奇跡を起こす聖地エルサレム~聖騎士クルセイダーの遠きうぶ声。
西暦1040年。
フランス北西部.……パリ。
アンジュー黒顔伯.フルク三世という人々を震撼させるほどの悪名を馳せる人物がいた。
自分の身内、領民の区別なく意に添わぬものは、辺り構わず殺める。
命を、辛うじて救われた者たちも目を覆う程の酷い扱いを受けた。
そんな彼の態度に業を煮やしたのか……
夜な夜な怨みを募らせた霊が彼の寝所を訪れるようになった。
ベットの周りを囲むように集まる苦しい顔をした霊たちが低い声で囁く。
『フルク……フルク……』
『お前の仕打ちを決して我らは忘れない……』
『我らに免罪せよ……』
『我らに免罪せよ……』
これは彼が自責の念で作り上げた幻影なのか。
毎夜、彼の前に現れ安らかな眠りを妨げる声。
流石の悪人フルクも、たまらず神へ救いを求め免罪のため聖地巡礼を決意した。
ヨーロッパの北西部フランスの主邑パリから小アジアのパレスチナへと旅立つ。
その出で立ちは豪奢な領主というものではなく
鐘の付いた杖を片手に質素な白いローブで身を包むというものだった。
彼は聖地エルサレムで祈りを神に捧げ他の巡礼者たちに施しを行った。
坂道で交差する同じ巡礼の旅人の親子が施しをしている人物に目を止めた。
『父上……あの施しをしている御仁は、もしやアンジュー黒顔伯では。』
ローブの下からのぞく顔を確かめる白髭の父親。
『確かに……黒顔伯フルク三世だ。』
『あの、パリの殺人鬼が、この聖地エルサレムでは施し人となっておる……』
『やはり、ここは神の住まわれる聖地エルサレム。』
『聖地巡礼は、極悪人を聖人へと変える。』
『たとえ、燃え上がる火のような罪を過去に犯した者でであっても……
神の、み前で真の悔い改めを行い善行を行うなら救われる。』
すつかり人が変わってしまったアンジュー黒顔伯を見ている父親。
その彼の傍らで父の言葉に耳を傾ける青年。
彼の胸中には、この奇跡を起こす聖地エルサレムを守護し
そして、そこを訪れるキリスト教徒の巡礼者たちの安全を確保するという強い思いが、この時芽生えた。
彼の、この思いが具現化し幻影を見せたのか……
おぼろげながら…………十字を掲げ行軍する聖騎士クルセイダーの勇猛な姿が聖地の空に現れた。
これより、半世紀後、彼の思いは現実となる。