プロローグ3
俺は、馬車からすぐさま起き上がった。
木で出来た床を蹴り、飛び上がる。
そして、下の状況を確認する。
俺の、人間にはありえない跳躍に、誰もが見入っていた。
おいおい、そんな場合じゃないだろ。
俺は、やや呆れながらそう思った。
瞬間、俺は腕から火球を放つ。
夜の闇を照らす、赤い光がその場を包む。
巻き起こった炎は、盗賊の下へ飛来し、直後、地面に当たって弾けた。
盗賊団の内の三人が丸焼きになる。
「あいつ、魔術師か?」
聞きなれない単語が耳に入った。
そうとうてんぱった声だった。
どうやら、魔術師というのは、かなり恐れられている存在らしい。
頭の片隅で、そう考えると、俺は、地面に着地する。
そして、腕を前に突き出した。
盗賊団が唖然としている今がチャンスだ。
「黒の術 その名は水流 押し流し 荒れ狂い 悪しき者を飲み込め 落花流水!」
呪文の詠唱……。
俺が最後の言葉を紡ぐと、俺の足元を中心に据えて、光が発生する。
それは、六芒星を形作り、呪印を浮かび上がらせ、魔方陣を形作る。
俺の足元から、水流は巻き起こり、水が全てを押し流そうとする。
(久しぶりの詠唱付き、コントロールが難しい……)
俺が生み出した水の量は、滝が一秒間に流す水の四倍……。
それが一気に襲い掛ってくるのだから、溜まったものではないだろう。
盗賊団は一気に総崩れし、ほとんどの者は気絶した。
5
「何とお礼を言ったら良いか」
さっきの金髪の女性が、俺に話しかけてきた。
柔らかそうな、ウェーブの掛かった髪、ほんのりとピンクが掛かった唇。
目は何となく、おっとりした印象を持たせる。
日本人ではないな、うん。
夢である可能性も捨てきれない。
俺は不意に、そう思考を巡らせた。
さて、どうしようか。
頬を引っ張ってみるというのは定番だが、どうやら、夢でも痛みは感じるというのが、今の通説らしい。
もしも、ここが異世界なのだとすれば、ここにはそんな通説はないだろうが……。
「俺はどうなってたんだ? どこでアンタらに拾われた?」
ぶっきらぼうに見えるかもしれない、挙動、言い方で、俺は聞いた。
別に、意識して、そうしたわけではない。
これが、俺のデフォルトなのだ。
「道端に倒れている所を、みんなで拾いました」
「それは世話になったな。
しかし……」
俺は、左右を見渡した。
「無用心にも程があるだろ? あんなのがいるなら、用心棒の一人でも雇え」
「一応、雇ったのですが、相手の数を見て、逃げてしまって……」
情けない。実に情けない。
俺は呆れながら、再び動き出した馬車の荷台にもう一度寝転がった。
「あの、見たことの無い格好ですけど、どこから?」
「何もかも失った、クソッたれな世界からさ」
俺は、そう結論付けた。
この女の言葉に答えたというよりは、自分で自分に理解させようとしたきらいがある。
まあ、別にどっちだって良いが……。
「よく分かりませんけど、何かを取り戻すために、ここに来たのですか?」
金髪の女の言葉に、俺はしばし沈黙した。
「いや、何をするつもりでもない。
どうでもいいんだ。
何が起きようと、どうでも良いんだ」
「投げやりですね?
でも、アナタは先程戦った……」
「それが、どうした?」
俺が、いぶかしげに問うと、金髪の女は、にこりと笑う。
「戦うという行為は、全てを諦めた人間には出来ませんよ?」
「…………」
俺は、沈黙した。
沈黙して、うつむいた。
うつむいて、ため息をついた。
「そうだな、そうかもしれない」
俺に言えたのは、それだけだった。
しばらく、俺は沈黙をしたまま、夜空を見上げた。
そんな中、不意に金髪の女が声を掛けてくる。
「アナタは、このウィザーシュタットについて知っていますか?」
「ん、ああ、え? ウィザーシュタット?」
呆けていたので、一瞬、言葉に詰まる。
俺が、いぶかしげに問うと、女は感情の読めない表情で俺を見た後、語り始めた。
「ウィザーシュタットは、周りを魔大陸という未開の地に囲まれた王国で
す。物流もよく、景気も良い、本当に素晴らしい世界でした。
もちろん、魔物もいましたし、先程のような乱暴者、悪事を働く魔導師などもいましたが、人々は、魔法の力を使って豊かに生きていたのです。
しかし、近年、魔法ではなく、呪術を使い、このウィザーシュタットを征服した術者が現れました」
「征服?」
「はい、彼の者は、中央にあった王国を乗っ取り、妖魔と呼ばれる化け物たちを世界に解き放ちました……。
人々はそれを受けて、第二の王国に高い城壁を築きました。
そして、日々迫りくる妖魔たちを退けているのです」
「なるほど、で、呪術と魔法の違いって何だ?」
俺が、特に気になった事を質問すると、女は首を振った。
「分かりません、ですが、魔法は、妖魔に吸収されてしまうのです。それに対して、呪術は、妖魔には吸収されない……」
「そうか」
俺は、あごに手を当て、相づちを打つと、更に質問する。
「妖魔と魔物の違いは?」
「私には、詳しい事は分からないのですが、妖魔は魔力を吸い取ることが出来、魔物は、それが出来ないというのが、一番の見分けるポイントです」
「なるほど、で、その、ウィザーシュタットを乗っ取った術者ってのは、どんな奴なのか分かってるのか?」
「はい、きゃっ!?」
不意に、女が悲鳴を上げた。
俺はとっさに振り返る。
そこには、赤い龍がいた。
龍と言っても、俺より小さい。
かなり小さい。
全長が俺の三分の一くらいなので、六十センチくらいだろうか?
体色は赤く、突起が無数に体中の箇所にあるのだが、全て丸っこい。
小さな翼をパタパタ動かし、推力を保っている。
目はつぶらだが、妖魔は妖魔だ。
倒すとしよう。
俺は、右手を前に突き出し、呪術を発動させようとした。
「待て待て待て! 俺は召喚獣だぜ? 誰彼構わないで襲うような、無節操な妖魔とは違うって!」
その言葉を聞いて、俺はフンと鼻を鳴らした。
「誰の召喚獣だ?」
「お前のだよ」
「語るに落ちたな?」
「カタル? 何だそれ? 樽の一種か?
どうやら、相当馬鹿ならしい。
いや、召喚獣なんてこんなものか。
「いいか? 召喚獣ってのは、術者から、神通力と呼ばれる力を貰わなけりゃ動いていられないんだ。だが、俺は、神通力をお前に、少しも送っちゃいない」
俺が、龍の首根っこを捕まえながら言うと、龍はばたばたと暴れた。
「おい、放せ! 本当だって! 俺は、特別な召喚獣なの! 本当に、俺のご主人はお前だ!」
「この世に何人、お前のご主人様がいるんだ?」
「ストップ、ストップ! ギブギブ!」
ぎりぎりと頭を掴んで、握力を加えていく。
俺の身体能力は普通ではないので、妖魔にも通用するようだ。
召喚獣(仮)は、苦悶の声を上げる。
これが、俺の相棒との出会いだった。
こんなんでいいのか?
数分後、
「おーい、これ 解いてくれよう」
俺の呪術でがんじがらめになった小さい召喚獣(仮)を見下ろしながら、俺は手を掲げた。
「待って、待って! 俺は、冬樹の命令を受けて、お前を助けに来たんだってば!」
俺の手がピクリと止まる。
「親父の?」
「そうそう!」
召喚獣(仮)は、ぶんぶんと長い首を振った。
「で? 親父はお前如きを寄越して、俺をどう助けろと言ったんだ?」
「俺、結構役に立つんだぜ? 何たって、ジョージショーカンガタだからな」
(ジョージショーカンガタ? 常時召喚型か……)
俺は、頭の中で整理すると、少し納得する。
常時召喚型は、使役者から通力を奪わず、常に召喚しておく事が出来るとか……。
「なるほど、で?
俺はいつ、その儀式を行った」
「お前が倒れている間に、冬樹の奴がやったんだよう。
だから、放してくれよう!」
「いいだろう、信頼してやる」
そう言って、俺は呪縛を解いた。
「そうこなくちゃ!
俺の名前はリュウ! よろしくな!」
「リュウ? そのまんまだな?」
「冬樹のネーミングだ。
文句言うな」
少し心外そうにそう言ったリュウに、俺は、「はいはい」と、適当に応じ
る。
「で? 親父は、何のためにお前を寄越した?」
「ええとな、よいしょっと」
リュウの掛け声と共に、巻紙と竹刀袋がぽんっとという音で、飛び出した。
「これと、これを渡せってさ」
俺は、慌てて、地面に落ちそうなそれを二つともキャッチすると、しげしげと見た。
竹刀袋の方は、かなり重い、本物の剣なのだろうか?
だが、ここで開けるのははばかられたので、とりあえず地面に置き、巻紙に目を向けた。
「冬樹からの手紙だ」
リュウの言葉に、俺はしばし硬直した。
「読む必要なんて無い。
お前が持ってろ」
俺が、リュウの方へそれを投げ返すと、リュウは、慌ててそれを両手で掴む。
「おいおい! ハルアキ! いいのかよ? 親父からの手紙だぞ?」
「お前は、俺と親父の仲がどれだけ悪いか聞いてないのか?」
「え? お前ら、喧嘩してたのか?」
「喧嘩じゃない。
ただの不仲だ」
「ふーん、俺にはよく分かんねえや」
「そうか」
俺は、もう一度、寝転がり、ふと金髪の女の方を見た。
「これが、召喚獣というものなのね?」
物珍しげに、女はリュウにおもむろに手を伸ばした。
そして、リュウを抱きしめる。
「さっきは驚いちゃって、ごめんなさいね? こんなに可愛いのに」
「や、やめろよう、えへへへへ」
言葉とは裏腹に、顔は見るからににやけているし、声はいやらしい感じがするし……。
胸に顔を擦り付けているし。
なるほど、ただのエロガキだったか、と思い当たる。
だが直後、どうでもいい、と判断した俺は目を閉じた。
そう言えば、この世界を支配した人間がどんな奴かは聞いていなかったな……。
そして、あの女の名前も……。
まあ、いいか。
就寝、就寝。




