プロローグ5
7
「私たちを守っていただいて、ありがとうございます」
御者が頭を下げた。
ウィザーシュタットという世界の中の王国。
この大陸全体をウィザーシュタットと呼び、王国自体も、ウィザ-シュタットというらしい。
そこに俺は到着したのだ。
「私たちの旅はこれで終わりですが、貴方はどうなさいますか?」
どうやら、女が死んだ件で、俺が相当ショックを受けたのだと思っているようだ。
「まあ、せっかくこの国に来たから、ぶらぶらしてみる」
控えめな物腰で聞いてくる御者に、俺は、気楽な様子で答える。
すると、年老いた御者は、金貨の入った袋をこちらに手渡した。
「では、これを持っていってください。少ないですが」
「ありがたく受け取っておく」
そう言って、俺は袋を受け取ると、城門を見た。
かなり高い……。
白い石で出来た城門……。
五十メーターはあるだろうか? その周りにも壁が屹立し、王国全体を守っている。
ここで、リュウを連れていたら、やばいことになりそうだ。
これだけ、妖魔や魔物に警戒を抱いている国だ。
城門の前でお縄に、ということもありえる。
案の定、御者もそれは注意してきた。
しかし、具体的にはどうするか?
そう言えば、この馬車に乗っているのは商人で、大量の品物を袋に入れて持って行ったらしい。
「袋をくれるか?」
数分後、
「ハルアキ、何のつもりだ?
こら、やめろ!
縛るな、ふん縛るな!」
俺は、袋の中にリュウを詰め込み、町を歩いていた。
いぶかしげな顔をする人々の視線が痛い。
この怪しい袋のせいか、俺の格好のせいか、両方か、いや、両方だろう。
そう結論付けると、俺は、格好をどうにかしようと思い立ち、服屋を探す。
そもそも、この世界では、服はどれくらいするもので、この金貨で足りるのだろうか?
食料も買わなければならない。
俺が値段が分からないのをいいことに、あこぎに商売をしてくる可能性もある。
「さて、どうしたものか……」
中世の金貨の値段は、前に調べた事がある。
確か、十二万円……。
まさか、そんな価値があるとは思えないが……。
何はともあれ、まずは服だ。
格好を整えないと、舐められる。
服は、多少損をしても買うとしよう。
そう思い立ち、俺は視線を巡らせる。
この世界の服装も、同時に目に入る。
スカートタイプとまでは言わないが、丈の長い、地味な色のジャケットのようなものと、白い膝丈のズボンが主流のようだ。
俺は、しばらくさ迷い服屋を見つけると、中に入っていく。
すぐさま、店主が反応をしめし、俺の格好が見えた瞬間、目が$になる。
守銭奴もかくやである。
「服を買いたいんだが?」
「ええ、お客様にお似合いのがありますよ」
そう言って、色んな服を俺の元に持ってくる。
そして、そのたびに、「お似合いです!」「素晴らしい」と、俺を褒めちぎってくる。
ここで、俺は大体の展開は予想できた。
恐らく、俺が着ている、見慣れない服を売ってほしいという話を持ちかけてくるのだろう。
「あの、お客様」
店主は、手もみして、本題に入る。
この服がどの程度の値段なのかは分からないが、とりあえず、店主の出方を見る。
「その衣服と、この中の衣服の二着と交換すると言うのはどうでしょう?」
「済まないが、この服とは、しばらく苦楽を共にしていてな、そう簡単には手放したくない」
「では、三着ではどうでしょう?」
「三着か……」
俺は考え込むそぶりを見せ、唸る。
「分かりました! では、四着、いや、五着!」
「いいだろう。あと、服を入れる袋も頼む。この服の腰につけられるやつだ」
俺は交換が成立した服の中から、一着を指差した。
「お安い御用です!」
契約成立、損をしたのか、得をしたのかは分からないが、とりあえず、五着の服を手に入れた。
その中の一つを着込み、俺は町へ再び繰り出す。
この町は、賑わってはいるが、どうやら、貧富の差が激しいらしい。そこら中に物乞いがいる。
反して、綺麗に着飾った、貴族のような人物が、町を闊歩している。
ところで、リュウは相変わらずばたばたと暴れているが。
幾分、街中の好奇の目は、薄れている。
そんな中、不意に腹が減っているのに気付く。
俺は食料品店に向かうことにした。
しかし、そこら中に食料品店は立ち並んでおり、どうやら、ここは激戦区の模様。
さて、どこに行こうか?
思考を巡らせ、俺はぐるりと一回りする事にした。
一番目の店……。
ほう、ジャガイモ、ピーマン、にんにく、ナス、枝豆、トマト……。
品揃えが良いのか、良くないのか、俺には判断できない。
しかし、ふと気付く。
俺は、無意識に、野菜が置かれている場所の名札を見て、思考を巡らせていたが、この名札の字は、俺の知らない字だった。
何故か、それが分かる。
俺は、それに疑問を持ちながらも、棚上げする事に決め、次の店へ行こうとした。
次の瞬間、リュウが、袋の中から這い出した。
「トマトの匂いだ!」
瞬間、激震が走る。
「妖魔だー!!」
「ふえ?」
間抜けな声を出すリュウに、俺は、呪術をぶつけたいのを押さえ、袋に押し込もうとした。
しかし、時すでに遅し。
町中にその声は伝わり、一斉に人々が逃げ出した。
ちょっとやばいな……。
俺は、人事のように考えていた。
どうやら、城壁に守られている人々には、妖魔に対する耐性が無かったらしい。
しかし、いざとなったら、リュウに呪縛を掛けて、自分は逃げればいい。
「なあなあ、ハルアキ?」
「何だ?」
能天気に声を掛けてきたリュウに、俺はいらいらしながら、問うた。
「このトマト、食べても良いかな?」
ゴッツーン!
俺が、渾身の一撃を食らわせると、「うへゃ!」という、気の抜ける声と共に、リュウがつんのめった。
いい加減、手が痛くなってきた……。




