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プロローグ4

      6


 金髪の女は、俺が、別の場所から来た事を完全に気付いていたらしい。

 今思うと変な話だが、たまに、こういう事がこの世界で起きるのだとい

う。

 見慣れない服を着た人間が道端に倒れているという事例が……。


 そんな事を考えていたら、リュウがパタパタと羽を鳴らしながら、俺の真上に陣取り、話しかけてくる。 


「なあ、ハルアキ。ずっと空ばっかり見て、どうしたんだよ?」


「空の色は同じなんだな、と思ってな」


 別に、そんな事は考えていなかった。

 ただ、適当な事を言って、はぐらかそうとしたのだ。

 しかし、リュウは納得した模様。

 ふんふん、と頷いている。


「空は、偉大だよな? どこに行っても同じ色だ」


 何だか、めんどくさそうなモードに入りそうだったので、俺は狸寝入りした。

 しかし、それを実行した所で、この愚か者には通じなかった。

 意識の端で、「空はいい」とか、「自由に羽ばたくのは」とか、「時々、茜色に染まるのが一番好きだ」とか、今にもポエムを作りそうな勢いでまくし立てるので、俺はその頭を上から殴りつけた。

 

 最初は、ゆっくり、のっそりと動き、立ち上がった瞬間、かなりのスピードで動いた。


「ぐひゃっ!?」


 気の抜けるような声と共に、リュウはつんのめり、床に倒れた。


「な、なにすんだよう?」


 リュウは、頭を抑えて抗議する。


「その、語尾を伸ばすのをやめろ」


 俺はそう言い捨てて、伸びをした。

 ここの居心地は悪くない。

 見ると、荷台の端に、金髪の女も寝転がっていた。


「ぐひひ」


 一応言っておこう、この笑いを発したのは俺ではない。

 ならば、誰か?


「おい、リュウ、お前、まさか」


「ちょっと触るだけだって」


 かぎ爪を起用に動かし、リュウは、「ちょっと」の仕草をした。

 マジでクズだなこいつ……。

 そう思った俺は、もう一度拳を振り上げた。


 ゴツン! という音がした。

 当然、リュウの頭が出した音だ。


「な、なにすんだよう?」


 何とかの一つ覚えの如く、リュウは同じリアクションを繰り返す。

 俺は、もう一度拳を振るおうかと思った。


「待って、待って! ストップ!

 分かった、分かったから」


 腕と翼をばたばた振り、リュウは暴力お断り、という姿勢を露にした。


 ここで、俺は気付いた事がある。


「その翼、飾りだろ?」


「ギクッ! 

そんなわけ無いだろ! 

別に、羽をパタパタさせた方が、女の子に受けが良いとか、そんなんじゃないぞ!?」


「気付いてるか? お前、今ギクッて自分で言ってたからな?」


 何のお話かなー? そう言って、パタパタと翼をはためかせ、そこら中を飛び回るリュウを軽く睨めつけ、俺は、辺りを見渡した。

 連なる車両の最後尾、それが、俺たちの領域だった。

 馬を操っている御者は、仮眠を取って交代しているらしく、確かな様子で馬を操っていた。

 ……いや、時々こちらをチラチラと見ている。

 何を見ているのかと思ったが、愚問だと、後で思い直す。

 リュウの事に決まっている。

 だが、有害性は認められないらしく、むしろ好奇心で、リュウを見ている感じだ。

 まあ、そういう反応が返ってくるのも予想は出来た。


 しかし、今はそんな事はどうでもいい。

 それはさておき、という奴である。


「で? 神通力で浮いているわけか?」


「まあ、そうだけど」


 あっさり認めた。

 もうちょっと、手こずるかもと思っていたのだが……。


「でもな、この羽は、俺のチャームポイントなんだぞ!?

 馬鹿にするなよ!?

 それに、俺が真の姿になった時は、必要になるんだからな!?」


「ほう、真の姿か」


俺がわずかに興味を見せると、リュウは胸を張って得意げに顔を歪めて見せた。

顔が歪むだけなので、笑っているのか怒っているのか判別できないが、恐らく笑っているのだろうと推測する。

召喚獣とのコミュニケーションは、結構難しいのだ。

こいつの感情は、至極読みやすいが。


「まあ、今のお前じゃ役立たずもいい所だからな。

それ位あっても、今更驚きはしないが……」


「なんだよう。

もうちょっと、驚いてもいいんじゃねえか?」


「それは、お前が真の姿とやらを見せてからにしよう」


 ちぇっと言わんばかりに足で地面を蹴り、リュウはもう一度女の方を見

た。


「でも、可愛い子だよな?

 ハルアキだって、襲い掛かりたいという欲求ぐらい湧くだろ?」


「よし、もう一度殴っていいんだな?」


「たんま! じょ、冗談だよ! 全く、沸点が低いなあ、ハルアキは」


俺は、しばらくリュウの顔を見つめた。

そして、ため息をつく。


「俺も、そう感じられたら、いくらかマシな気分になってたかもな」


 リュウは首を傾げ、腕を組んだ。


「ハルアキの言っている事は、難しくて分からん」


「分からんでいいさ」


 そう言って、俺はリュウから目を離し、不意に金髪の女がこちらを見て、 くすくすと笑っているのに気付いた。

どうやら、起こしてしまったらしいが、悪い寝覚めではなさそうだ。


「済まない、起こしたか」


「いいえ、面白いからいいの」


 今一、その価値基準は分からなかったが、俺は「そうか」と頷いた。


「なあ?」「ねえ?」


 声が重なる。

 だが、直後俺は身構えた。


「リュウ!」


「分かってるぜ! ハルアキ!」


 俺とリュウは妖魔の気配を感じ取っていた。

 上だ! 俺と、リュウが同時に叫ぶ。

 瞬間、飛来してきたのは、禍々しい巨鳥だった。


 くちばしが、大きなカーブを描き、邪悪な表情を浮かべているように思わせる。

 黒年と白の文様が、禍々しい気配を漂わせる。


 何より、巨大だ。


「リュウ、お前の能力は?」


「火が吹ける」


 簡潔な答えに、俺は一瞬思考を停止しそうになるが、それを抑えて、一応確認する。


「それだけか?」


「今は、そんだけ」


 今は、という言葉は気になったが、この瞬間にそれを追求する時間は無

い。


「分かった。じゃあ、下がってろ」


 俺は、冷静にジャッジを下した。

 リュウがこちらに顔を向ける。

 不思議な事に、絶望したような表情をしているのがすぐに分かった。


「お、おい? ハルアキ? それは一体?」


「下がれ、と言っている」


 簡潔な答えに、リュウはどんどんしぼんでいく。

 その瞬間にも、俺は、既に攻撃を行っていた。

 火球を生み出し、敵にぶつける。

 巨鳥は、それをひらりと交わし、こちらに舞い降りようとする。

 女も含めて、馬車の乗客全員の位置を横目で把握し、俺は、今一度巨鳥に向き直った。


「焼き鳥にしてやろう。

 多分、食わないが」


 軽口を叩き、挑発する。

 妖魔の中には、高等な知能を有する種類があり、そういった種族には、挑発が案外きく。

 俺は、試しにその手を使って、敵の知能を調べてみた。

 つまり、これで怒った様子を見せれば、高等な知能を有しているわけ

だ。

 この結果しだいで、次の出方が決まる。


 巨鳥は動じない。

 瞬間、俺は動き出す。

 火球を放ち、巨鳥を捉えた。

 奇怪なうめきを上げ、巨鳥が、空中でバランスを失った。

 俺は、既に落ちてくる場所を計算し、そこに狙いを定めていた。


「赤の術 その名は火炎 燃え上がり 逆巻き 罪悪の者を滅せよ! 百火繚乱!」


 炎が巻き起こり、俺以外の全員が、身を伏せるのが見えた。

 それほどの威力の火炎だった。

 火柱は未だに衰えず、巨鳥を焼き尽くすまで終わらない。

 

「やったぜ! ハルアキ!」


 リュウの声と共に、乗客や御者が駆け寄ってくる。


 だが、


「来るな! 敵は一匹じゃない!」


 俺は叫んだ。

 瞬間、鮮血が舞う……。


 金髪の女性が、倒れていた……。

 血まみれだった。

 生気を失った顔をしていた。

 最後に、俺に懇願するような表情を向けた。

 だが、間に合わなかった……。


 御者たちが、いっせいに女に駆け寄った。

 俺は、それを事実として、淡々と受け取った。

 だが、直後、拳を深く握る。

 しかし、次に虚脱した。

 何をしたいのか分からなかった。


女を仕留めた敵を見据えた。

羽を弓のような速度で飛ばし、敵を仕留める技。

妖魔にはありがちな攻撃だった。

しかし、俺はそれを失念していた。

自分のうかつさに、唇を噛んだ。

 

「名前を聞かずじまいだった。

 なあ、どうすればいいんだ、俺は?

 怒ればいいのか? 悲しめばいいのか?

 でも、どうやってそうすればいいんだ?」


 俺は、問う。

 俺は、問うた。

 俺は疑問を口にした。


「赤の術 その名は火炎 燃え上がり 逆巻き 罪悪の者を滅せよ 百火繚乱」


 静かに言った。

 瞬間、巨鳥が燃え盛る。

 ごうごうと燃える。

 俺は、無表情にそれを見ていた。

 そして、女の方に歩く。


「すまねえ、ハルアキ……」


 リュウが、そう声を掛けてきた。


「……弔ってやろう」


 俺は、血まみれの死体を見下ろして、そう言った。

 死を悼む気持ちなど無いくせに……。

 俺は、それを事実として受け取るのが嫌だった。

 人が死んでなお、何も感じない自分を認めるのが嫌だった。

 臆病者なだけだ……。

 この、臆病者め、死んでしまえ。

 この、腑抜け、死んでしまえ。

 

 そう言えば、母さんが死んだときも、同じように思ったっけ?

 もはや、俺は、その肉塊に何の興味も示さなかった。

 表面上は、手厚く弔っていた。

 興味が無い事を、自分でも隠すために……。


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