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帝城 阿部晴明編 2


      2


 妖刀、名刀、聖剣、神剣、俺は職業柄、多くの剣について勉強していた。

 ただ、切れ味が鋭く、歴史的価値が大きいが不思議な力を持たない剣。

 邪悪な力を纏い、人を狂気に走らせる剣。

 聖なる力を持って邪悪を祓う剣、など。


 その中で言えば、俺の刀は三番目のものに該当しそうな気がする。

 邪悪を祓う剣で、既に失われていると言われるものは書物の中ではそう多くないが、実際には相当数ある。

 時に妖魔がそれを所有していることすらある。

 

 俺はこんな刀を知らない。

 妖魔を一刀の元に切り捨て、妖魔を切り裂くたびに強くなっていく……。

 それでいて、それ以外の敵には大した切れ味を発揮しない。

 本当に不思議な刀……。


 親父はこの刀の名前を知っていたのだろうか?

 手紙を読んでおかなかったのは悔やまれるが、アイツに貸しを作るのは嫌だったので仕方ないと諦める。


「どれほど時間をくれる?」


 俺は、右京を見て聞いた。


「うーん、別にないけど、付けて欲しいなら、僕が通り歌を百度歌い終えるまでにしようか」


 これは失言だったかと思ったが、こうなると時間制限はあってないようものだ。

 俺は、刀を見つめた。


 刀の波紋、刃の形、柄、鍔、それらがヒントだ。

 鞘にはこれと言って霊的な力は無いという事だったので、除外してもいいだろう。


 刀の波紋は、火焔と言われる模様。

 刀の反りは控えめで、切っ先は鋭い。

 そして、幾つもの魔法陣が描かれ、薄く光を放っている。


 右京の歌声が聞こえる。

 澄んだ鳥の声のようだ。


 これで、二度歌い終わった。

 俺はそう頭の片隅で考える。


 刀の銘は、刃の中心なかごと呼ばれる場所に刻まれている場合が多い。

 俺はゆっくりと刀を水平に構え、刃の表面と鍔を握った。

 そして、力を入れる。


 金属が擦れる音と共に刀と柄が分離する。

 

 そこに刻まれた銘は……。


 書いていない。

 書いていなかった。


 俺は戸惑いを表情に出してしまったのに気付いた。


 歌が突然止んだ。


「引っかかったね」


 心底楽しそうな声が聞こえた。


 俺はいぶかしげに思いながらその声の方向を見た。

 そこには、ころころと笑う可愛らしい少年がいた。

 当然、右京の事だ。


「その刀を柄から切り離した時、その刀は力を失う。

 その刀の仮の名前はね、『忌み名の刀』と言う名前だ。

『忌み名の刀』の名前を知ろうとしたとき、その刀はそれを嫌って力を失うのさ。

 本当の名前を知られないためにね」


 俺はゆっくりと刀を見た。

 『忌み名の刀』の魔法陣は薄く浮き上がっているが、そこから力を感じ取れない。


「そして、僕は鵺。

 君が倒したと思った鵺だ」


 最初は、綺麗な声で、そして、次第に毒々しい声を出しながら右京はそれと共に姿を変えていく。

 醜悪な猿の顔、狸の胴体、虎の四肢、蛇の尻尾。


――騙されてくれたな、阿部春明。


 楽しそうな様子は終始変わらないが、醜悪さが増していく。


 俺は舌打ちをしながら刀と柄を連結させる。


――くくく、無駄だ。

   それはもう力を失った鈍刀だ。


 それはその通りだ。

 だが、俺の強さは『忌み名の刀』だけではない。

 俺は正眼に刀を構えた。

 軽く通力を込めると、刀に炎が灯る。

 イクティヤールに習った、魔帯剣がある。


「行くぞ」


 俺は直ちに鵺を急襲した。

 上段から剣を振り下ろす。


 鵺は、蛇の尻尾でそれを受け止めた。


 ここで、『忌み名の刀』の力が発揮されればこの蛇の尻尾は簡単に両断されていただろう。

 だが、俺が振り下ろしたのは忌み名の刀ではない。

だから、鵺は避けなかった。

 そして、俺は敢えて一番最初に鵺に繰り出した攻撃と同じ間合い、スピード、方向で攻撃した。

 それは完全に俺の罠だった。

 鵺の知能がそれなりに高いのは分かっていた。

 これだけお膳立てすれば俺の攻撃を条件反射的に受け止め、反撃に出よう事は容易に想像できる。

 つまり、それこそが罠。

 俺がもう一度同じ攻撃をした意図、そこまでを読めるとは、俺は思わなかった。

 事実、鵺はそうは思わなかったようだ。


 瞬間、鵺は炎に包まれる。

 けたたましい喚き声……。


「魔帯剣、爆炎一刀」


 爆炎一刀……、イクティヤールに教わったスプリットスラッシュを通力によって行った技だ。

 刀が受け止められた瞬間、刀から通力を敵に送り込み、伝導した通力によって敵を攻撃する。

 盾などで攻撃を受け止められたときに有効な技だ。

 しかし、伝導するタイムラグがあるために、刀が弾かれると十分なダメージを与えられない。

 だが、今回は牙によって受け止められ、十分な時間を確保できた。


 鵺は転げまわるも、何とか大勢を立て直し、俺を睨みつけた。


――おのれ! 人間如きが!


 怨念のこもった言葉……。

 俺は鼻で笑って見せた。


「人間如きに使役されているんだろうが。

 セイメイの手駒よ」


 俺が言うと、鵺は更に憤怒の表情になる。


――減らず口も、そこまでだ!


 鵺は俺に猛烈な勢いで襲い掛かる。


 俺はそれを避け、鵺をよく観察した。


(さて、どうしたものか、憤怒したおかげで攻撃は至極読みやすいが、あまり時間をかけてゆっくりやっているとその内冷静になるだろう。

 有効な攻撃手段は『魔帯剣 可変式』だが、間合いがこう近いと難しいか、ならば)


 俺は、背を向けて逃げ出した。

 鵺は、すぐに俺を追いかける。


(やはり、間合いは詰めさせないか。

 だが、走りながらでも)


 俺は刀と鞘を連結させ、その中心から炎の矢を作り出し、後ろに引いた。

 そして、鵺に向けて放つ。


 鵺は大きく横に跳び、それを避けた。


 だが、俺も一発で決まるとは思っていない。

 更に弓を放つ。


――知っておるぞ、人間よ。


 突然、鵺の声が聞こえる。


「何をだ? お前の知識はどうせ底が浅いんだろうが、言ってみろ」


 ――呪術師は、永遠には通力を使い続けられぬ。

   つまり、お前が矢を放ち続ける事は出来ぬ。

  そして、私はその至極動きが読みやすい攻撃を避けることが出来る。


「ふん」


 俺は鼻を鳴らした。


 強がりと取ったか、鵺はひょうひょうと笑う。


「よく出来たと、言ったところだが、それはお前の知識と論理ではあるまい?

 誰の知能を食った? この短い間に」


 ――子供の通力は上手いからのう。

   あんなに通力が詰まった子供は初めて食ろうたわ。

   かなりの力を得た。 

   いつか、セイメイを超えるのも近いかもしれんて。

 恐らく、それは右京の事だろう。

 だから、化ける事が出来た。


「そういうことか……。

 なら、何故左京は食わなかった?」


 俺は今一度矢を放ちながら問う。


「いや、分かっている。

 いくらお前でも、右京と左京二人に化ける事は出来なかった。

 右京と左京、どちらかが欠けていることが分かれば、セイメイはお前を疑うだろう。

 と言う事は、お前の言った事など、たかが知れている」


 俺は、最高の嘲りの表情を作りながら鵺を見やった。


「セイメイを超えるなどと言っておいて、セイメイを恐れている。

 お前はその程度だ」


 今度は、言葉もなく、鵺は咆哮で俺の嘲りに応えた。

 かなりのスピードでこちらに迫ってくる。


「魔帯剣 可変式 乱れ弓」


 話をしていたのはフェイク。

 時間稼ぎ、怒りを誘発し、動きを読みやすくするという意味合いも、もちろんあった。

 だが、本当の狙いは……。


「いい具合に喋ってくれたよ。

 おかげで準備は出来た。

 そのスピードで突進すれば、お前は避けられない。

 いや、避けたとしても、千本の弓矢がお前を襲う」


 終わりだ。

 そう、俺は呟いた。

 瞬間、乱れ弓が鵺を襲う。

 鵺は


「お前から話を振ってくれたのは、本当に助かった。

 本当に底が浅かったな」


 俺は、消し炭になった鵺の方向に歩き出した。

 そして、刀でその身体を両断する。

 すると、中からこの世のものとは思えないほど優美な顔の少年が出てきた。

 俺は少年を抱え上げると歩き出した。


「しかし、あんな短期間でこの子を食べるとは……」


「鵺は、機会をずっと狙っていましたから」


 俺の言葉に応えたのは少年だった。


「なるほど」


 俺はさして驚かずに頷いた。


「では、元の場所に戻りましょう。

 セイメイ様の下へ案内します」


「……いいのか?」


「お礼です。

 僕を救ってくれた」


 少年は、少し疲れの色を見せながらそういった。


 そして、「それに」と続ける。


「試練を潜り抜けた人間を、必ず送り届けないといけません」


「そうか」


 納得にたる理由だった。

 セイメイの意図はいまいち読めないが。


「お仲間も試練を合格したようですよ」


 そう言って、少年は指を指した。

 見ると、いつの間にか元の場所に戻っており、ミカドとリュウ、ロロウがその場に立っていた。

 少し離れた所に、左京もいる。

 三人とも、特にリュウは安堵感を表情に滲ませていた。


「左京、この人がね」


 そんな中、少年が左京に話しかける。


「いや、言わなくていいよ、見てたから」


「そっか」


 右京は頷き、俺に向き直った。


「じゃあ、案内をするね?

 さあ、行こう、行こう!」


 右京がそう言って歩き出した。

 左京も手招きをする。


 俺達は顔を見合わせながらもそれに付いて行く。

 少年達は楽しそうな足取りで前を行く。

 俺達は、遂に御所を前にしていた。

 簾の向こうに、影がある。

 そして、その傍らに召喚獣を連れた二人がいた。


「来たか、我が祖先や」


 たおやかな声が聞こえた。

 俺は、フッと息を吐いた。


「俺のご先祖様が、何でこんな事をしたのか、ずっと不思議に思っていた。

 理由を聞かせろよ。

 今すぐに!」


 怒気を放つ。

 そして、簾の向こうにいる人物を睨みつけた。


 両側の二人が身構える。


 瞬間、俺は駆け出した。


 そして、刀を抜き放つ。


「退け!」


 俺を遮る二人に俺はそう叫ぶと、刀を薙いだ。

 だが、一人が刀でそれを防いでいる。

 俺は飛び退り、刀を正眼に構え、簾の向こうを睨み続ける。


「我が祖先や、お前がその二人に勝てば教えよう」


 セイメイは静かに言った。


 俺は、通力を込めて刀を上段へ。


 瞬間、炎が吹き荒れる。


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