表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雪に思うことは数多あれども

作者: はじめ

 雪に思うことは数多あまたあれども、さぁ書くぞとペンを取ってみれば一転ペンは一字をえがくこともなく白紙の上をうろつくばかり。


 どういうわけかといえば、一寸ちょっとばかり気の利いたことをでも書くべしと気負うばかりに、かえって何を書くにも小細工たらしいものに思えて、何を書くこともできないでいる。


と、こういうわけだから、そういうことならと、思うままに書くが良かろと、そういうものを書いている。


 雪に思うことと言ったなら。


 今日の雪で言えば、積もった雪がびちやびちやと崩れてはねるから、靴の中やら裾の中やらを湿らして不快だイヤだとむくれてみもするが、大粒の綿雪わたゆきが絶えなく降り落ちるさまは、どこか遠い雪国へ来たかと錯覚もされるほどに見事な降りようで、ああ白牡丹、白牡丹が舞っているようじゃぁないか、と靴の湿るのを忘れて、しばしば見とれてみもする向きもある。


 雪に思うことと言ったなら。


 子供時分の雪で言えば、だいぶ降り積もった夜の更け、飼い犬のシロを連れて田んぼ道に出掛けてみれば、曇った空と積もった雪は桃色で、遥か向こうに見える三本杉が無かったならば、地平線もわからないほど目一杯に桃色一色だった。聞こえてくるのは自分とシロの雪を踏む微かな音と静かな呼吸の音だけだった。つまりその日は闇も風も留守だったのだ。自分は桃色の雪の原にごろりと転がって大の字をした。シロは突然倒れた飼い主をいぶかしがってか黒い目をきょとんとさして立っているだけだったが、鼻っ面に雪を掛けてやると途端に心得たとばかりに四足よつあしで上手に跳び走り、雪を噛み噛み桃色の雪を遊び始める。全身白毛のシロは、桃色の中にあると桃色一色にすっかりまぎれてまるでどこにいるのかわからない。そのうちシロの黒い鼻と目だけがぴょこと現れるから、ああそこにいたか、と隠れ遊びの真似事をしてみれば、シロもおどけた様子で尾っぽを振ってみせる。それから自分も跳んで走って、雪に潜って雪をいて泳いで、とにかく桃色の雪の夜を無心になって遊びまわった。今ごろ家族はコタツなぞにしがみついて蜜柑で指先を黄色くしながら見たくもないテレビなぞを眺めているんだろうと思うと、どうも自分だけ得をしたような、いたく満足な心地がしたものだった。


  雪に思うことは数多あれども、今はただぼへっと窓の外を眺めている。ぬくい部屋でアンカにしがみついて蜜柑で指先を黄色くしながら、ぼへっと窓の外を眺めている。風がずいぶん強いから、今夜風は留守にはなるまい。たとい今夜闇と風が留守になったとしても、だるい身体を引きずって、出掛けようとは思うまいが。


 雪に思うことは数多あれども、窓の外には白牡丹、目一杯に白牡丹が舞っている。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ