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1話

「うぅ、いたた……」


口の中にはまだ鉄の味が染み付いている。

いつものこととはいえ、この痛みだけは勘弁してほしいものだ。

俺は殴られた頬をさすりながら、夕日で真っ赤に染まった空を背に自宅への道をとぼとぼと歩いていた。

晴れた夕空を駆け巡る風は、爽やかでとても涼しく撫でてくれるが痛みまで消えることはなかった。


「なんで、毎回こんなことに……」


理由は、まぁわかっている。

自分のこの性格が災いしているのだ。


ある時、自分が通う高校の校舎裏で見つけたいじめを止めた。


たったそれだけ。

彼らにとっては、いじめの標的を俺に切り替えるのに十分な理由だった。

それからというもの何かある度に殴りかかったり、カツアゲしたり……と、あの手この手でいじめを執拗に繰り返してくる。


よくもまぁ飽きないな……と思いながら彼らのいじめをどこか冷めた目で観察していた。


いつしか知らない生徒か、教師だったか『そんなものに関わるからこうなるんだ』と言われたこともある。

そこは自覚もしてる。ただつい声をかけてしまったわけで……我ながらこのお人好しの良さはどうかしてると思う。


「……ただいま……」


そんな、嫌なことを思い返しながら手慣れた手つきで鍵を開け自宅のドアを開ける。

俺のただいまという声に返ってくる声は存在しない。

代わりにキッチンの机に”適当に食べて”というメモと幾らかのお金が置いてあるだけ。


「今日はめんどくさいからコンビニにでもいくかな……」


いつからだろう……


共働きの両親とは滅多に話さない。

互いに仕事が忙しいらしく、会う度に口喧嘩をする両親……そんな両親にうんざりしてしまってか、俺も面向かってと話すことが減っていった。

同じ家に暮らしてはいるけど、コミュニケーションなんか全くない。

部屋に篭ってスマホゲームやラノベばかりに夢中になっていく。

こんな世界に行けたら……と何度思っただろう。


そんな生活が、ずっと続いている……慣れた、と言えば嘘になるだろうか……


自分でも答えが見るかるはずもなく、考えがまとまらない頭にコンビニの入店時に奏でる独特なメロディが流れ込む。


「うーん、この前はカップ麺にしたからな、今日は弁当にでも……」


考えるのを放棄し、とりあえず今日の夕飯を吟味する。

その時であった……


「おい!早くしろ!!このやろうっ!!」


急な怒号に思わずその方向を向いてしまう。

よく見ると男がレジにいる店員に向かって何かを叫んでいて、その手にはキラリと光る包丁が握られていた。


ご、強盗!?


一瞬にして背筋に冷たいものが走り出す。

どうすればいいかなど考えることもできず、俺はただただその様子を見ることしかできなかった。

男は気が動転しているのか、少し様子がおかしい。


「あああっ!?んだてめぇえ!!っろすぞこらぁ!早くどけええ!!」


俺に向かって言われたのかと、ビビってしまったがそうではない様子。

よく見るとすぐ足元に腰を抜かしたのか女の子が泣きじゃくって動けずにいた。

男は今にも女の子にその手に握る刃物を振りかざそうとしている。


「あ、危ない!」


考える暇もなく勝手に体が動き始める。

自分でも気がつかないうちに、俺は女の子に覆い被さるように身を投げ出していた。


そして……


「……っ……」


背中に何か異物が入り込む感触を感じる。

その感触は、程なくしてじわぁっとした暖かいものが広がるものへと上書きされる。

数秒遅れて、刺されたことを自覚した。


「……っあ……」


更に遅れて痛みが湧いてくる。

目の前には女の子が青ざめ泣きじゃくっていた。

なんとか精一杯その子に微笑んで、大丈夫たということを伝えようとするが、痛みでうまく笑うことができない。


「……」


その子の涙を止めることができないまま……

とうとう俺の目の前は真っ暗なものに覆い尽くされてしまった。





「……」


「……っ……」


「……おーいっ……」



ん? どこからか、声が聞こえる。



「……おーい、起きろって!」



確か、俺……コンビニ行って……そうだ!

慌てて全てを思い出し、体を起こす。


「やっと起きた、もう死んじゃったんじゃないかって心配したよ……いや、もう死んでるのか」


えっと……目の前には真っ白の空間があって、そこに純白と言っていいくらいの真っ白で、体をすっぽりと覆い隠す程に長いワンピースを身にまとった金髪の美女がクスクスと俺を見て微笑んでいる。


肩に掛かるほどの髪はなびく度にキラキラとした輝きを錯覚するほどに美しく、パッチリとしたその瞳には吸い込まれそうな魅力を宿した碧眼が覗く。


「えっと、あなたはいったい……」


どうも状況整理が追いつかない俺は思わず声をかける。


「あぁ、ごめんね……急にこんなとこに来てびっくりしたでしょ?」


「そうですね……あの、ここってどこなんです?」


さっきまでコンビニにいたはず、そして強盗に遭遇して……刺されたはずだ。

となると病院か? いや、いくら病院でもこんな部屋はないだろうし……それに刺されたところがまったく痛くないなんておかしい……


「そうそう、病院なんかじゃないよ……それに刺されたとこはもう消えてるよ」


「……えっ」


な、なんでわかったんだ?

俺の考えてることを見透かしてるみたいに……


「だってわかるよ、私ね……神様だからね! 正確に言うと地球の神様ってとこかな」


何やら胸を張ってドヤ顔全開に、少々アホっぽい感じがするけどこんな人が神様?


「あー、バカにしたね! もう、地獄に叩き落としてもいいんだよ?」


頬を膨らませながらとんでもないことをぶちまける。


「いやいや、ごめんなさい……その、あまりにも突飛な事なので……」


「まぁ、そうだろうね……急にごめんごめん、じゃ早速本題に入るね」


そう言いながら……神様、は片手を前に差し出しその手の平から3D映像みたいなものを映し出す。

そこには地球のような惑星みたいな映像が見える。


「君には、ここに転移してもらうよ」


「へ?」


あまりの事に素っ頓狂な返事しか出なかった。

……えっと転移って……


「言葉の通りだよ……君は地球ではついさっき命を落とした、ただ君の日頃の行いは……まぁ行きすぎるところもあるけど私は評価してるんだよ? だからこのまま失うのは惜しいと思ってね、この星に転移してもらう事に決めたの」


決めたのって……


「あー、あー、君に拒否権はありません!」


なんとなく予想はできた。

……異世界にって、まるでどこかで見た話みたいな感じもするけど、本当にあることなのかな……


「……それにしても君のお人好しも大概だね……」


さっきまでふざけていた様子だったが、ふと慈悲深いというか優しい表情へと移り変わった。


「それは、どういうことですか?」


聞いてはいるが、心当たりはある。

さっきまでの出来事だろう……


「そう、あの女の子を庇ったこと……それだけじゃない、これまでに君はいつも余計なことに首を突っ込んでは痛い目にあってるはずなのに……いい加減に学習しないのかい?」


少々呆れたような目でこちらに視線を送る。

確かに今回ほどではないにしても、色々と首を突っ込んだせいで痛い目を見てきたのは事実だ。


「なんというか、その人が助かるなら……それでいいかなって」


これは本当に正直な気持ちである。

俺みたいな人間に価値なんかないだろうし、それだったら誰かの役に立てばそれだけで十分だと今でも思っている。


「ふむ、どうやら私の予想を遥かに超える阿呆といったところか……」


少し馬鹿にするような口調で頭をかく。


「……まぁ、だからこそ私も託してみようと思ったわけだが……」


「何か言いました?」


「いや、何も……ただ本当に君は大概だなぁと思ってるだけだよ」


そう言いながら俺の方に優しく手を添える。

手のひらから淡く綺麗な光が漏れ始め次第に熱も帯びてきた。


あ、そういえば……


「その……これから転移する場所って、いったいどこなんです?」


「フフフ、まぁ行ってみればわかるよ……じゃあ行くよ〜 それっ!」


神様の一声で俺の周りにホログラムのようなキラキラと光るものが集まり出す。

完全に俺を覆い尽くすと一斉に光り出し今いる場所が崩れ始めるのを感じた。


「あ!そうだ、今のままだと本当に頼りないだろうから勇士の心得(ビリーブ・ソウル) っていうスキルをつけとくね〜」


「え!?スキルって?……どうやって使うとかってのは……」


「その辺は向こうに行ってからのお楽しみってやつだよ!」


いや、そんなドヤ顔されても……使い方わかんないんじゃどうしようもないじゃないか!

あれこれ考えてるうちに、光が大きくなり俺を吸い込み始めた。


「……じゃあ……を、よろしくね……」


光に吸い込まれ空間が崩れる寸前、神様のポツリと呟く声が耳に届いた。

一体何を……その答えやスキルの正体を確認する暇もなく、俺は地球とは違うどこかへと転移していった。


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