帝城 鵺編 1
1
帝城と言われるその場所……。
元はと言えばこの世界の中心だった城である。
俺達はその帝城を見上げた後、顔を見合わせた。
「リュウ、ミカド、ロロウ、よく付いてきてくれた」
「野暮な事言うなよな! ハルアキ!」
リュウが力こぶを作りながら言う。
「どちらにしても、私とロロウはここに来るつもりでしたから」
ミカドがそれに続き、ロロウは微かに首を縦に振った。
メンバーはこれだけだ。
俺、リュウ、ミカド、ロロウ、このメンバーでしか来れなかったのは魔術師の魔力がこの場に居ると吸い取られ続けるからだ。
もう一度、俺は帝城を見上げた。
黒い巨塔を四本、冠のように積みあげ、その中心に、一際高いもう一つの巨塔が屹立している。
城壁もまた黒一色、高さは白虎が立ち上がったくらいの大きさがあるだろうか。
「どうやら、セイメイの手によって城が変化されたようですね」
「変化じゃないな、結界だ」
ミカドの言葉に、俺は首を振って応えた。
「結界呪術ですか? こんな大規模な!」
「相手は最強の陰陽師だぞ? ありえなくも無いだろ」
「……そうですね」
俺の言葉にミカドは首肯し少し考え込んだ。
その顔に不安がにじむ。
結界呪術によってこの城は、様相を変えているのだろう。
「どんな結界だか分かりますか? ハルアキさん」
「これだけでは何とも言えないな、お手上げだ」
「そうですか」
ミカドはここに来て、明らかに躊躇しているように思った。
「日を改めるか?」
俺は、ミカドにそう声を掛けた。
するとミカドはとんでもないと言うふうに首を振った。
「いえ、大丈夫です。
少し嫌な予感を感じるんです」
「だが俺が星を読んだ限りでは、今日はかなり好機に恵まれている日にちだ、そんな事は無いと思うが……」
「ええ、確かなものではありません。
……いえ、少し臆病風に吹かれていたのでしょう。
もう大丈夫です。
私は一人でも戦えるように準備を続けてきたのですから」
「ああ、そうだな」
準備と言うものがどんなものなのか、詳しくは知らされていないが心強いのは確かだ。
俺は頷き、もう一度帝城を見た。
「行こう」
そう言って歩き出す。
雷鳴が轟く中、大きな門の前に踏み込み、俺は前を真っ直ぐに見た。
すると、門が自然に開いた。
罠か?
俺は一瞬ためらったが、その時はその時だと思い直す。
帝城へ。
分厚い雲によって星は見えない。
吉兆を示す星が輝いている事を祈り、俺は門に踏み込んだ。
己の存在意義はここにある。
セイメイを必ず倒す。
2
白い光が俺の視界一杯に張り巡らされていた。
そして、心地良い浮遊感。
続いて、身体が前に引っ張られる感触。
俺はまどろみに身を委ねたいのをこらえ、前を見つめた。
すると、目を疑うものが見えた。
そこは……、
「京都?」
俺は呟いた。
木製の建物が立ち並び、真っ直ぐな道が目の前にずっと続いている。
日本の街の中でも古きに過ぎる。
だが、伝統と雅さを兼ね揃え、優美な構造を形作る町は、それしか知らない。
「きょうと? なんだそれ?」
リュウが首を傾げている。
「俺が元いた世界の都市の一つだ。
しかし、何故」
俺は辺りを見渡しながら考え込んだ。
「ハルアキさん、今は前に進みましょう。
罠の匂いがぷんぷんしますが、その都度対処するしかありません」
「そうだな」
俺は頷き、歩き出した。
まずは真っ直ぐに。
しばらく、無言で歩き続け、どこから敵が来るかもしれないと全員で気を揉みながら歩いていくと、しばらくして異変に気付く。
「元の場所に、戻っています」
ミカドが言った。
全員、それは承知していた。
「やはり結界か、かなり複雑そうだ」
俺は、思わず眉間にしわを寄せる。
すると、リュウが不安そうな視線を向けてきた。
「だが、敵が潜んでいる可能性が減ったな。
複雑な結界であるほど、抜け出すのは困難になる。
つまり、敵も極力この結界の影響を受けたくないはずだ。
結界は、相手にも自分にも作用する特殊な呪術。
警戒は続けた方がいいが、気を揉みすぎる必要も無い。
そう考えると、この結界の力も悪いものでもないかもしれないな」
「なるほど」
リュウはうんうんと頷く。
相変わらず単純な奴だと思う。
今の話は、気休めの成分もあった。
だが、嘘と言うわけでもない。
全員の緊張を解くために、無意識に口が言い出したという感じだ。
今までの俺なら、そんな事はきっとしなかったのに。
「どうしますか、ハルアキさん?」
そう思っている間に、ミカドが冷静な声で問い掛けてきた。
いつもの落ち着きを取り戻してくれたようで安心する。
「まずは、視覚情報、聴覚情報、嗅覚情報などの感覚器官に意識を集中させる」
俺がそう言うが速いか、ロロウが耳をぴくぴくと動かした。
「歌が聞こえるな」
「今回も歌か。
まあ、妥当な所だな」
俺はそう評しながら耳を澄ませた。
「条坊、通り歌か……」
俺は聞こえてくる歌声を聞いて、気付く。
俺以外の全員が首を傾げていた。
「京都の通りを示す歌だな。
アンタらには馴染みが無いかもしれないが、京都はアクロポリスじゃないんだ」
「あくろぽりす?」
リュウどころか、ミカドもロロウも目を白黒させるので、俺は自分の失態に気付いた。
最も、声を出したのはリュウだけだったが。
「つまり、城を中心に小高い所に作られた都市国家のことだな。
そういう都市には必ず街の中央に広場があって、そこから路地が広がっている。
だが、京都は違う。
碁盤の目上に路地が屹立し、その外れに御所、ああ、この世界で言う王が住む場所がある」
懇切丁寧に説明したので、リュウ以外は付いてきてくれたようだ。
リュウはこの際無視しよう。
「とにかく、この碁盤の目上にある通りを覚えるために、歌が作られたんだ。
それと同じ歌、いや、よく似た歌が歌われている。
その歌の意味を介し、どこに行けばいいのかを知れば、この謎は簡単に分かる。
だが、この結界を破る事は、この世界の人間には恐らく非情に困難だろう」
「どういうことですか?」
ミカドが不安そうに聞いてくる。
「誰も、京都の通りの名前を知らないからだよ。
お前らには、まるで呪文を聞いているようにしか感じないだろ?」
俺以外の全員が首を縦に振った。
「だが、俺は意味を介している。
つまり、セイメイはこの世界の人間には難しく、自分には簡単な結界を張ったんだ。
だが、俺がいることが誤算だった。
俺は、京都を知っている」
リュウが、バサッバサッと翼を動かした。
「ハルアキがいれば、解けるんだな!?」
俺は頷いた。
「異世界の者だったか、お前は」
ロロウが俺に顔を見て、興味深そうに目を細めた。
「予想はしてたんだろ?」
「ああ」
俺がロロウに顔を向けると、彼はじっと俺を見返した。
「事情を聞くのは後にしましょう。
今はこの結界を破ることが先決です」
俺は頷き、説明を始める。
「通り歌は通常、道の順番どおりに流れていく。
だが、この通り歌は同じリズムを取りながらもその道順はまちまちだ。
恐らく、この歌が示す順番どおりに抜けていけばいいんだろう」
「じゃあ、すぐに!」
リュウが俺の前で翼を忙しなく動かした。
「いや、とりあえず歌を書き取ろう」
出鼻をくじくようで悪かったが、冷静に首を振る。
「では、紙と筆を」
そう言って、ミカドが荷物の袋から紙と筆を出した。
俺はそれを受け取り、歌が終わり、もう一度最初から始まると、歌の順番どおりに通り名を書き写していく。
テンポはゆっくり目だったが、筆を走らせるのは難しかった。
そして、何とか書き終わると、俺達は歩き出した。
何度か、書かれた場所を通り過ぎると、突然、妖魔が俺達へ急襲した。
「ハルアキさん!」
ミカドが俺に警告する。
俺は言われるまでも無く刀を抜き放つと妖魔を叩き斬った。
「どうやら、間違っていないようだな」
俺はほくそ笑んだ。
妖魔が襲ってくるという事は、正解の道に導かれているという事だ。
俺は、走り出した。
何匹も何匹も、妖魔を撃退していく。
そして、
「最後の、チェックポイントだ」
俺は立ち止まった。
かなりのプレッシャーを感じた。
妖気、邪気、とでも言おうか?
四神にも匹敵するような力を感じる……。
「この妖気、セイメイにしては小さいが、普通の妖魔にしては大きすぎる……」
俺はいぶかしんだが、次の瞬間には踏み出した。
「行こう」
俺は一人と二匹に振り返らずに言った。
最後の場所に着いた時、俺達は光に包まれた。




