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アスポート村にて

 暖かな気温のおかげで、歩いているうちにずぶ濡れだった体もほぼ乾いてきた。ただ黙って歩くのも味気ないので声を掛けてみる。


「ツアールって何か意味がある名前なのかな?」

ロッテにそう呼びかけて見ると「別に意味なんてないよ! 思いついた名前!」と、ちょっと慌てた様子で返事が返ってきた、ふーむ。


 砂浜を歩いていくと海草のようなものが打ち上げられており、それを拾っている女の子がいた。俺に気がつくと「ヒッ!」と声を上げ、海草を入れていたカゴも持たずに逃げ出してしまった。


「今のって自分のせいで逃げ出したよね? 余所者が来ちゃまずかったんじゃ……?」

「大丈夫でしょ、アイツは人見知りだからね~」とノンビリした答えが返ってくる。


 そんな軽い反応ではなかったような気がするが?

 まあ今更どうしようもない。せめて置き忘れていったカゴは後で渡してあげよう。


 そこから少し歩いていくと村の様子が見えてきた。


 すでに漁に出てしまっているのだろうか? 港に船は少なかった。

 陸側を見ると木造の家が並んでいる。強い浜風に対する為だろうか、全て平屋でしっかりとした作りに見えた。


「とうちゃ~く! ここがアタシたちの村、アスポートだよ」


 そう言って振り返ったロッテは、にっこりと笑った。


 まずはロッテの家へ行く事になった。聞けばロッテが生まれる前に父親が亡くなり、現在は母親と二人暮らしらしい。


 そんな話を聞きながら村を歩いているうちに気づいたのだが、ロッテと逃げていった子の他に村人が見当たらない、皆まだ外に出ていない時間帯なのだろうか?


 いや、よくみると窓からコチラを覗いている顔がちらほらと見える。


 ……これはものすごく警戒されているのでは? さっきの女の子といい、ロッテだけが殊更ノンキなんじゃないかと不安になってくる。


「ただいま~」


 元気よく扉を開けて入っていくロッテ、俺は恐る恐るその後に続く。

「お邪魔します……」そう言いつつ入りはしたが、玄関あたりで立ち止まってしまう。


「お母さん! 海ですごい拾い物しちゃった! あのね…」


 奥のほうからロッテの声が聞こえてくる。


「あらあら、それは凄いわねぇ」


 それに答えるのんびりとした声が聞こえた。そうして奥から現れたのは母親にしては随分若い見た目の女性だった。


 髪と瞳はロッテと同じ金色だ、特に瞳の形がそっくりだった。耳は母親の方が尖っていた。これが年齢差なのだろうか?


「初めまして、ツアール……記憶が無く、名前がわからなかったので、娘さんに付けて貰いました」

「初めまして、私はシャールテ、ロッテの母親です」

「あの子がツアールさんを拾ってきたなんて、失礼な言い方でごめんなさいね」

「いえ、実際に拾われたようなものですし、あのまま浜で一人きりだとどうしようもなかったので、村に連れて来て貰えたのは助かりました」


 家から追い出されたりするような展開にならず、ホッとしながらそう言った。


「そーだよー、アタシは良いことしたんだもん。それに浜で拾ったものは拾った人のだってジイちゃん言ってたし」


「ロッテ、それは海草や流木の場合であって、人は違うのよ? 人は誰かの持ち物にしてはいけないの」

「…でもそれじゃあ、ツアールどこかへ行っちゃうの?」


 先ほどまでの元気が嘘のように、落ち込んだ様子になるロッテ。


「この村に居られるなら居させてもらおうとは思ってるよ。色々と教えてもらわないと何もわからないし」

「記憶が戻ったら?」


「その時は、申し訳ないけど、ここに居るとは約束できない。自分にも家族がいたり、大事な仕事があったかもしれないから」


 ロッテの金色の瞳がみるみるうちに潤んできた、マズイ…!


「で、でも記憶が戻っても村に残るかもしれないし、そもそも記憶がすぐには戻らないかもしれないからね、それに村に居る間はロッテの言う事をなんでも聞くよ!」


「ほんと?!」

「う、うん」


 急に元気になったロッテを見て、言いすぎだったかと焦ったが、言ってしまった以上しかたあるまい。


「あまりツアールさんを困らせてはいけませんよ?」


 シャールテさんはそう言って、クスクスと笑った。


 俺がすぐ居なくなるわけでないと安心したのか、ロッテは友達と約束があると言って、棒のようなものを手に取って出かけて行いった。俺はシャールテさんに色々と教えてもらう事になった。


「まず気になったのが、この村の事なのですが…」


 あの浜で逃げ出した女の子といい、皆にすごく怖がられているような気がしてならないのだ。そうだとすると、逆にロッテやシャールテさんはなぜ親切にしてくれるのだろう?


「この村はね、隠れ里みたいなものなの、外との交流はあまりないし、まして知らない人間が突然やってくるなんてことはなかったの」


「ツアールさんは、この世界の種族や、ハーフの立場については?」

「いえ、わかりません」


「大きくわけて、人間、魔族、エルフ、ドワーフ、クィール、ウルッグ、トロルドという種族が住んでいるわ。ハーフというのはその種族間で生まれた者のことよ」


「そしてハーフはモングウェルという蔑称で呼ばれたり、攫われて奴隷など酷い扱いを受けることが多いのよ」


「そんな……じゃあロッテも?」


「私は身篭ってすぐに夫を亡くして、この村へ逃げてきたから、あの子は実際にそういった扱いを受けたことは無いのよ。だからツアールさんにもすぐ打ち解けたんだと思う」

「そうですか」ロッテが酷い目に会ってなくてホッとした。


「私としては、種族という目だけで態度を変えたりしたくないの。その点ツアールさんは大丈夫そうね」

「それは記憶が無いからですか?」


 自分自身、記憶がある頃どう考えていたかはわからない……。もしロッテに不快な態度を取るような人間だったらと思うと、記憶が無い内にこの村を出た方が良い気がしてきた。


「以前のツアールさんがどんな人だったのか、私はわからない。でもね精霊があなたに対して全く警戒していないの、それどころか興味津々な感じ、あなたのすぐ近くで見ているわ。精霊は記憶のあるなしで人を判断していないから、私も大丈夫なんじゃないかって思えるの」


「精霊?」そう言って、あたりを見回す。


「精霊を見ることが出来るのはエルフとドワーフくらいかしら。私は水の精霊と相性が良いみたいで、今でも一緒に居てくれるわ」


 精霊がどんな存在なのか良くわからないが、とにかくそのおかげで信用度が上がっているのだとしたら感謝だ、ありがとう精霊。


 その後も色々とシャールテさんに質問をした。記憶が無い状態で不安だったのが、一気に出てきてしまったのだ。


 そんな俺に対してシャールテさんは嫌な顔ひとつせず丁寧に答えてくれたのだった。そしてどれくらい時間が経った頃だろうか、突然『バーーン!』と玄関のドアが勢いよくを開かれ、誰かが入ってきた。


「シャールテ! 無事か?」


 そう言って入ってきた男は、頭の上に犬のような耳があった。身長は俺より高くないが、体格からして力はありそうだ。


「あらあら、ザラーさん落ち着いて、私は大丈夫ですよどうしたんです?」

「どうしたもあるか! 余所者をここに居させるわけにはいかん」


 ザラーと呼ばれた男は、俺の腕を掴み強引に引っ張って行こうとする。力は強いが、抵抗できなくもない。しかしそれではシャールテさんに迷惑がかかるだろうし大人しく連れて行かれよう、そう思って立ち上がった。


「ザラーさん、その人は私の家のお客様なのだけれど?」

 シャールテさんは笑顔のままで口調も変わらないのだが、先ほどまでとは違う凄い圧力を感じる。これは……もしかすると怒ってる? それを感じとったのかザラーの勢いが急にしぼんだ。


「しかし、こいつは余所者で……」

「で?」

「シャールテだけじゃない、この村にとっても危険かもしれない。だから、まずは村長の所へ連れて行く」

「ええ、村長の所へ伺わなくてはと私も考えていましたよ」

「それじゃあ……」

「私が責任を持って村長の所へ連れて行きますので、ご安心下さい」


 そう言ったシャールテさんは一切の反論を許さない雰囲気だ。


「必ず今日中に連れて行くんだぞ」

 ザラーは俺を睨み付けると、家を出て行った。


「すみませんね、先ほどの人、ザラーさんは良い人なんですが、ちょっと感情的になりやすいのです」

「いえ、こちらこそすみません。このままだと村でのシャールテさんの立場が悪くなるのではありませんか?」

「ちゃんと村長さんの所へ行って、お話すれば大丈夫ですよ。話せばわかってくれる人です」


 再び『バーーン!』と扉が開く音がした、またかと思いそちらに向き直るとロッテが頭からつっこんで来ていた。


「お」

ロッテの頭がお腹にささり、一瞬息がつまる。

「おかえり」

「ツアール大丈夫? 何もされてない?」

 そういって、俺を掴む両手に力が入る。


「大丈夫だよ、シャールテさんが話をしてくれたから」

「良かった、お母さんありがとう!」

「漁から帰ってきた皆が、ツアールの事を知ったら急に騒ぎ出してちょっと怖かった」


 ここで生まれ育ったロッテは外からの差別を受けたこともないかわりに、村での排他的な行動を直接見るのも初めてなのかもしれない。俺のせいだな……すまない。


「シャールテさんに村長の所へ連れて行ってもらう事になったんだ。そこで色々話をして今後どうなるか決まると思う」

「じゃあ、アタシも行く!」


 どうしたものか、シャールテさんを見ると頷いている。


「わかった、一緒に行こう」


 そうして、三人で村長の家へと向かったのであった。

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