ウィザーシュタット 厄災龍カタストロフ編 1
ハルアキ視点
俺達はアイスシュタットを離れ、ウインドシュタットに向かおうとしていた。
西方にある国、そこには、青龍がいるはずだ。
雪に包まれた森を通り抜ける。
リュウは、上機嫌に鼻歌を歌っている。
そして、俺に振り向いて、まくし立てる。
「なあ、ハルアキ、今回はゾクセイキョウカってのが無いから、俺も連れて行ってくれるんだよな? な?」
「ああ、付いて来たいのなら付いて来い。
だが、命の危険はやはり付きまとうぞ?」
「へっへーん、そんなの朝飯前だぜ!」
そんな言葉を知っていたのか。
俺は、少し感心しながら思った。
失礼極まりない感想だったが、口に出さなければ、思っていないと同じこと。
そう俺は結論付け、リュウが元気よく翼をはためかせるのを見ていた。
「しかし、アンタが付いて来てくれるのは助かるな、ミカド」
俺達のメンバーは、俺、リュウ、マハード、ミカド、ロロウだ。(ハイリンヒはここで探し物をするらしく、俺達のパーティーから外れた)
ミカドはにこりと笑って、答える。
「私は元々全ての四神を倒すつもりでしたから、仲間が出来て心強いです」
「そうか」
俺は、ミカドに話を振ったのを少し後悔しながら頷いた。
別にその答えが不服だったのではなく、生島の面影をその顔に見てしまったからだ。
勘違いしてはいけない、彼女は、生島とは何の関係も無いのだから……。
「おかしい……」
そんな中、ミカドの横に付き従うロロウが鼻をひくひくと動かした。
「青龍の気配が、俺達から遠ざかっている……。
移動しているな。
どうやら、ウィザーシュタットに向かっているようだ」
「何?」
俺はロロウの方を向く。
ロロウは間違いない、というふうに頷いた。
「どうする? ウィザーシュタットを総攻撃されれば、あの国は確実に終わる。
二匹の四神が倒されて、しびれを切らしたか……」
「足なら準備できます。
今すぐ向かいましょう!」
そう言って、ミカドは口笛を吹いた。
瞬間、どこからか狼の妖魔が二匹現れた。
姿はロロウに似ているが、二周りほど大きい。
「頼みます。
この二人を乗せてあげてください」
ミカドの言葉に、二匹の狼は頷いた。
「リュウ、俺のローブの中に入れ」
「分かった!」
リュウは俺のローブに包まり、顔だけを出した。
俺は狼の一匹にまたがると、しがみついた。
マハードも同様にしがみつく。
「じゃあ、行きましょう! ロロウ、これを食べて」
「ああ」
ロロウはミカドが差し出した魔法石を食い、巨大化した。
ミカドはすぐにロロウにまたがり、しがみついた。
瞬間、風のようなスピードで三匹の狼が疾駆する。
「ぶわわわわ、息が出来ない」
という、アホなことを言っているのは、言わずもがなリュウだった。
だが、気持ちは分からないでもない。
確かにこの風は息を詰まらせる。
目も開けていられないような、圧力……。
「我慢しろ、リュウ。
……仕方が無い、こうしよう」
俺はそう言って、リュウをローブの中にすっぽりと入れた。
「マシになったか?」
「うーん、息苦しさでは変わんないかもしれない」
「そうか、じゃあ、好きなほうにしろ」
「分かった!」
リュウはひょっこりローブから顔を出して顔を歪めた。
恐らく笑っているのだろう。
「ハルアキは平気なのか?」
ふと、リュウはそう質問する。
「平気なわけが無いだろ、呪術を使って風を遮断しているだけだ。
だが、かなりの圧力でな、気を抜くと破られてしまう」
「あーハルアキずるいぞ! 自分ばっか!」
「お前意外は全員風を遮断する魔法なり呪術なりを使っている」
「え? そうなの?」
リュウは左右を見渡した。
「本当だ。
ほとんど髪とか揺れてない」
「風の抵抗を無くして、スピードを上げる。
通力や魔力を使った移動手段では、ごく当たり前の技だ」
「そうなのかあ」
「本当に分かっているのか? お前は」
「そんなの分かってるぜ!
つまり、びゅってなって、びゅっとなると行けないから、がちってするんだろ?」
「アバウトだな。
まあ、理解したのならいい」
俺はそれ以上突っ込まずに前を見た。
青龍か……。
何の対策もせずに戦う事になるとは……。
最悪のケースも想像できる。
青龍と朱雀が同時にウィザーシュタットに向かっているとしたら?
勝ち目はゼロに等しい……。
俺は唇を噛んだ。
間に合ってくれ。
2
イルゼ視点
ハルアキとサーシャが旅に出て、二匹の四神を倒したという話を聞いた。
王宮はその報せに湧き立ったが、それもつかの間の事だった。
「申し上げます!
青龍、そして、朱雀がこの城に向かっていると言う伝令が入りました!」
王の前にひざまずいた家来が息せき切ってそう言った。
騒然となるその場……。
ざわざわと家来達は落ち着かない様子だ。
完全に浮き足立っている。
「イルゼ、準備は出来ているか?」
そんな中、王は重々しく私に言った。
「ええ、出来ております」
家来達が何の事かと目を見合わせた。
「皆のもの!
私達はこの不足の事態に備えるため手を打ってきた!
案ずるな! 必ず勝利を約束しよう!」
ハルアキは、この王を見くびっていたようだが、それは決して正解とは言えない。
この王はかなり先を見通している。
まあ、確かにハルアキを旅に出させたくなかったという気持ちもあり、それが暗愚に見えたかもしれない。
しかし、ハルアキがいなくなってからというもの、王はこの事態に備え続けていた。
厄災龍カタストロフ……。
それが、この国の切り札だ。
「カタストロフを、召喚する」
その声に、その場が騒然とした。
「カタストロフ? しかし、あれは……」
家来の一人が恐る恐る言う。
「イルゼと他の魔導師の研究により、手綱が出来た。
強靭にして強力無比なカタストロフを、理論上完全に操る事が出来る手綱だ」
対して王は毅然としている。
「完全と言えるのですか!? そもそも、そんな事を何故今まで黙っていたのですか!?」
どちらも来ると分かっていた詰問だ。
王も定型文を用意していた。
「この国の魔導師が最高の技術を結集したものだ。
必ずや、成功する。
黙っていたのは、魔導師達の研究がいつ終わるとも知れなかったからだ。
余計な希望を与え、情報が錯綜するのを防いだのだ。
そして、つい先日この研究が終わり、発表しようとした所でこの報せが来た。
決して皆をないがしろにしたわけでは無い。
どうか、それを理解願いたい」
これは、半分正しく半分はずれている。
研究が終わったのは、かなり前の事だ。
しかし王はこれを公にする事を嫌い、今日まで隠していた。
不足の事態が目前に迫った方が、王の行動が評価されるからだ。
「では、準備を始めます」
そう言って、私は踵を返した。
その後ろに数名の魔導師が続く。
戦いが始まる。
私は毅然とした態度を取りながら、歩き出す。
「吉と出るか凶と出るか……」
答えは分からない。
それでも、これが最良の道だと思ったから、実行する。
厄災龍カタストロフとは、遠い昔に世界を壊滅せしめようとした巨大な魔物……。
その力は凄まじく、セイメイを除けば、歴史上最悪の敵だっただろう。
カタストロフが吐息をつけば灼熱となり、羽ばたけば嵐となり、唸れば雷鳴となり、地面に降り立てば、地が揺れ、天が揺れた。
そんなカタストロフを倒す方法は見つからず、ある強力な魔導師が巨大な魔法陣によってある石に封印した。
王宮の深淵にそれはある。
かがり火だけが照らす廊下を、私は無言で歩き続けていた。
緊張が押し寄せてくると思ったが、存外そんな事は無く、私は奇妙な程に小波を立てない心に少し驚いていた。
きっと、成功すると。
そう思っていたのだろうか?
いや、そんな事はあるまい。
それはきっと、彼がいるからだ。
ハルアキがいるからだ。
彼ならば、全てを収拾してくれるかもしれない。
随分身勝手だ……。
よく知らない人間に、期待し、任せようとしている。
最初に会ったときから、ハルアキが特別な人間だと言うのは分かっていた。
そして、二体の四神がハルアキの手によって破られたと知ったとき、この目に狂いは無かったのだと思うようになる。
「手綱の用意は?」
私は側の魔導師に聞いた。
「準備出来ております」
「そうか」
私は城の最奥、封印の間に差し掛かった所で、そう聞いたのだった。
そして、私はドアを開ける。
重々しい音が聞こえる。
これから起こる重大な事を暗示しているように見えて、私は僅かにたじろいだ。
だが、負けるわけには行かない。
更に私は奥に進んだ。
何も無い、殺風景な場所だ。
広さは四方五メートルくらい、薄暗く、奥にある台の他には何も無い。
トン、トン、トン、と、足音が響く。
厄災龍よ、お前がもたらすのは平穏か、混沌か?
私の手によって、それは選ばれる。
私は、必ず平穏をもたらす守護者に、貴様を仕立て上げよう。
必ずや……。
私は、息を大きく吸い込み、その球体の正面に立った。
グロテスクな、赤黒い石……。
それは何度と無く脈打ち、明滅を繰り返している。
莫大な力を感じる。
だが、私達の研究によってそれはきっと御す事が出来るだろう。
私はその石を手に取り、再び踵を返した。
必ず御して見せよう。
必ずだ。
ゆっくりと歩き、ゆっくりと目を瞑る。
息を整え、再び目を開く……。
王宮の外は大混乱だった。
逃げるものもいれば、王宮に集い、助けを求める人々もいる。
四神がこちらに向かっている事を聞きつけたのだろう。
逃げ出せる余裕があるのは貴族だけ、他の民は助けを求めるしかない。
王は、バルコニーに立ち、民衆に呼びかけた。
「間もなく! 四神がここに来るだろう!
しかし、案ずる事はない!
我らには守護神がいる!
イルゼ! その姿を、皆に示すのだ!」
私は頷き、側の魔導師に向き直る。
「手綱を」
私はそれだけを言った。
無言で、手綱が渡される。
白い、鎖だ。
ぽうっと光が灯り、これまた明滅を繰り返す。
封印の石と違って、無機質な光……。
神々しいと言えば、神々しい。
だが、所詮は人間の作ったものだ。
私は手綱を握り、封印の石に近づいた。
この手綱で、妖魔に倒されないほどの力を持った魔物を操る事が出来た。
カタストロフも、これでならば……。
私は、赤い石に触れた。
瞬間、石から強烈な力が放たれた。
私はすぐさま手綱をかざす。
「厄災の龍よ! 我が声に従え!」
巨大な影が、この国全体を包んだ。
次に、雷鳴のような咆哮……。
巨大な、黒き龍が降臨した。
大きさは資料によると、顔から頭の先まで百メートルほど……。
ハルアキが使役していた龍の十倍ほどだ。
爪は鋭利に尖り、背中から尻尾にかけて、突起が幾本も連なっている。
右目には傷があり、これまた資料によると、伝説の魔導師がつけたものだとか。
その龍の首に、二本の白い鎖が巻きつけられた。
カタストロフはもがくがその力には逆らえなかった。
そして、シン、と静寂が訪れる。
その後に、歓声が響く。
民衆達の歓声だ。
「皆のもの! 私達は必ずや勝利できる! 必ずだ!
皆は、一箇所に集まり、時を待て!」
歓声がひとしきり止んだ後、王はそう命じた。
民衆達は、がやがやとしながら歩き出した。
四神の二体が来るまで、後二時間ほど……。
私はフッと息を吐いた。
大丈夫だ。
必ず成功する……。
そう、私は自分に言い聞かせた。
平穏か? 混沌か? 私はそれを選ぼうとしている。
「皆、手綱が切れぬよう、それぞれの配置に着け」
魔導師達は頷き、それぞれの場所へ……。
私は、目を瞑った。
時間が刻々と過ぎる。
そして、地響きが聞こえた後、私は目を開けた。
来たか……。
来るなら来い!
今、厄災と厄災が激突しようとしていた……。




