プロローグ9
11
サーシャ視点
私は、魔導師の使命は、世界を救うことにあると思う。
別に、城門を守って、この国の民衆を守る事は悪いとは言わない。
いや、むしろそれは高潔な事で、賞賛されるべき事なのだろうけれど。
私は、もっと賞賛されるべき高潔な行いがあるのを知っている。
みんなも知っている。
けれど、彼等はそれから目を背けている。
憤った。
けれど、私に何が出来るだろうか?
でも、キミは答えをくれた。
どっちの仕事でも、多かれ少なかれ死ぬ。
その言葉は、停滞して、保身にやっきになるこの国の魔導師にはきっと言えないことだったと思う。
何故なら、彼らは天秤で全てを量っている。
どちらが危険なのか? どちらのほうが、安全なのか?
でも、キミは言った。
力を振るえるなら、どこだっていい。
キミの言葉は、勇気も、決意も宿してはいなかったけど、でも、私に勇気をくれた。
だから、負けたとしても、私の覚悟を見ていて欲しい。
私は、杖を取った。
そして、ハルアキと王宮の中の広場に臨む。
二度、呼吸をした。
そして、敵を見据える。
魔導師長イルゼ、別名雷光のイルゼ……。
勝ってみせる!
絶対に……。
イルゼ視点
彼女は常に高潔だ。
私は素直に賞賛したい。
だが、私は考える。
リスクを考えれば、彼に関しても、この国に関しても、旅に行かせるより、とどまってくれた方が、絶対にメリットを生む。
要は、勝ち目の薄い賭けをするか、安全に取れる利益を守るかだ。
私は、魔導師団という組織の長である以上、安易に危険を冒させるわけには行かない。
より高潔であろうと、危険があるならば捨て、より安全ならば、そちらに飛びつく。
組織の長は臆病でなければならないのだ。
私の心のうちは、賢い彼女ならば、お見通しかもしれない。
そして、ハルアキくんには、私が知っている以上のことも、見抜かれているかもしれない。
だが、私は自分の主張は通す。
さあ、サーシャ、君の全力で掛かってくるといい。
私は、彼女を見た。
そして、杖を構える。
杖を取れ!
欲しいものがあるならば!
神聖なる決闘で掴み取ろうぞ!
この国の伝説の魔導師の伝説で、彼が言い放った言葉。
まさに今、私達は、その場面にいる。
私は、合図を待った。
ハルアキ視点
御前試合をする場所は、何となく陰陽師の闘技場に似ていた。
石造りで広いが、祭壇のような建物が奥に配置されている。(そこに座るのはご神体なのか王なのかという違いがあるが、概ね俺にはどうでも良かった)
更に、蝋燭の代わりにたいまつが何本も立てられ、夜の決闘にも差し支えないようにしてある。
しかし、建物の外見もさることながら、何より雰囲気が、似ているのだ。
緊張感、張り詰めた空気、神妙な面持ちで向かいあう二人。
最初に火ぶたを切ったのはイルゼだった。
刹那の間に杖を振り上げ、魔法が炸裂する。
炎……、サーシャはそれに反応して、杖から水魔法を繰り出して、その炎を打ち消した。
しかし、次の瞬間には、イルゼは更に魔法を放っていた。
水……、高圧の水流を、サーシャはわずかに遅れて、炎の奔流を生み出し、それをガードする。
しかし、ジリ貧だ。
どんどんタイミングは遅れ、徐々に身体にダメージが通っていく。
唸るように魔法を使いながら、サーシャはどんどん後退していく。
イルゼの魔法の速さには、一驚するものがある。
俺は魔法は使えないし、魔導師同士の戦いを見るのも初めてだったが、イルゼは常軌を逸していると言って差し支えなさそうだ。
俺と術の打ち合いをしても、勝負は中々決まらないかもしれない。
しかし、陰陽師というものは、無限に術を使い続けられるわけではない。
通力がある内にしか使えない。
その例に則すならば、魔導師も魔力を保有している内にしか、魔法を使えないことになる。
まあ、この世界の魔導師が、魔力という言葉を使っているかどうかは棚上げして、とにかく、お互いに有限な力を消費している事になる。
俺は、チラッと他の魔導師たちを見た。
見世物を見ているような態度のこいつらには、嫌悪しか湧かない。
誰もが、サーシャの敗北を確信している。
さて、どうする?
俺は、心の中で問いかけた。
だが、気付く。
サーシャは、意図的に魔法の出力を抑えている。
魔法を食らう度、身体はわずかに傷ついていくが、致命傷にならないように魔法でガードをする。
そして、それを繰り返して魔力を温存し、イルゼの魔力が切れた時点で、一気に攻勢に出る。
ぎりぎりの勝負だ。
サーシャは、恐るべき胆力で攻撃を跳ね返していく。
何が、お前をそうまでさせる?
心の中で呟いた。
不意に、うめき声が聞こえる。
サーシャが魔法を受けきれず直撃を受けたようだった。
地面に倒れ伏し、地面に爪を立てる。
「まだ、まだ、終われない!」
サーシャは叫んだ。
そして、立ち上がり、杖を構える。
イルゼは、明らかに驚いている。
だが、次の瞬間には、魔法を放っていた。
炎……。
ここで、サーシャは、魔力を十分に使わせたと判断したらしい。
地面から、壁を作りだす。
その壁が、イルゼの放った炎を遮り、わずかにサーシャに時間を与える。
「天が与えた 暖かな恵み 荘厳なる力 浄罪の力 その名は光 全てを照らせ! アルカナ・ソーラ!」
詠唱つきの魔法が放たれる。
俺の世界風に言うならば、レーザーだ。
白い光の軌跡が顕現する。
出力は弱いが、スピードがある。
一直線にその光はイルゼに向かう。
刹那……、
光の起動が曲げられた。
「何で?」
サーシャが呆然として、呟いた。
「水蒸気さ、私は、炎の魔法を放った後に、水魔法を繰り出していた。
君が決めの一手で使うのは、タイムラグの少ない光魔法だと予想した。
だから、水蒸気の生む屈折率を利用して、光魔法を曲げた……」
打ちのめされたような表情になったサーシャ、しかし次の瞬間には、動き出していた。
会場を迂回しながら、魔法を放つ。
温存しておいた魔力を使って、攻勢にでたようだ。
だが、さっきの魔法でどれほど魔力を使ったのかは知らないが、そう少ないはずはない。
俺の予想では、お互いの魔力は五分と五分。
ならば、一瞬のせめぎ合いが勝負を決める。
お互いが魔術同士をぶつけ合っていく。
そして、何手目かの攻勢の末、サーシャの杖が宙に放られた。
カラン、と地面に落ち、杖が転がる。
サーシャはすぐさま飛びつこうとするが、魔法に阻まれる。
炎の壁が、サーシャと杖の間を遮ったのだ。
「済まないね、終わりだよ、サーシャ」
そう言って、イルゼは杖を振り下ろそうとした。
だが、それを阻むものがあった。
誰あろう、俺だった……。
12
「何のつもりだい?
ハルアキくん」
少しの棘も感じさせない問いだった。
むしろ、こうなる事が分かっていた、とでも言うような……。
俺は、やはり食えない奴だと思いながら、イルゼに相対する。
「考えたんだ。
最初は、俺を求める人間がいるなら、どこでだって力を振るっていいと思ってた。
だけどな、こいつの戦いを見て、思ったよ。
命を賭けるには、命を賭ける仲間がいなくちゃならない。
だが、あんたらはそうじゃない。
こいつの言っていることは、絵空事に近いが、こいつは、命を賭けて向かっていった。俺は、そっちに付いていくほうが、良いと思った」
イルゼは、落ち着いた様子で、俺を見ると、静かに話しだす。
「だが、勝負は付いた。
君は、私達に任せると言ったのだから、この勝負にけちをつけることは許されない
少し卑怯では?」
「……確かに、そう言った。
だが、あれは正当な賭けじゃない。
誰もが分かっていたはずだ。
明らかに、サーシャに勝ち目は無い。
そう知っていながら、勝負をさせた。
アンタ等の方は卑怯じゃないって言えるのか?」
まあ、屁理屈に近い理屈だが、まずは、俺の意思を伝える事が先決だ。
当然、イルゼは跳ね返す。
「詭弁だね。
君ともあろうものが、何の論理性も無い」
「論理の問題じゃない、俺は、面白そうだと思ったから、こうしてる」
会場がざわめいた。
「この勝負は俺が引き継ぐ。
あと、アンタ等は知らないふりをしてたみたいだけどな。
この世界の決闘には、代理を立てることが出来るみたいだな?
だから、俺が代理になる。
そっちも代理を出せよ。
何人だっていい。
俺には、それぐらいの覚悟が出来ている。
面白いことに命を賭ける覚悟がな」
一同唖然である。
俺は、笑い出したいのを堪えて、真顔を作った。
「その試合、そこまで!」
不意に、王の声が聞こえる。
彼は、深く頷き、
俺とイルゼ、サーシャを順番に見た。
「ハルアキ、そなたの覚悟、しかと承った。
世界を救う旅に出るといい」
俺は頭を下げた。
「旅の志願者を募る。
そうお触れを出そう」
王が続けて言うので、全員、開いた口が塞がらない。
俺は、不適に笑っていた。




