アスポート村で1カ月経ちました
アスポート村で暮らし始めて一ヶ月が経った。
ロットンさんには木の切り方の他に、猟の仕方を教えて貰った。基本は罠だ、弓は矢のコストがかかるし、万が一クィールやエルフに当たると大問題になるので控えているそうだ(ロットンさんが弓を使えないわけではない)。
ちなみに、罠にかかるようなマヌケなクィールやエルフは居ないらしい。
村人との関係もちょっとは良くなってきた。最初に浜であって逃げられた女の子(名前はリーザ、ロッテの友達だった)や、当初俺を嫌っていた様子のザラーさんとも普通に会話をするようになった。
まだ村を自由に移動出来ないので必然人数は絞られているが、この調子で頑張っていけば、もっと良くなっていくはずだ。
そして今日は村長との面談の日、マサグアさんに連れられて村長の家へ入る。多少は信用度が上がっていれば嬉しいのだが……。村長の横にはザラーさんとミゲルさん(以前いた細身の人)がいた。
「『薪割り』ツアールよ、先月の働きぶりは聞いておる。中々良い調子だな」
「今後は家~仕事場へは一人で移動してもよい事とする。作業を行う際にはまだ担当について学んで貰うがな」
おお、限定的にだけどついに一人で移動することが許されたぞ。毎回送り迎えして貰うのは悪いと思っていたので、これは良い話だった。それにしても、村長にまで『薪割り』が浸透してるのか……。
「色々と教えてくれた、マサグアさん、ロットンさんのおかげです」
「ツアールさんの覚えの早さにはいつも驚かされています。森仕事担当にするようにロットンさんから陳情が来ていますよ」
「え? 森仕事担当になるのではないのですか?」
「当初の予定では、森仕事だけでなく海仕事もさせてみて適正を見ようと考えていたのですが、ロットンさんがえらくツアールさんを気に入ってしまいましてね」
そう言ってマサグアさんが軽く肩を竦めた。
「あー、おれの意見を言わせて貰っていいか?」とザラーさんが切り出した。
「ツアールはこのまま森仕事で良いと思っている」
「海の連中は気が荒いし、余所者であるツアールを船には乗せたがらねえ」
「そうなると、海仕事と言ってもやる事は網を編むとか、干し魚を作るとか女の仕事になっちまう。それをツアールの仕事にするのは勿体無いってもんだ」
「ロットンの味方するわけじゃねえが、ツアールは力も体力もあるんだし、森仕事担当にするべきだ」
「ほう、ザラーにして珍しくまっとうな意見ですねぇ。私も賛成です」
「珍しくとはなんだミゲル、お前は一言余計なんだよ」
ザラーさんはミゲルさんと仲が悪いのだろうか? いや、逆に仲が良いからこそのやり取りなのかもしれない。さて、あとは村長の判断次第というわけだが……。
「そうじゃな、ツアールには森仕事担当になってもらう。ゴウザにはワシから話をしておこう」
ゴウザ、とは海仕事の長をしている人で、もともと俺を仕事に入れるのには乗り気でなかったらしい。そしてこの人には『腕折』という恐ろしい二つ名がついていた、出来れば関わらないで居たいものだ。
「わかりました、早く一人前と認めて貰える様に頑張ります」
「それと、一週間後に行われる精霊祭への参加を許可する」
「精霊祭ですか?」
「うむ、半年に一度村で祭りがある。ここには精霊たちと関わりある者が多いし、海の仕事には、大精霊への感謝を捧げるのも大事なこと。それに多種族との交流や、村民の労働を労うのが目的じゃな。お主も参加するとよい」
「ありがとうございます」
そうして村長の家を出た俺は、久々に一人で歩く感覚を楽しんでいた。
精霊祭か大精霊に感謝を捧げると言っていたが何をするのだろう? あとでシャールテさんに聞いてみよう。
それと多種族との交流もあるみたいだけれど、クィールの長毛種だろうか?
彼らとは交易をしているからこの村についても知っているはずだ。他の種族だったとしても、祭に招かれるくらいだから友好的なんだろう。
そんな事を考えながら歩いていると『クイクイ』と後ろから服を引っ張られる感触があった。振り返ってみるとリーザだった、頭のネコ耳が若干ふるふるしている。
「リーザか、どうしたんだい?」
「……ん、これ」
そういってリーザは、手に持っていた貝殻を差し出してきた。綺麗な白色と、うっすら青みががったもの二つの小さな巻貝だった。
「もらってもいいのかな?」
『コクコク』
「ありがとう、大事にするよ」
「……ん」
貝殻を受け取ったことに満足したのか、リーザはネコ耳をピンと立てて帰って行った。最初に会ったときは逃げられてしまったが、危険人物でないと認識されてからはたまに向こうからやって来ることがあるのだ。
しかし、リーザはあまり話すのが得意ではないので必然こういったやり取りになる。最初は戸惑ったが今ではもう慣れたものだ。
この貝殻はあとで紐をとおして首飾りにでもしようかな。
さて、家についたがシャールテさんは仕事で出ているし、ロッテもいないようだ。
特に仕事もないので、さっき貰った貝殻を加工してしまおう。貝殻に穴を開ける時に壊れないか心配だったが、かなり頑丈で逆に穴を開けるのが大変だったくらいだった。
そうして二つ目の貝殻に穴を開け終わった時、何かに呼ばれたような気がしてふと顔を上げた。
『……っと……て……お……』
!!!
朧げに頭の中に響いた、とても悲しそうな声。これは……この人は……。
「う……ん」
目を開けると、ボロボロと涙を流しているロッテの顔が見えた。
「ツアール! 目が覚めたの? 大丈夫? なんともない?」
「大丈夫だよ、どうしてそんなに慌てているんだい?」
「何言ってるの?! 帰ってきたらツアール床に倒れてて、いくら呼びかけても目を覚まさなかったんだよ! 本当になんともないの?」
床に倒れてた? 何故そんなことに? ……倒れたときに打ったのか頭が痛む。今は部屋の寝床にいるので誰か運んでくれたのか。
「ごめん心配かけて、ちょっと頭が痛いくらいで他は大丈夫みたい」
「本当に?」
「うん、ところで今何時かな?」
驚いたことに既に夜になっていた。家に帰ったのが昼前だったのでかなり長い間、気を失っていた事になる。
「ツアールさん、気が付いたのね良かった」
手に鍋のフタを持ったシャールテさんが顔を覗かせた。
シャールテさんもそれに気が付くと、ちょっと恥ずかしそうにして部屋を出て行った。
俺が倒れていたという事態は、おっとりしたシャールテさんにもかなり心配をかけていたらしい。
「一応、これを飲んで下さい」
部屋に戻ってきたシャールテさんが手にしていたのは薬だった。
「……にがい」
「我慢してください」
「ちゃんと飲まなきゃだめだよ!」
ロッテは先ほどからずっと側を離れようとしない。目を離すと不安になるようだ。それにしてもこの薬は苦い。何の症状で倒れたかわからないのに、薬を飲んでも良いものなのだろうか?
とは言ってもシャールテさんやロッテには飲まずには済まさないという雰囲気がある。こうなっては仕方ない。
「飲み終わりましたけど、これは何の薬なんですか?」
「それは体の魔力の流れの調和を保ってくれる薬なんですよ」
「魔力の調和?」
「ええ、ミゲルさんがツアールさんの状態を診てくれたんですよ。あの人は優秀な薬師なんです」
「ツアールさんは体内での魔力の流れが普通と違うみたい。私は専門化じゃないから詳しくは理解できなかったけど、流れの起点が複数あるらしいの」
「そのせいで意識を失ったんですか?」
「どうやらそうみたいね、それでさっきの薬はその症状を抑えてくれるものなの」
「その薬は今後も飲み続けなくてはいけないのでしょうか?」
「一度落ち着けば大丈夫らしいけれど、念のため薬は持っておくように言われたわ」
魔力の流れ、起点が複数あるのが原因ねえ……。
明日にでもミゲルさんに詳しく話を聞かせてもらおう。一般に人族は魔力があまり無く攻撃魔法を使えるのは才能ある者だけだと聞いたが体調に異変を起こすほど魔力があるという事は、自分にも魔法が使えるのだろうか?
以前の自分がどんなだったのか探る手がかりになりそうだ。
ロッテが今日はどうしても一緒の部屋に寝ると言ってきかないので、布団を並べて寝ることになった。
なぜかシャールテさんも一緒だ。布団に入るなりロッテはあっという間に眠ってしまった、俺もシャールテさんと話をしているうちにいつの間にか眠りについていたのだった。
目を覚ますと、薬のおかげか体調はすっかり良くなっており、頭痛もしない。横を見るとロッテはスヤスヤと寝息を立てていた。
シャールテさんはすでに布団から抜け出し、朝食の準備をしているようだ。寝顔を見て見たかったという気がしないでもない……少しだけ残念。