帝城 阿部晴明編 3
3
俺が放った炎はセイメイの前で霧散した。
どうやら、結界が張ってあるようだ。
属性は全てに対応し、物理も強力な力がないと破れない。
つまり、二人の呪術師に囲まれている以上、この結界を破るのは不可能だろう。
ならば戦おう。と、俺は二人を睨みつける。
二人とも平安装束を身にまとっているが、烏帽子はしていない。
一人は、物静かそうな美青年。
一人は、目つきの鋭い厳しそうな青年。
二人とも召喚獣を従えている。
物静かそうな青年は緑色の鳥を、目つきの鋭い青年は黒い豹を。
「ハルアキさん、黒い豹を従えている方は、私がやります」
ミカドの声が後ろから聞こえてきたので、俺は振り返らずに頷いた。
「レオ、あの刀を持っている子、中々やりそうね?」
不意に、黒い豹が主に話しかける。
「ああ、だが、イルマに任せれば問題はない。
イルマ? やれるな?」
レオは頷き、隣の少年に確認した。
「問題ありません」
それだけを言って、イルマは札を取り出した。
「行くぜ! ハルアキ!」
リュウが俺の横に飛んできて、ぐっと拳を握っている。
ここへ来て闘志に充実しているのは悪くない。
俺もその熱気に少し当てられたか、拳に少し力が入っているのに気付いた。
そっと深呼吸をして、闘志はそのままに、頭は冷静に、身体に血が巡っているのを意識しながらそっとリュウに目配せした。
リュウはすぐさま頷き、息を吸い込む。
俺は剣をリュウの前にかざし、通力を込めた。
瞬間、リュウが息を吐く。
灼熱の炎。
俺はリュウの特技を前に馬鹿にしたが、中々の威力を持っているのに気付いた。
範囲は少ないが、かなりの高温。
それを刀に宿し、俺の通力も上乗せする。
リュウと俺の通力は巨大な剣となり、上段からイルマへと振り下ろされた。
瞬間、イルマの前に緑色の鳥が立ちはだかり、大きく羽ばたいた。
イルマ自身も札に通力を込めていることから、俺達と大体似たような方法で防御している事が分かる。
炎と風がぶつかりあい、熱風が撒き散らされる。
その瞬間にも、俺達の炎の刀はじりじりとイルマとその召喚獣に迫っていく。
「いっけええええええ!」
リュウが叫んだ。
俺もいっそ吼え声を出そうかと思ったが、冷静な頭がそれを押しとどめた。
まだ、決まっていない。
イルマは、召喚獣と一緒に大きく後ろへ飛び退った。
そのスピードから、どうやら風の呪術を前方に集中させることで推力を得たのだと分析する。
「荒ぶる炎の呪術……。
とても美しいですね」
そう、イルマは静かに言った。
俺はいぶかしく思いながらも構えは崩さずにイルマを観察する。
「本気で行きましょう。ハヤテ」
前方に飛ぶ召喚獣に、イルマはそっと言った。
「うん」
ハヤテはこくりと頷いた。
子供のような返事で以外に思ったが、リュウもそんなものだと思い直す。
イルマはハヤテの背に手を置き、目を瞑った。
憑依転身だ。
俺は一瞬にして見破り、自身もリュウの背中に手を置いた。
発動の声は同じタイミングだった。
「「憑依転身!!」」
向かい合う俺とイルマ。
イルマは羽毛に包まれた平安装束と、緑色の光をまとっていた。
そして、それより、背中に翼が生えている。
だが、それは俺も似たようなものだった。
違うのは平安装束ではなく、体表に鱗をまとい、その上から赤い衣を着けていること。
ミカドの憑依転身も、イルマの憑依転身も、俺のそれとは全く違う事に、俺は気付いている。
イルマの憑依転身を見て、それは確信に変わった。
だが、それについてゆっくり考えている暇はなさそうだ。
イルマは刹那の間に間合いを詰める。
俺は『忌み名の刀』で、振り下ろされる、通力で形作られた刀を迎え撃った。
ぎりぎりと、刀が音を立てる。
相手は妖魔であるものの、今の『忌み名の刀』は力を失っている。
基本的に俺は魔帯剣を発動させるためにこの刀を使っているが、切れ味が悪いのは確かだ。
刀の特性だけに、折れることは無さそうだが、つばぜり合いになると、やはり弱い。
俺は刀に通力を込めた。
「魔帯剣、爆砕防壁」
刀に通した通力を全体に放射させ、炎のフィールドを作る技。
憑依転身によって強化された今の一撃、攻撃用の技ではないもののその威力は相当のものだった。
イルマは地面に膝をつき、荒い呼吸をしていた。
しかし、憑依転身は解けていない。
俺は油断無くイルマを観察した。
イルマは、ぶつぶつと何事かを呟いているようだった。
そして、口元に笑みが浮かぶのを見て、直後目を見開いた。
刹那、俺は身をよじった。
背中に激痛が走る。
気付くと、俺の羽が切り取られていた。
うめき声は上げず、痛みを無視しながら今の攻撃の正体を探る。
イルマの方は、俺の遥か後方にいた。
このスピード。
あの詠唱の時間。
そして、このタイミングに使った。
何故、最初から使わなかったのか?
身体に負荷が掛かるからか。
それを緩和する呪術はもちろんある。
しかし、その力にも限界はあるはずだ。
スピードを測ることは出来ない。
だが恐らく奴は、対風圧防壁の緩和限界を超える数値のスピードを出している。
しかも、あれだけ遠くに行くまで止まらなかった。
つまり、奴はあの力を制御できておらず、しかもそれは最後の手段であることに他ならない。
しかし、ハヤテと言うだけある。
俺は心のそこで賞賛しながら、次の攻撃を待った。
風が異様な唸りを上げるのが分かった。
俺は、そっと刀を動かした。
敵の刀がそれにぶつかる。
火花が散った。
やはり、腐っても妖刀だ。
そう簡単には折れないらしい。
だが、俺は後ろから強烈な圧力が自分を襲うのに気付いた。
どうやら、イルマの放った攻撃にを完全には受けきれず、その勢いと共に後ろに後退しているようだ。
俺は、すぐさま身体を反らした。
紙一重、イルマが隙をついて振り下ろした刀を受け流す。
俺はイルマをもう一度見据えた。
見ると体中から出血している。
やはり、最後の手段だったらしい。
俺は刀を構えた。
「ハルアキさん、と言いましたね?」
そんな中、不意にイルマが構えを解いて話しかけてきた。
「何だ?」
俺も構えを解きながら応じる。
「貴方なら出来るかもしれない。
どうか、阿倍晴明を殺してください」
「何?」
イルマの意図を測りかね、俺は少し肩透かしを食らったような感覚を覚えた。
「意味は、すぐに分かるでしょう。
晴明さまに謁見すれば」
俺はミカドの方を見る。
ミカドは男に押さえつけられていた。
「大人しく、晴明さまと会え。
こいつの命が惜しいなら」
ミカドは荒い呼吸をしながら、地面に倒れ伏している。
俺は、すぐさま飛び掛りたい思いを押さえ、二人の指示に従う。
「我が祖先や、待ちわびた」
簾の奥から声が聞こえる。
張りがあり、不思議な余韻を残す声がエコーが掛かっているように反響した。
そして、彼が姿を現した。
阿部晴明、最強の陰陽師が……。




