表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

プロローグ8

      10


 イルゼは、穏やかな笑みを浮かべながら、俺を案内していた。

 俺の横には、リュウが、羽ばたいていて、俺にぴったりと付いてくる。


「豪勢なんだな? この城」


 俺は、肖像画や、シャンデリア、大理石で出来た壁や床を見た後。

 かなり広い廊下に落ち着かないものを感じながら、そう呟いた。

 俺の家も、こうも広くは無かった。


「意外かい?」


「ああ、もっと困窮しているものだと思っていた。

 物乞いもいたし」


「でも、裕福そうな人間もいただろう?」


「ああ、それは気になる所だった」


イルゼは、俺に少し近づくと、声を潜めて話し出した。

ほとんど耳打ちのような距離だ。


「王族や、貴族は、貿易で得た富を食い潰しているからね。

 実は、物流は結構いいんだよ。

 昔ほどじゃないけど」


「国民には、その事実は伝えられていないと言う事か?」


「そうだよ。

大体そんな感じ」


「そうか、だが、いい加減、国民も気付くんじゃないのか?

 豪勢ななりをしている人間が闊歩してるんだから」


 俺が問うと、イルゼはうんと頷いて、更に声を潜めて話し出した。


「国民はうすうす気付いてる。

 だけど、貴族、王族は、妖魔を退けるために費用を使っている。

 困窮しているのはそのためだ、の一点張りだ」


「なるほど、ありがちだな」


 俺のいた世界でも、同じような事例は散々耳に入る。

 主にゴシップ誌が主流だが、時々テレビ番組でもそんな批判を受ける政治家がいる。

 だが、国民は、具体的には何も出来ない。

 それに漬け込んで、ますます無駄遣いは加速していく。


 俺は、それに対して怒りを覚えたりはしない。

 事実として受け止める。


「なあ、言ってる事、難しくて分かんないぜ?」


 リュウが、頭に疑問符を並べながら、話に割り込んできた。


「要するに、国民のお金を、王族貴族が、勝手に使っていると言う事だよ」


 イルゼは苦笑いしながら、懇切丁寧に説明した。

 リュウにも理解できたらしい。

 リュウは、ふんふんと、頷く。


「それは許せねえ! ハルアキ! そいつら、退治しに行こう!」


「頭に血を上らせるな。

 ここで、クーデターを起こしても、上級魔導師とやらに取り囲まれて死ぬだけだ」


「俺がいれば大丈夫だ!」


「確かに、お前の能力の高さは認めよう。

 だが、俺が懸念しているのはそれだけじゃない」


「ケネン?」


 リュウが首を傾げるので、イルゼが説明を加える。


「要するに、気にしている事って意味だよ」


「なるほど。

ハルアキ、わざわざ難しい言葉を使うよな」


 リュウのクレームに、しかし俺は鼻を鳴らすだけだった。


「で、君が懸念している事とは?」

 

 水をさされ、停滞した会話を引き戻したのは、イルゼだった。


「理由は数多にあるが、集約すれば、俺は妖魔を倒すために、後ろ盾が欲しい。

 多少たるんだ組織でも、それなりの力はあるはずだ。

 俺は、その力を利用して、戦いたい」


「利用、か……。

 包み隠さない君の態度は好きだけど、あまり、大っぴらに話すのは、感心しないな」


「大丈夫だ。

 多少俺を小うるさく思われても、王族は、俺の力を求めるはずだ」


「でも、君が信用されるとは限らない」

 

 イルゼは、俺をじっと見つめて、品定めするような表情になる。

 俺も、同時に、イルゼを睨め付ける。

そして、しばらくぴりぴりとした空気が充満するのを感じながら見詰め合った。

 

 数秒後、不意に俺は口を開いた。


「アンタが、上手く言ってくれるんだろ?

 アンタが、俺の力を欲しているのはすぐに分かったし、アンタが、上級魔導師の中でも、リーダー格であることは、簡単に分かった。

 頼りにしている、アンタの事を」


「買い被り、と、韜晦したいところだけど、しょうがないね。

 分かった。精一杯サポートしよう」


 交渉は成立。


「君は、食えない男だ」


「そういうアンタもな」


 緊張した空気が弛緩していく。

 笑顔を交し合い、俺たちは王の下へ向かう……。




 何というか、予想通りだった。

 肥太り、白い髭を生やし、白髪の男、というのを、俺はイメージしていた。

 王は、でっぷりとした腹を窮屈そうにしながら、髭を撫でた。

 椅子が可愛そうだな。と、俺は頭の中で思った。

 金色の玉座なので、金属製だとは思うのだが、何となく、軋んでいるように見える。


「そなたが、巨大な妖魔を倒した男か」


「はい、ハルアキと申します」


 この広間には、兵士が何人も配置され、気を揉んだ様子で、俺の一挙手一投足を観察していた。

 そして、玉座の周りには、ローブの集団がいて、その中には、サーシャもいるようだった。

 俺は、赤い絨毯じゅうたんの上に立ち、恭しく礼をした。

 礼儀作法のセオリーは知らないが、俺の流儀で行く。


 兵士達が、ざわざわとしながら、俺を睨み付けた。

 どうやら、非礼に当たることをしてしまったようだ。

 だが、王の方は、全く気にしていない様子で、満足げに微笑んでいた。


「皆のもの、多少の非礼は許そうではないか、別の国、別の場所から来た者が、流儀を知らぬのも無理は無い」


 予想外だった。

 容姿と、金の無駄遣いを行っていると言う噂から、もっと怒りっぽい人物を予想していたのだ。

 それとも、ただ単に気分屋なだけなのか、判断は付かないが、今は保留にしておく。


「王よ、私は貴方がたを救援すべくここに訪れました。

 恩着せがましい言い回しになりましたが、それが、私の一番の目的です」


 王は深く頷いた。


「それで、ハルアキ殿、そなたは私に何を求めるか?」


「活躍する場、少しの給料」


「うむ」


 今一度、王は深く頷き、髭を撫でた。


「そなたの力ならば、少しと言わず、かなりの報償を与えられるのだが?」


「王よ、私は、金に興味はありません。

 私の力を試したいのです」


 俺が慇懃に言うと、「何と、不遜な」という、誰かの声が聞こえた。

 兵士たちは、俺を気味悪がっている様子で、忌避するような視線を向けてきた。

 俺は、そんなことには同ぜず、何食わぬ顔で、王を観察した。


「良かろう、そなたの頼み、しかと承った」


「ご理解、感謝します」


「では、そなたには、城門の守護を任せよう」


 王は、熟慮することなく、そう俺に言い渡した。

 まあ、妥当な所だ。

 一番大事な役目だと言える。

 もう一つ、重大な事柄を除けば……。

 しかし、熟慮も無くそう言い渡した時点で、この王のそこは知れた。

 俺は、蔑んだような表情を隠すために、頭を下げる。


「御意」


 とだけ言って、下がろうとしたその時、女の声が聞こえた。


「お待ちください!」


 サーシャの声……。

 さて、どんな話に持っていく気なのか、俺は大体予想できていた。


「彼は、呪術者です! 四神を倒せるかもしれません!」


 瞬間、今までの比ではないざわめきが巻き起こる。

 

 俺は、隠す事も無く、サーシャに蔑むような視線を向けた。

 サーシャは、俺の視線を受けて目を背けた。

 どうやら、命を賭ける仕事を任せようとしている事に関して、俺に後ろめたさを感じたようだ。

 結論から言って、そんな感情を抱く必要はない、

 俺がサーシャを睨んだのは、別に命を掛ける仕事を押し付けようとしたからではない。

 こんな場で、非難が来ると分かっている主張を言い出したことを蔑んでいるのだ。


 全く、自分の立場ぐらい承知しているくせに……。


「サーシャ、それは、自殺行為に行かせるようなものじゃないか、貴重な戦力を失うわけには行かない」


 案の定、批判が来るわけだ。

 この言葉を発したのは、イルゼだった。

 

 どうもイルゼにはサーシャを蔑む様子は無いが、他の、魔導師だと思われる人物は、ニヤニヤと、サーシャを見ている。


 立場が弱いのは本当らしい。


 俺には、庇う気は無かったが、ここで一つ、物申す。


「俺は、どちらでもいい。

 力を振るえる場所があるならな」


 その場が静まり返る……。


「だから、アンタらで決めてくれよ、文句は言わない。

 どっちの仕事だって、多かれ少なかれ、命の危険はあるんだからな」


 今度は再びざわざわとその場にいた人々が騒ぐ。


 そうは言ったものの、大勢を考えてみれば、サーシャは圧倒的に不利だと思われる。

 少し気の毒に思ったが、それ以上の助け舟は出さない。


「四神を倒す、か……」


 そんな中、王は今度ばかりは熟慮する。

 なるほど、王としての立場から、四神を倒し、世界を救うという選択に異議を唱えるのは、はばかられるらしい。

 少し、サーシャに希望が出来た。


 だが、当然、批判の声は上がるわけで……。

 魔術師達が、次々に批判の言葉を投げかける。

 

 それでも、王は熟慮した。

 王の立場も大変そうだな。と、俺は頭の片隅で考えていた。


 そんな中、王が口を開く。


「私も、世界を救うために、このものを旅にやる事にやぶさかではない」


 分かる。こいつは本気では言っていない。

 多数決になれば、渋々、という体で俺を城壁のガードとして迎えることが出来るだろうことを、恐らく計算している。

 

 しかしまあ、その言い方だと、あたかも自分が世界を救うかどうかを天秤にかけているかのように思える。

 そして、俺は確かに、旅に行くかはそちらしだいと言ったが、やぶさかではない、という言葉では、あたかも俺の意思が王の元にあるかのように思われる。

 最初は、好印象とまでは行かなくとも、思ったよりは良い印象、と言う感じだったのだが、それをかんがみると、はっきり言って今は悪印象だ。

 別に、どっちだって良いのだが、少し、俺は旅に出るほうに傾いた。

 

「私は、彼をこの国で召抱えるのが一番だと思います。王よ」

 

 イルゼは、穏やかな様子で、そう言った。


 対する王は、少し表情を緩め、「うむ」と唸った。

 

だが、サーシャは食い下がった。


「彼は、多くの人が待ち望んだ、救世主です! 

 私達が全力で、支援し、彼と共に、四神を倒しに行くべきでしょう?」


 必死の主張、少しこそばゆくなる言葉だが、俺は少し好感を持った。

 しかし、大勢は傾きつつある。

 俺は、少し助け舟を出す事にした。


「サーシャ、アンタがそう言うなら、俺と共に旅に行く覚悟はあるのか?」


「ある、私は、四神を倒して、この世界を救いたい!」


「そうか」

 

 俺は、軽く頷いた。

 その場にいた人間が浮き足立っているような空気が、感じられる。

 沈黙が続き、嫌なムードに包まれる。 


「王よ、では、これならばどうでしょう?」

 

 ここで、滞った会話を再び進めようと、イルゼが前に進み出る。


「旅に出ることを望むサーシャ殿と、それを反対する魔導師の中の一人を決闘させ、勝敗で全てを決めるというのは?」


 イルゼの突拍子も無い言葉、と思ったが、どうやら、こういうのは日常茶飯事だったらしく、魔導師たちは、あまり驚いたような様子は無かった。


「なるほど、では、イルゼ、お前がサーシャの相手だ」


 王が言う。

 サーシャは衝撃を受けたようだった。

 

 俺は、イルゼがどの程度の実力を持っているのかは知らないが、上級魔導師の隊長である彼が、コネで上級魔導師になったサーシャに負けるとは思えない。


 明らかに悪意を感じたが、これは、サーシャにも予想できた事だっただろう。

 だから、何も言わない。

 好きにしろといった手前、それ以上のことは出来まい。

 俺はサーシャを見つめ、彼女がうつむいているのを少し哀れに思う。


 だが、次の瞬間には、サーシャの瞳の奥に、何か、大きな感情を感じ取った。


 恐怖でもない、悲しみでもない、壮絶な決意……。凄絶なまでの決意……。


 面白い、やってみろ、お前の決意の程を、俺に見せてみろ。

 俺は、無言でそう語った。

 サーシャは、終始俺から目を離さなかった。

 そして、頷く。

 伝わったのかもしれない……。

 まあ、どっちだっていいが……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ