山中の洞穴隠者(エレミータ)ピエールの遊説~民衆十字軍の誕生。
西暦1096年。
西北ヨーロッパ。
フランス。
パリ~クレルモン。
リヨン~アヴィニョン。
この地方は、おりしも洪水、疫病、干魃、飢饉に見舞われていた。
天災が人々の平安な暮らしを奪ってゆく。
加えて領主や王侯貴族といった特権階級からの圧力も相まって民衆の心は荒んでいた。
そんな暗い世相が漂う中…………
裸足で粗末なローブを身に着けた男がロバに乗りフランスの各地を遊説して回っていた。
『我らの聖地エルサレムを異教徒より取り戻すのだ!!』
『巡礼者に対する迫害を、これ以上許してはならない!!』
男と彼に付き従う熱いキリスト信奉者たちが辻々で大声で呼ばわる。
その巧みな弁説は民衆の心を打ち、農民や商人、賊から騎士といった人々まで長蛇の列を成し追随して行く。
行列から少し距離を置いて、様子を見守る巡礼者の親子。
『父上……これは、いったい、どうしたことでしょうか?』
年若い青年である息子が行列の先頭をロバに乗り進む先導者に目を止めて呟いた。
目を細めてロバの上に乗る男を見る白髭の初老男。
息子の言葉に、ゆっくりと、口を開いた。
『あれは、聖地エルサレムで、わしと九ヶ月ともに過ごした隠者ピエール……』
『我ら修道僧とは違い、修道院には入らず山中の洞穴に隠る修道者。』
『彼の者たちが、辻々に現れたということは……時が満ちた兆しぞ。』
ロバに乗った男は路傍に立つ白髭の修道僧を視線でとらえた。
男は仲間を待たせてロバの軛をこちらへ振り向けた。
『父上……ロバの先導者が、こちらへ近寄ってきます。』
息子の言葉に白いローブを外す白髭の父親。
男は白髭の父親の側まで来てポッリと口を開いた。
『やはり……あなた様でしたか。』
その言葉に白髭父親は男と視線を合わせて答えた。
『隠者ピエールよ……時が満ちたのだな。』
隠者ピエールは白髭の父親と、しばらく視線を交わした後、呟いた。
『我ら聖なる民衆に名を授けてくだされ。』
『あなた様から、頂いたものならば民衆の心も鼓舞され、更なる拡大の力となりましょう。』
白髭の父親が持つ杖の先端にある鐘へ天から一筋の光が注がれた。
その様子を見守る大勢のキリスト信奉者。
光を取り囲むように中天を舞う白鳩が輝く天使たちへと変貌して行く。
その光は、美しく輝く十字を映し出した。
『隠者ピエールよ。』
『民衆十字軍と名乗るがよい。』
『行け……聖地エルサレムを目指し。』
ここに第一次、民衆十字軍が誕生した。