聖地エルサレムへの道~途上の出会い。
西暦1095年。
小アジアの主要地域。
ダマスカス。
聖地巡礼のため遠く遥々、西方ヨーロッパからエルサレムを目指す二人の西洋人。
先端に小さな鐘が付いた杖を持つ壮年の白髭の男と年若い青年の姿。
乾燥した土地にある一つの集落にたどり着いた二人は大きな岩に腰を掛けて暫しの休息を取った。
『父上……お体に、だいぶ負担が来ているのでは。』
息子が痩せた父親を見て心配そうに呟いた。
白髭を整えながら空を仰ぐ父親が息子に答えた。
『ここはシリアの地……聖地エルサレムへは間もなく着く。』
『ここまで来て、倒れるわけにはゆかぬ。』
『我らには神のご加護がある。』
『ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……』
咳き込む父親の背中を擦る息子が近づく人影に気付いた。
『父上……異教徒が来ます。』
幼い子供たちを連れた夫婦らしきムスリムが手に水を満たした器を持ち歩み寄って来た。
土着の言葉で二人に水の器を差し出すムスリム。
言葉は通じなくても、身振りや表情で互いの気持ちを悟った。
白髭の男は差し出された水を飲み干すと、やがて咳も収まり少し元気を取り戻した。
彼は手持ちの袋から、一つの紅く光る石を取り出して、そのムスリム男に手渡した。
美しく光る石を見て驚いた男は、それを彼の傍らにいて水を運んで来た妻に与えた。
イスラム教徒の聖典コーランには生涯に一度はメッカへ巡礼する義務があったので
キリスト教徒である彼らが聖地エルサレムを目指す思いを理解するのは難しいことではなかった。
信じる神は違えども人として成すべきことは普遍であると知る巡礼者。
キリスト教徒二人の心に爽やかな風が吹いた。
この平和な関係が、いつまでも続くことを願わずにはいられなかった。
しかし………………時の流れは彼らの思いとは裏腹にキリスト教徒とイスラム教徒の対立へと進展ゆく。
互いに譲れない聖地エルサレム争奪戦の始まりである。
十字架の旗印を掲げる十字軍とコーランの文字を染め抜いた旗を靡かせるムスリム。
しかしそれは、まだ先の事であり今は互いに心を通じ会わせ笑顔で別れる友人。
手を振り別れを惜しんで去り行く巡礼者の姿をいつまでも見送るムスリムの家族。
その時、折から一迅の風が砂ぼこりを巻き上げて、互いの間を吹き抜けた。
それは、まるで二つの世界を隔てるように…………………………