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帝城 阿部晴明編4~終


      4

 その姿は優美にして、その姿は峻厳にして……。

 少し細い目、静かな迫力を放つ表情。

 晴明は、優美に笑って見せた。

 金糸で出来た平安装束が僅かにぶれる。


「我が祖先や、よく来てくれた。

 そなたの力を認め、挑戦に値する者としよう」


 不遜な物言いに、しかし俺は憤りはしなかった。

 油断無く晴明を観察し、いつ動くかを読む。

 しかし、底の無い泥沼に使っているかのような間隔が俺を襲った。


 分からない、実態が掴めない……。


 呼吸、震え、瞬き、人間が普段やっている、反射と呼ばれる機能、それが見止められないのだ。

 俺は、かつてない恐怖を、心の奥底に感じ取った。


「では、我が祖先や、決闘をしよう」


 晴明はそっと俺に近づいてきた。


 俺は刀を構え、晴明の一挙手一投足に注目する。


「では、始めよう」


 俺の立っている場所の数メートル先に、晴明が立つ。

 俺の憑依転身は解かれていない。

 しかし、晴明は明らかに油断しているように見える。

 ならば、先手必勝。


度肝を抜くようなスピードで、俺は僅か数メートル先の晴明に襲い掛かる。


 だが、俺は見えない力に弾き返された。


 結界、どうやら、先程突撃した時のものと同じだ。

 俺は、臆せずもう一度突進した。

 刀に炎を宿し、見えない壁を切り裂かんとする。

 氷に亀裂が入るような音と共に徐々に結界にひびが入っていく。

 これなら、届く。

 そう確信したとき、晴明が呪文を唱えているのに気付いた。


 あまりに速い詠唱、聞き取れない。

 どんな呪術が飛んでくるのかが読めない。


 危険を察知した俺は大きく後ろに跳び退った。

 

 直後、俺の頭上に四つの巨大な柱が顕現する。


 四方封印、それもかなりの規模。

 柱の間に入れば、動きはことごとく封じられるだろう。


 全速力で、更に大きく後ろに下がった。

 俺のいた場所に、柱が四本突き刺さり、やがて消える。


 神経を張り巡らせる。

 どんな攻撃が来るか、どんな手を使ってくるか。

 何はともあれ、あの結界を破らねば勝利は無い。

 だが、そう簡単には行きそうにない。


 俺の三倍の詠唱速度であっという間に術式を組み立てる。


 避けるので精一杯だ。

それでも徐々に徐々にその間を詰めていく。

 しかし、近づけば近づくほどそれが難しくなっていくのは当たり前だった。


 四回目の四方封印を避けたとき、遂に絶望的な状況が生み出された。

 リュウとの融合が解かれる。

 俺は一気に地面に落下していく。


「ハルアキ!」


 リュウが必死で俺の手を引っ張った。

 しかし、無慈悲な一撃が俺達を襲う。


 莫大な炎の塊。

 破壊を体現した炎の奔流……。


 俺は咄嗟にリュウに赤い石を投げた。

 リュウはその意図に気付き、それを口で受け止め、噛み砕いた。


 次の瞬間、咆哮と共に炎が吹き散らされる。


 リュウの巨大化だ。

 憑依転身ほどではないが、かなりの戦闘能力を誇る。


 ――……ハルアキ、聞いてくれ。


 リュウの腹に響くような声が聞こえる。

 どこか決然としたその声に、俺は少し戸惑ったが、「ああ」と頷く。


――このままでは、俺達は負ける。

  だが、奴を倒せるかもしれない可能性がある。


「何だ? それは」


 俺が問うと、リュウは右手を俺に差し出した。

 それは、一通の手紙……。


「親父の手紙か」


――何か、お前の助けになる事が書いてあると言っていた。


「そうか」


 俺は手紙を受け取った。


――それを呼んでいる間、俺が時間を稼ぐ。


「まさか、お前」


 俺は、リュウの意図を完全に汲んでしまった。

 時間を稼ぐにしろ、リュウが無事で済むはずがない。


――楽しかった。

  お前といて、本当に楽しかった。


リュウは、僅かに顔を歪めた。


 そして、猛然と吼え声を上げながら晴明に向かっていく。


 俺は、すぐに止めに掛かろうとしたが、思いとどまる。


「こんなに俺をほったらかしたんだ。

 これで、役に立たない手紙だったら、アンタを一生恨んでやる」


 どこにいるかも分からない親父に、俺はそう吐き捨てた。


 手紙の紐を解いた。



拝啓、春明

 お前がこれをリュウが最初に差し出しても読まない事は大体予想が付いていた。

 お前がそんな行動をとるのは、紛れもなく私のせいだが、どうか悪く思わず聞いて欲しい。

 お前の力を持ってしても、きっと晴明を倒すことは出来ないだろう。

 晴明の通力は、お前の遥か上を行っている。

 それは、晴明が色々なものを捨て去ったからに他ならないのだ。

 リスクを背負ったものは、同等のリスクを背負ったものにしか倒せない。

 四神を倒し、大事なものを取り戻したお前は、もう一度その大事なものを捨て去らねば、晴明には勝てないのだ。

つまり、お前が勝つためにはもう一度愛する心を失う必要がある。

勝手で済まない。

卑怯だと言われれば、その通りだ。

だが、私はこの手紙に二つの呪術をかけている。

 一つは、お前のいた世界に帰る時空間転送呪術。

 もう一つは、お前の心と引き換えにお前に力を与える呪術だ。

 愛する心を取り戻したお前は、この世界でなくとも元の世界に帰ればきっと楽しく過ごす事が出来る。

 力を得た後でも、この手紙があれば元の世界に帰れるが、愛する心は元には戻らない。

 辛い選択を迫って済まない。

 許して欲しいとは言わない。

 父親として、お前にしてやれた事は何一つ無い。

 本当に済まなかった。

敬具



「……勝手な話だ」


 俺は手紙を読み終えると、その下に書いてある二つの呪術の印を見つめた。


「でもな、親父、アンタは勘違いしている。

 アンタは、確かに俺にくれたんだ。

 色んな出会いを。

あそこに閉じこもっていたら、何も手に入らなかっただろう。

 やり方は強引だったが。

 それだけは感謝してる。

 だから、俺は。

 これを選ぶ」


 俺は、片方の呪術の印に触れた。

 瞬間、心の中から何かが抜け落ちていくのを感じた。


 喪失……。

 だが、怖くは無い。

 これから愛せなくなっても、愛せたときの事は思い出すことが出来る。

 だから、永遠に失おうとも、俺は一人じゃない。


 俺の中に力が充満していく。


「リュウ!」


 叫んだ。



      5


 リュウの身体が肥大していく。

 赤い鱗がより強固に固まっていく。

 身体は強い光に包まていく。

 

 カタストロフには遠く及ばないが、かなりの大きさだ。

 俺は一気に飛び上がり、リュウの背に乗った。

 そして、晴明を睨みつける。


 晴明の顔には笑みが浮かんでいた。


「我が祖先や、私はそれを待ちわびていた」


 晴明が上に手をかざす。

 その手には、金色に染まった札が……。


 ミカド、レオ、イルマが固唾を呑んでその光景を見守っていた。


 雷鳴と共に、それは現れた。


 麒麟、形は鹿の如く、背は五色の鱗に覆われ、顔は龍のようである。

 二本の角を頭に冠の如く持ち、そのリュウよりは一回り小さいが、圧倒的な迫力を放っている。


 四神を使役していた事から、それは十分に予想できていたが、実際に目の当たりにすると、背筋が凍るような感覚に襲われる。


 だが、俺は億さない。

 リュウと一緒に晴明に急襲する。


 二匹の咆哮が重なる。


 リュウは麒麟の腕に噛み付き、麒麟はリュウの翼に食らいついた。

 俺はリュウを援護するべく、自分でも驚くほどの速さで詠唱をしていた。

 リュウに通力を送り込みつつ、晴明に、百火繚乱を食らわせる。


 しかし、晴明は防壁を作り出し、それを凌いで見せた。


 リュウと麒麟は一旦離れ、睨みあう。

 俺は刀を構え、炎を宿し放った。

 晴明ではなく、麒麟へ放ったそれは、麒麟の視界を一瞬遮った。


その瞬間、リュウは動く。

 壮絶なスピードで、リュウは麒麟の角を掴み取り、へし折った。

 けたたましい咆哮が響いた。

 だが、麒麟は怒りの形相を浮かべ、リュウの首に噛み付く。

 

 ぎりぎりと、縄で絞めたような音が聞こえる。


 俺はすぐさま飛び上がり、麒麟を上段から切り伏せようとした。

 だが、その瞬間晴明がその行く手を阻み、札を刀に変えて迎撃する。

 

 金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響く。


「魔帯剣 爆炎一刀」


 俺はすぐさま技を発動する。

 俺の周りを炎が包む。

 晴明はまともに攻撃を食らって宙を舞う。

 だが、すぐに体勢を立て直し、次の呪術を発動した。


 四方封印……。

 だが、


「甘い!」


 俺は、刀に炎を込めて、上に放った。


 四方封印は、四つの柱があってこそ機能するもの。

 つまり、一つが欠ければ、その封印はかなり弱いものとなる。

 今までの俺の力では、一本でも打ち破る事は出来なかった。

 だが、力が充満した今、俺にはそれは通用しない。


 晴明は戸惑い、俺を凝視した。

 そのタイミングを、俺は逃さない。


 刹那、間合いを詰める。

晴明に上段からの斬撃を食らわせる。


 晴明は咄嗟に身体を返し、その攻撃を避けた。

 平安装束の袖が切り取られる。


「麒麟!」


 晴明は俺から距離を取り、叫んだ。


瞬間、麒麟はリュウから離れ、晴明に覆いかぶさるように身体をくねらせた。


「憑依転身」


 晴明が静かに言った。

 その言葉と共に、晴明と麒麟は眩い光に包まれた。


 光の奥から現れたのは、二本の角を生やし、全身が鱗に包まれた晴明の姿。

 金色に輝く晴明は、俺に視線を向け、言う。


「我が祖先や、お前も憑依転身をするがいい」


 俺は、言われるまでも無く、リュウを傍らに叫んだ。


「憑依転身!」


 これまでに無い力が俺の中で生成されるのが分かった。


「……教えてくれ。

 何故、この世界を支配した?」


 俺は、決着の時が近い事を悟り、晴明に問う。


「私を殺しに来るものを迎えるため。

 私は力を得すぎ、死ねぬ体になってしまった。

 だが、強力な力を持った人間ならば、私を殺す事が出来る。

 我が祖先や、お前も通る道だ。

 いつか、お前も死ねぬ事を忌むであろう。

 だが、同等の力を持つものならば、私を殺す事が出来る。

 さあ私も全てを出そう。

 お前も全てを出せ。

 この戦いの決着の果てに、私が死ぬ事を祈りながらな」


「ああ、俺には分からないが、いいぜ。

 そんなに殺して欲しいなら、殺してやる」


 魔帯剣 終式 炎龍轟剣。


 自身が灼熱の炎と変わり、そして、自分を刀と変じる。

 攻撃に全てを注いだ、魔帯剣最強の技。


 俺の身体を、炎が包み込む。

 身体が武器になっていくのを感じる。


 晴明は、雷を身にまとい、俺を見据えた。


 瞬間、ぶつかり合った。

 死の柵から開放させるため、俺は晴明に全てをぶつける。

 通力を全開まで放つ。

そして、白い光が視界を覆った。


       1


「ハルアキさん? ハルアキさん?」


「生、島?」


 俺は、見知った顔が俺の間近にあるのを見て、そう呟いた。


「すいません、私はミカドです」


 何故か、済まなそうにするミカドに、俺はふっと笑いかけた。


「勝ったのか?」


「はい」


 ミカドが頷く。


「そっか」


 と、俺は目を瞑った。


「良かった」


 多くのものを失った。

 多くのものを手に入れた。

 楽しい事ばかりではなかったけれど、それでも、俺はきっと喜んでいるんだと思う。


 俺は、そう思いながら、もう一度目を開けた。

 そっと、俺の唇が塞がれる。

 唇によって……。

 

 俺は目を見開いた。


「ミカド?」


 俺が戸惑いながらその名を呼ぶと、ミカドはそっと目を逸らした。


「えっと、今のは……。

 その、ごめんなさい」


 ミカドの表情は見えなかった。

 しかし、相当戸惑っているらしい。

 自分でも今の行動を何故起こしたか分からないようだ。


「ありがとう」


 俺はくすりと笑い、そう言った。


「……手伝って欲しいんだ」


俺は突然そう切り出した。


「どこかに、俺の心を食らった妖魔がいるはずなんだよ

 そいつを探して、倒せば、また心が取り戻せる。

 だから……」


「はい」


 そう言って、ミカドは俺の手をそっと握った。


「一緒に行きましょう」


 ミカドがにこりと笑う。

 ロロウとリュウが、顔を歪めていた。


 恐らく、嬉しかったんだろうと思う。


 愛する心を失っても、愛せた頃の記憶がある限り。

 人は一歩を踏みだせる。

 だから、俺も歩き出せるんだ。


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