもらうために来ている人たちが2名、どちらも見た目は人族のお婆さんだ。ミゲルさんは白衣を着て、何かをゴリゴリとすり潰していた。


「いらっしゃい」

「昨日はお世話になりました。薬のおかげで体調もすっかり良くなりました」


「いえいえ、大したことはしていませんよ。今薬を調合しているところなので、そこに掛けて待っていてください」


「私は仕事に行ってきます、帰り道はもうわかりますよね?」

 先に来ていた2人と挨拶をかわしていたシャールテさんが話しかけてきた。


「はい、大丈夫です」

「では、ミゲルさんあとはよろしくお願いします」

「お任せあれ」


 シャールテさんが行ってしまうと、診療所の中はゴリゴリというミゲルさんが薬をすり潰す音が響いた。先にいた2人は俺のほうとチラチラと見てくるが話しかけては来ない。


 思い切ってこちらから話しかけてみよう、拒否されればそれはそれだ。


「はじめまして、ツアールと言います」

「……ファゴじゃ」

「私はカトリン、お前さんが噂の薪割りかい」


「ええ、何故かそう呼ばれるようになってしまいました」

 よし、会話は成立しそうだな。


「ホッホッ、ロッテちゃんにはかなわんさ」

 愉快そうに手を叩くカトリンさん。

「そうともそうとも、あの子は良い子じゃ。お主、泣かすような真似はしとらんじゃろうな?」

 そう言って、ファゴさんがこちらをジロリと見る。


うう、不可抗力な気がするけど、既に泣かせてしまっているよ…。


「えーと、泣かせないようにしたいと思っています」

「当然じゃ」

「当たり前だねぇ」

 妙に息があってるなこの2人。


「お2人とも、あまりツアール君を苛めないで下さいよ」

 薬の調合が終ったのかミゲルさんが手を止めてこちらを見ていた。


「ハッ、なんもいじめとらんわい。のう? カトリンの」

「若いもんとの会話を楽しんでおっただけのことよ」


「そうともそうとも、ホッホッホ」

 2人は同じように笑い出した、仲が良いというか息が合っている。


 ミゲルさんから薬を受け取ると「またのぅ、薪割りの」「また遊んでやろうホッホッホ」といった感じで出て行った。


「いや~、あの2人にはまいっちゃうねぇ」

 ミゲルさんがフフッと軽く笑う。


「嫌われてはいなかったみたいで、ホッとしました」

「そうだね、ツアール君が話しかけたのが良かったんだと思うよ。あのまま話しかけずにいたら、ここから出た後に村で何を言っていたか」


 こちらから話しかけたのは正解だったようだ。次また見かけることがあれば積極的に声をかけに行こう。


「さて、ツアール君の体をちょっと診せてもらおうかな、そこに横になって」

「はい」


 ミゲルさんは俺にギリギリ触れないくらいの位置に手を翳し、頭、胸、腹と手をずらしていった。


「魔力の流れは正常に戻っているようですねぇ」

「原因は何だったんでしょうか? 起点が複数あるとか聞きましたが、そのせいなのですか?」


「うーん、魔力の起点が複数あるように感じられたのは多分、それだけ流れが乱れていたからだね。通常はお腹から循環していくもので、複数あるなんて考えられない、というか考えたくないね」


「なぜです?」

「もしそうなら、それは多分……」


 ミゲルさんはそこで言い淀み、俺の目をじっと見て再び話し始めた。


「それは多分、後天的に魔力を植えつけられたという事だ」

「後天的? そんな事が出来るんですか?」


「いやさっきも言ったとおり、通常では考えられない。もしそれが可能だとすれば、グランハイト皇国の魔導研究所によるものだろう」

「魔導研究所……俺はそこの実験対象だったということ…」


 そう考えれば、記憶が無いのもその影響なのではないか?


 俺は研究所から逃げ出した被験者、あるいは廃棄されたはずがたまたま生き残っただけ…?


 いや、何かの目論見で泳がされているだけなのかも?


 自分の正体が幽かにだが見えた気がした。それはとても気分の悪いもので、俺は拳を握り締め、こみ上げてくる恐怖を押さえつけていた。


「待ってくれ、そうと決まったわけではない。現状でその気配は感じられないんだ、最初に言ったように魔力の乱れがあまりに酷かったためそう感じられただけのほうが確率としては高い」


「本当にすまない。無駄に不安を煽ってしまったね、私が迂闊だった」


 そういってミゲルさんが頭を下げる。


「今言った事は、有り得ない話なのさ。ツアール君は浜に流されてきた。グランハイトからここまで流れ着くなんて事は無い。直接船で来るということさえ無理がある。国の位置関係がわからないツアール君にはピンと来ないかもしれないが、これは絶対に無いと断言出来る」


「そう……なんですか」

「うん、村の誰に聞いてくれてもいいよ。だから安心してほしい、不安にさせた自分が言うのもおかしな話なんだが」


 ミゲルさんはとても気まずそうに、俯いてしまった。ミゲルさんはあくまで可能性の話をしてくれただけで何も悪くない。ここで俺がいつまでも落ち込んだ素振りを見せていてはお互いの為にも良くない。


「すみません、俺も悪いほうに考えすぎちゃったみたいです」

 そう言って頭を掻いた。


「そう言って貰えると助かるよ」


「この薬は一応、今日明日は飲んでおいて下さい」

 あの苦い薬を二日分渡されて診療所を後にした。


あ、魔力の話でショックを受けたせいで俺が魔法を使えるのか聞くの忘れちゃったな……まあ今度でいいか。


そんな事を考えながら歩いていると、遠くでロッテがリーザと駆け回っているのが見えた、どうやら追いかけっこをしているようだ。


 リーザはクィール系で身体能力は高いらしく、内気な性格とは裏腹にかなり機敏に動いていた。範囲を決めているからなのか直線的に遠くまでは逃げない。 


ロッテは単純なスピードでは適わないはずなのだが、巧みな位置取りで除々に近づいていく。やがて建物の隅に追い詰めたリーザを捕まえたようでキャッキャッとはしゃぐ声が聞こえた。


 うーん子供は元気だね~。


 そんな2人の様子を眺めているうちに、いつのまにか沈んでいた気持ちも晴れていたのだった。

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