村長との面会
村の中で一番大きな建物が村長の家だ。お金持ちだからというわけでなく、会議や集会などで使われる建物に住んでいるからだそうだ。家の前にはマサグアという人がいて、
俺たちは会議部屋に案内された。
部屋の中には、大きく長いテーブルがあり、中央に村長と思われる人物が座っていた。
村長はドワーフのハーフで、ロッテにはジイちゃんと呼ばれていたが、そこまでの年齢には見えない。落ち着いた深緑の瞳と、立派な顎ヒゲ。小さめな体格だが太い腕をしていた。
その後ろには左右に一人ずつ控えていた。右の人物は先ほどのザラーさんだ相変わらず怖い目つき。左の人はスラリとした体型で、青白い顔をしていた。その目はどこを見ているのかわからないが、観察されているのは確かに感じる。案内を終えるとマサグアさんは部屋から出て行った。村長に促され、席に着く。
「ワシがアスポート村の村長ロムロドだ」
「私はツアールと言います」
「ふむ、ツアールという名前の事情については聞いてはいるが、ロッテも居ることだ最初に出会ったときの状況から、聞かせてもらおうかの?」
「はい、それは…」
俺とロッテが一通り話し終えた所で、村長が話し始めた。
「ツアールよ、現状でお主が選べる道は二つある」
「この村で暮らすか、それとも出て行くか。しかしそれぞれ条件つきとなる」
「条件、ですか?」
「この村の特殊性は聞いたな? ここで暮らすには、当分は見張りつきになり自由も制限される。村に信用されていくにつれ緩やかになるがな」
「はい」
「次に、出て行く場合だが、この村の事を外の人間には知られたくないのだ。そうなると魔法によって記憶を封じさせてもらうことになるのだが、そうした場合、元々の記憶喪失と相まって元に戻ることが出来るかはわからないし、外に出たときにはまた一から情報収集をしなくてはならない状態になるという事でもある」
「そんな事になるんですね…」
隠れ里とは聞いていたが、ここまで徹底していたとは考えていなかった。
見張りが付くくらいは覚悟していたが、出て行くほうが大変な事になるとは。
それにしても魔法で記憶を封じる事ができるのか…俺の記憶喪失はそれによるものなのだろうか?
「そんなのツアールが可哀相だよ!」
話を聞いていたロッテが思わず声をあげイスの上に立ち上がった。
シャールテさんがロッテの頭を優しくなでると、座りなおしたが村長を睨んだままだ。
「ロッテや、お前さんの素直な気持ちは大事じゃ。しかしワシは村全体の事を考えなくてはならん立場なのだ。まだ理解はしてもらえぬかもしれんがな」
「……」
子供だからと頭ごなしに言わない辺りに村長の人柄が感じられる。
さて、この条件下では村を出るというのは厳しいと言わざるを得ない。外で最初に出会うのがロッテやシャールテさんのような良い人とは限らない。いや、寧ろそんなのはほぼ無いといって良い幸運だっただろう。
「お伺いした条件を踏まえて、この村に居させてほしいと考えていますが、先ほど現状でと仰っていたのはどういう意味でしょう?」
「それはお主の記憶喪失という状態にある。もし記憶を取り戻した後、我々に不利益な存在になったとしたら、その時は対応を変えざるを得ないだろう」
なるほど、ロッテの手前はっきり言わないが、最悪殺される事もあるということか。
「わかりました、私はこの村で暮らすことを希望致します」
そういって頭を下げた。
その後、村に住むにあたっての決まり事について話し合われた。
まずロッテの提案により、シャールテさんの家に居候させてもらうことになった。
ザラーさんが反対し、俺も「流石にそれは…」と遠慮しようと思ったのだが、シャールテさんにあの怖い笑顔で「それは?」と迫られあえなく敗退した。
何もするつもりが無いとは言え幾らなんでも無用心なのでは? そう思っていたのが顔に出たのか「エルフは精霊が守ってくれるから、イタズラできないわよ?」そう言われてしまった。
その他の決まり事も出来た。
・マサグアさんかシャールテさんが近くに見張りとして居る間だけ、外に出られる。
・村での仕事を手伝う事、仕事内容によっては見張りが替わることもある事。
・月に一度、村長の所へ行き、現状報告する事。
・決まりを破った場合、犯罪行為が認められた場合は罰を受ける事。
・罰は記憶封鎖の上で森への放逐とする事。
見張りは住民との揉め事を起こさないためにも必要だし、何もしないで居候だけしているわけにもいかない。村長との毎月の面談でその後の規則が変わることもあるとの事。
「では、これで今日の会談は終わりとする」
3人が去った村長の家では、ザラーともう一人の男が村長と話をしていた。
「あの男を信用するのか? 記憶喪失だとか怪しいものだ」
「お前はあの男がシャールテの家に行ったのが気に食わないのだろう?」
からかうように、細身の男が言う。
「それだけの話ではない! あんな余所者が突然現れるなんて今まで無かったことだ、誰かの手先だとしたら、もうこの場所は知られていることになるんだぞ?」
「だとすればだ、あんな風に人を送り込む必要もあるまい。気取られぬように外から様子を伺うか、大人数で突然攻めて来られたら成すすべはなかった。わざわざ警戒させるような真似をして何になる?」
「それは…」
「ザラーよ、不満に思う気持ちもわかるが、もう少し落ち着くのだ」
ザラーは黙りこそしたが、憤懣やるかたないといった様子だ。
「村長は彼をどうみたのです?」
「悪人ではない…が、普通の人間では無いとも思う」
「ほう、なぜです?」
細身の男は面白そうに尋ねた。
「精霊がな、シャールテのもそうだったが、ワシの地精霊もヤツに近づいて興味深げに見ておった。悪人ならそもそも近づこうとはせんが…」
その後、部屋からでた三者は三様の顔で何かを考えているようだった。
家につくと、シャールテさんはお昼の用意を始めた。その間に俺とロッテは自分用の場所作りだ。物置になっている部屋を掃除、整理して寝床確保をするのだ。
一旦部屋から物を出し、掃き掃除をしていく。
普段あまり掃除しないというロッテだったが、鼻歌まじりで楽しそうに手伝ってくれる。
合間合間で物置から懐かしいものを見つけては動きを止めていたが…。
そうこうしている間に段々と美味しそうな匂いがしてきた。ロッテと雑巾がけをしていると「食事の用意ができたわよ」とシャールテさんの声が聞こえたので作業をやめて居間へ向かう。
「いただきまーす」
食事はパンに野菜と魚のスープだった。魚からダシが出ており、薄味だが良い味になっていた。魚の種類はわからないが素材だけでなく、シャールテさんの調理の腕も良いのだろう。それにしても、俺一人分急に増えて食費など大丈夫なのだろうか?
シャールテさんは何時もどおりニコニコしている…早く仕事を覚えよう。
「ご馳走様でした」
さて、食事の片付けを手伝ったら掃除の続きだ。途中だった雑巾がけを終らせて、
寝る場所を確保できるように出した物をしまっていく。ロッテに聞いてよく取り出すものは手前側に、あまり出さないものは奥にという感じで置いていく。うん、上手くいった。ちょうど窓際の床あたりに眠るスペースを作れたぞ。布団はないが、暖かいから問題ない。
そもそもが、雨風しのげて、食事もだしてもらえて十分すぎる待遇だ。
その後はロッテの相手をして一日をすごしたのだった。