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プロローグ6

      8


全く、勘弁して欲しい……。

 思った以上の早さで衛兵が俺たちを追いかけてくる。

 だが、相手は鎧を着ているし、俺の身体能力は普通じゃない。

 どんどん敵を引き離す。

 そこで、この馬鹿は安心したらしい。


「ご、ごめんよう、ハルアキ。

 俺、トマトがめちゃくちゃ好きでさ……」


「まずいな……」


「え? ハルアキ、トマトが嫌いなのか?」


「そういう意味じゃない。

 このままだと、いずれ捕まるぞ?」


「え? でも、こんなに引き離したじゃないか?」


 困惑しながら問うリュウに、俺は首を振った。


「地の利だ」


「チノリ?」


「ようするに、向こうは追い込む事が出来る場所を知っているが、俺たちは知らないってことだな」


「で、そうなると、どうなるんだ?」


 誰か、この馬鹿につける薬を持ってきてくれ……。


「とにかく、逃げるぞ、話は後だ」


 久しぶりの全力疾走、息が上がるが、まだまだ行ける。

 だが、路地を抜けた所で、兵士が待ち伏せしていた……。


「どうすんの? ハルアキ……」


「戦うしかない」

 

 そう結論付けた。

 全く、頭が痛くなる……。


 まあ、今更言っても詮無き事だ。

 俺は、手を前に突き出した。

 少し脅かせば、帰ってくれるかもしれない。

 少し甘い見立てだが、一縷の望みに賭ける。


 右腕から、炎を出した。

 兵士たちの顔が、恐怖に染まる。


 いいリアクションだ。

 兵士たちは及び腰になり、やがて、逃げ出した。


「やったな! ハルアキ! あいつら、腰抜けだ」


 リュウがやんやと喝采するが、俺は、首を傾げた。


「……簡単に引きすぎだ」

 

 俺は、あごに手を当て、考え込む。

 この場を離れた方がいいか?


「すぐに逃げるぞ、お前は、袋の中に入って、じっとしてろ」


「でも、撃退したジャン?」


「何か、もうちょっと厄介なものを呼びに言ったのかもしれない。

 事によると、魔導師とか言う連中かもな」


「それなら、俺がいれば大丈夫だ!」


 なるほど、失念していた。

 妖魔は、魔力を吸収できるとか……。

 魔力と通力の違いは分からないが、魔導師が数人来ても、こいつを盾にすれば、何とかなるかもしれない……。

 それでも、戦闘は極力避けた方がいい。


「リュウ、とにかく、ここを離れるぞ」


「……分かったよ」


 リュウは、従順に従った。

 俺は、わずかに安堵する。

 ここで反発されたら、少しやばい事になる。

 こいつのお粗末な頭でも、それくらいの判断は出来たようだ。


 この町の外に出るのは、恐らく不可能だろう。

 門番にはすでに伝令されているだろうからだ。


 永遠に逃げ続けるのは不可能。


 敵と遭遇するたびに撃退すれば、この世界の法律は知らないが、罪状は積み重なっていくはずだ。

 それでも、今は逃げるしかない。


 路地を抜けて、表へ出る。


 すると、賑わいを見せる大通りになっていた。

ここまで、噂は広がらなかったか……。

そう思い、安堵する。


 後は、何食わぬ顔で、この場所に溶け込もう。

 そう思い、リュウを袋の中に突っ込んだ。

 今度は抵抗しない。

 後で、トマトぐらい食わせてやるか。

そう思いながら、俺は人ごみに紛れると、歩き出す。


「それで、隠れたつもりなの? キミ」


不意に、鋭いが、どこか抑制されたような声が聞こえる。


「通力の気配でも感じ取れるのか?」


 俺は、俺の真横に突っ立ち、微笑を浮かべる見る人物に目を向けた。


女だ……。

 髪はブロンド、眼の色は青、白いローブを着込んでいる。

 かなり整った顔立ちだが、お洒落には無頓着なようで、髪は寝癖だらけ、 ローブは染みだらけ。その手には、みすぼらしい杖が握られている。


「妖魔の匂いは、嫌でも感じ取れるから」

 

 女は、こともなげに言ってみせる。


 俺は、不適に笑いながら、提案する。


「ここで勝負するのは、アンタも望まないだろう?

 大広場にでも向かおうか?」


 これだけの規模の町だ。

 中世の時代の城の中には、必ず大広場のようなものがあると、調べた事がある。

 この町も例に漏れずだったようで、女は頷いた。


「この戦いで俺が勝ったら、言い訳をさせて欲しいんだが?」


「分かった。

でも、私が勝ったら、貴方ともども、その袋に入っている妖魔を倒すわ」


「交渉成立、だな?」


 俺は、フッと笑い、歩き出した。

女も俺に付いて来る。




 大広間、この決闘の噂を聞きつけた民衆が、詰め掛けていた。


「おい、アンタ、こいつらに俺たちの技をぶつける恐れがあるのは気付いてるよな?」


「ええ、だけど、それは自己責任。

 妖魔を従えているくせに、良い所があるね?

 それとも、負けた時の言い訳にしたいのかな?

 民衆に攻撃が当たるのを気にして、思ったように戦えなかったって言い訳を用意しているの?」


「好きに取ればいいさ」


 そう言って、俺は手を掲げた。

 サーシャは杖を構え、俺と距離を取る。


 瞬間、炎と炎が放たれる。


 空気を切り裂くような音が聞こえ、炎が一気に燃え上がる。

 民衆がどよめいた。

悲鳴と歓声が半々ぐらいだ。


 俺は、一気に炎の中に突っ込んだ。

 親父を倒したときと同じ展開、黒の術を使って身体を守り、瞬撃の速さで間合いを詰める。

 女はとっさに杖を水平に持ち返え、何事かを唱えた。

 瞬間、土の壁が俺たちの間を遮った。

 どうやら、親父の時と違って、間隔がやや広いために、反応の時間を与えてしまったようだ。

 

 俺としたことが、どうやら間隔の狭い、あの戦闘の場に慣れ、その感覚で戦ってしまったようだ。

 だが、俺は止まらない。


「五行の一つ その名は木行 顕現せよ 大地を食らう 深緑の木々」


 詠唱を素早く終える。

 瞬間、女が作り出した土の壁に、樹木が芽吹く。

 つたが伸び、徐々に侵食していく。

 女は、驚きの表情でそれを見ていた。

 つたは一気に伸び、女の手足を絡め取る。

 杖は取り落とされ、女にはもう何も出来ない。


「終わりだ。

言い訳を聞いてもらう」


淡々と言って、俺は女を見た。


「分かった、聞く」


 女が降参というように、両の手のひらを開いた。

 俺は、術を解き、女の方へ向かう。

 樹木は消え、土の壁もどこかへ消えてなくなった。


「キミ、本当に強いね?

 でも、私を殺さないってことは、どうするつもりなのかな?」


「それは、今後の状況しだいだ」


 俺が、肩をすくめながら言うと、女は面白そうに笑った。


「アンタ、名前は?」


 今度こそ、忘れないように聞く。


「サーシャ、よろしく」


「俺は、ハルアキ」


「変な名前だね?」


 プッと笑ったサーシャに、俺は少し気を悪くしながら言う。


「俺のいた世界では普通なんだが……」


「俺のいた世界?」


 いぶかしげに首を捻るサーシャに、しかし俺は何も言わなかった。

 代わりに、俺が置かれた状況を説明してみる。

 ぼかしたい部分は、オブラートに包み、淡々と説明をする。


「要するに、キミは術者だけど、この世界を支配している術者とは関係が無くて、その袋に入っている妖魔はキミの召喚獣で、馬鹿だから人に危害は加えないってことね?」


「概ねそんな感じだが、一つ訂正したいのは、この召喚獣は、馬鹿ではなく、大馬鹿だ」


「よっぽど、頭が悪いんだ?」


「端的に言えばそうなる」


 俺が、首肯すると、抗議するように袋の中のリュウがじたばたした。


「一度、その子を見せてもらっていいかな?」


「ああ、どうぞ」


 俺はふたたび首肯して、袋を開けた。


「ぷっはあ、息が止まるかと思ったぜ。

 おい、ハルアキ、いくらなんでも酷すぎるぜ?」


「そうしないと、お前が余計なトラブルを起こすからな」


 その後も抗議を続けるリュウを無視して、俺はサーシャに向き直った。


「で? こいつを見てどうするんだ?」


 俺がリュウの首根っこを掴みながら、サーシャの前に持っていくと、彼女はリュウをまじまじと見た。


「確かに、他の妖魔と違って、何だか可愛いかも……」


「馬鹿だけどな」


 俺がそう付け足すと、リュウがブーブー文句を言うが、聞こえないふりをする。


 俺は、サーシャのほうに向き直り、「で?」と、前置きし、更に続ける。


「俺の話、信じてもらえるか?」


「うん、信じる」


 今度は、サーシャが首肯する番だった。


 俺は、そんな様子を見ながら、ふと、気になった事を質問すべく、口を開く。

だが、リュウが「いい加減放せよう」と言うので、仕方なく手を放し、今度こそ話し始めた。


「この、世界を乗っ取った術者ってのは、どんな人物なんだ?」


「正確な所は分かってないけど、そいつは、四体の強大な妖魔を世界に解き放って、あっという間に、東西南北に広がる国々を制圧してしまった。

 更に、本人も強大な通力を持って、王国の魔術師たちを、いとも簡単に倒した。

 私も、その中にいたんだけど、かなりの強さだったよ」


 俺は、気になるワードに行き当たったので、少し緊張しながら質問をする。


「なあ、その四体の妖魔ってのは、四神のことか?」


「うん、その術者が、そう言っていたのを私は聞いた」


 俺は、嫌な予感に苛まれていた。

 心臓を高鳴らせながら、恐る恐る何度目かの質問をする。


「その、術者の名前は?」


「確か、阿部晴明あべのせいめいと、名乗ってた」


 俺は、阿部春明あべはるあきは、その時、重大な事に気付いた。


 やばい、それって俺のご先祖様だ……。


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