アイスシュタット 玄武編 5
7
マハード視点
私は、逃亡していた。
レオと呼ばれた男とササメという妖魔が私を追いかけてくる。
ササメは、魔法石を食べたときから、身体が二周りほど大きくなり、瞬間、私に向かって疾駆した。
リュウとハイリンヒはその衝撃で崖の下に落ちてしまった。
身体強化魔法で、私はひたすら走り、できる限りササメとレオから距離を取ろうとするが、差は大きくなるどころか、少しずつ小さくなっている。
「く!」
悪態をつきそうになるが、押さえつける。
だが、瞬間、ササメが私に肉薄した。
剣を構え、迎撃の体勢を取るが、間に合わない。
鮮血が舞う。
身体が引き裂かれる痛みに、しかし私はうめき声を上げなかった。
この程度の痛みならば!
私は、ササメののどもとに剣を付きたてようとした。
だが、ササメは身をひるがえし、それを避ける。
私はふらふらと身体を揺らしながら、もう一度剣を構える。
このままでは勝ち目は無い……。
リュウの真の能力はかなりのものだった。
ササメも、同じかそれ以上の力を持っていると考えて差し支えは無い。
だが、そろそろだ……。
そう考えると同時に、変化が起こった。
ササメが、もとの姿に戻ったのだ。
「なるほど、それが狙いだったか?」
レオは、何でもないと言うふうに笑った。
はったりか?
それとも……。
だが、迷って入られない。
彼はハルアキほどの術者ではない、それは何となく分かった。
私は、息を整えた。
痛みを止める魔法はある。
もう既に発動済みだ。
行ける!
瞬間、私はレオに一直線に向かう。
「せあ!」
私は気合と共に剣を振り下ろす。
だが、障壁がそれを封じる。
ありったけの力を込めて、私は剣を振り下ろそうとする。
だが、
「ササメ」
男が余裕綽々な声で、相棒の名前を呼ぶ。
瞬間、もう一度私の身体は引き裂かれた。
誤算、リュウの元々の能力は人間以下……。
では、ササメも同じくらいだろうと高をくくっていたのだ。
「く、そ!」
死を覚悟し、目を瞑る。
瞬間、咆哮が聞こえた。
ぽたぽたと、血が零れ落ちる……。
一体誰の?
まずは、私を疑った。
だが、違うようだ。
止血はちゃんとされている。
では? レオか?
いや、違う。
という事は……、
そう、ササメだった。
唸り声を上げ、ササメは大きく跳び退り、私ではない何かを睨みつけた。
「ミカドか……。
何をしに来た?」
そこには、ハイリンヒとリュウ、そして、黒いローブの女性がいた。
「その人を殺されるのは困ります、レオ」
女性は、凛とした声で言った。
「知り合いですか? ミカドさん?」
ハイリンヒがこっそり呟いた。
「一応、知り合いですが、仲がよろしいとは言えませんね」
ミカドと呼ばれた女性は、レオを睨みつけた。
その傍らに狼を連れ、その狼もまた、レオを睨みつけている。
「セイメイの命令ですか? レオ」
「その通り。
お前はどうする?
俺と戦うのか?」
「そうさせて頂きましょう。
ハイリンヒさん、リュウさん、彼の手当てを」
迅速に指示を出し、ミカドはもう一度レオを見つめた。
そして、目を瞑る。
同時に、レオも目を瞑った。
「「血の盟約を契りし我が僕よ、我が身に纏いて、力となせ」」
『『憑依転身!』』
ミカドとレオが叫ぶ。
瞬間、傍らにいた狼と豹が光に包まれ、やがて光の粒に変わった。
光の粒がミカドとレオに纏わり付き、一際大きい光が発せられる。
そして、「それ」はこの世に顕現した。
まずは、ミカド……。
黒く光る毛皮がミカドの頭、肩、腕、足の先に着けられている。
目つきは鋭く変わり、凛とした表情が更に引き立つ。
初めて見る、色取り取りの服が何枚も重ねられた格好。
次に、レオ……。
豹の毛皮ミカドと同様に着けられている。
その黒髪は白く変わり、凄みを増している。
レオも初めて見る格好で、袖が長く、腕から下に伸びている。
光り輝く、白い衣服……。
セイメイと戦ったときセイメイがしていた格好と酷似している……。
二人はお互いににらみ合い、次の瞬間激突した。
目に見えないほどの加速……。
衝撃を辺りに撒き散らし、木々が揺れる。
次の瞬間、二人は飛び上がり、空中に静止した。
「「はああ!」」
気合と共に、今一度ぶつかり合う。
荒々しい力と力のぶつかり合い。
空間が引き裂かれるのではないかと思うほどの衝撃がその度に発生する。
「なんという戦いだ……」
私は、傷の事も忘れてひたすら見入った。
ハイリンヒも、リュウも同様だった。
ミカド視点
全力と全力をぶつけ合い、私とレオは睨みあった。
ぶつけ合っているのは、通力で作られた剣……。
光が溢れ出し、力が発散されるのを押さえつけ、攻撃に転化する。
この技術をいかに使いこなすかによって、この戦いの勝敗は決まる。
憑依転身、常時召喚型の召喚獣と融合する技……。
己の通力と僕の通力を増幅させる事で、一時的に強大な力を手に入れる。
勝算は半々だ。
何が起こるかは分からない……。
何度目かの激突……。
レオは上空、私は下から、剣と剣がぶつかり合う。
その直前、私は身体を返し、それをいなすと、剣を横なぎに薙いだ。
確実に入る一撃……。
しかし、読まれていた……。
向こうも身体を返し、私と入れ替わる形で剣を振るう。
私は障壁を張ったが簡単に突き破られた。
激しい一撃が私を叩き落す。
地面にぶつかり、私は、呻いた。
その拍子に『憑依転身』が解ける。
「しまった……」
レオは、私を見下ろし剣を構えて一直線に向かってきた。
死を覚悟する。
だが、来たるべき時は来なかった。
私とレオの間に、誰かが立っている。
逆光でよく見えない。
刀を持っているのは分かるのだが……。
「リュウ、マハード、ハイリンヒか?」
左右を見渡し、その誰かは呟いた。
「ハルアキ!!」
リュウという妖魔がその名前を呼ぶ。
ハルアキという名前か……。
「リュウ、下がっていろ」
リュウはぴたりと止まる。
おかしい、そんなに強い口調ではなかったのに、強烈な迫力を感じた。
「事情は知らないが、俺の知り合いを傷つけようとしているのはアンタらしいな。
リュウ、マハード、ハイリンヒ、知り合いのよしみで助けてやる。
さっさとどこへなりと消えろ」
冷たい口調……。
しかし、何となくどこかに優しさがこもっているような気がした。
ぶっきらぼうなだけなのか?
それにしても、声が誰かに似ている。
ハルアキは、刀を抜き放った。
「さて、どの程度のものか試させてもらおう」
ハルアキは刀を構えると、レオに向き合った。
レオは空中で静止し、それを観察する。
直後、二人は動いた。
交差は一瞬……。
上からの急襲対して、下からの迎撃。
奇妙な音と共に鮮血が舞う。
立っていたのは、ハルアキと呼ばれた男だった。
「大したものだ」
ハルアキは感心したように呟いた。
レオは起き上がり、肩から腹にかけて受けた傷を押さえ、ハルアキを睨みつける。
恐らくレオの斬られてなお立ち上がる精神力か、身体を賞賛しているのだろう。
レオは直後飛び上がり、その場を離脱した。
「おい、大丈夫か、アンタ……っ?」
「え?」
ハルアキと私は、同時に固まった。
「生島?」
「ミカゲ?」
同時に違う人のことを想って、同時に違う人を想起して、私達は出会った……。
運命というなら、そうなのかもしれない。




