雪に思うことは数多あれども
雪に思うことは数多あれども、さぁ書くぞとペンを取ってみれば一転ペンは一字を描くこともなく白紙の上をうろつくばかり。
どういうわけかといえば、一寸ばかり気の利いたことをでも書くべしと気負うばかりに、かえって何を書くにも小細工たらしいものに思えて、何を書くこともできないでいる。
と、こういうわけだから、そういうことならと、思うままに書くが良かろと、そういうものを書いている。
雪に思うことと言ったなら。
今日の雪で言えば、積もった雪がびちやびちやと崩れては撥ねるから、靴の中やら裾の中やらを湿らして不快だイヤだとむくれてみもするが、大粒の綿雪が絶えなく降り落ちる様は、どこか遠い雪国へ来たかと錯覚もされるほどに見事な降りようで、ああ白牡丹、白牡丹が舞っているようじゃぁないか、と靴の湿るのを忘れて、しばしば見とれてみもする向きもある。
雪に思うことと言ったなら。
子供時分の雪で言えば、だいぶ降り積もった夜の更け、飼い犬のシロを連れて田んぼ道に出掛けてみれば、曇った空と積もった雪は桃色で、遥か向こうに見える三本杉が無かったならば、地平線もわからないほど目一杯に桃色一色だった。聞こえてくるのは自分とシロの雪を踏む微かな音と静かな呼吸の音だけだった。つまりその日は闇も風も留守だったのだ。自分は桃色の雪の原にごろりと転がって大の字をした。シロは突然倒れた飼い主を訝しがってか黒い目をきょとんとさして立っているだけだったが、鼻っ面に雪を掛けてやると途端に心得たとばかりに四足で上手に跳び走り、雪を噛み噛み桃色の雪を遊び始める。全身白毛のシロは、桃色の中にあると桃色一色にすっかり紛れてまるでどこにいるのかわからない。そのうちシロの黒い鼻と目だけがぴょこと現れるから、ああそこにいたか、と隠れ遊びの真似事をしてみれば、シロもおどけた様子で尾っぽを振ってみせる。それから自分も跳んで走って、雪に潜って雪を掻いて泳いで、とにかく桃色の雪の夜を無心になって遊びまわった。今ごろ家族はコタツなぞにしがみついて蜜柑で指先を黄色くしながら見たくもないテレビなぞを眺めているんだろうと思うと、どうも自分だけ得をしたような、いたく満足な心地がしたものだった。
雪に思うことは数多あれども、今はただぼへっと窓の外を眺めている。温い部屋でアンカにしがみついて蜜柑で指先を黄色くしながら、ぼへっと窓の外を眺めている。風がずいぶん強いから、今夜風は留守にはなるまい。たとい今夜闇と風が留守になったとしても、だるい身体を引きずって、出掛けようとは思うまいが。
雪に思うことは数多あれども、窓の外には白牡丹、目一杯に白牡丹が舞っている。