アイスシュタット 玄武編 1
1
マハード視点
あの日以来、ハルアキ殿は行方不明となった。
白虎が倒され、このグランシュタットには平和が訪れたが、その立役者の英雄は忽然と行方不明という何とも歯がゆい状態を作ってしまった。
何度も捜索したが、ハルアキ殿は見つからない。
しかし、ハルアキ殿の相棒であったリュウと言う妖魔はここに残したままだ。
リュウはすっかり元気を無くし、見ていられない。
私は、思い立った。
白虎の脅威は去った。
私がここでやれる事は無い。
恐らく、ハルアキ殿は残る四神を倒しに行ったのだ。
ならば、私も行こう。
そう、思ったのだ。
私はリュウを連れ、雪原に挑んでいた……。
愛馬が、ゆったりとしたペースで私達を運ぶ。
「へっくし!」
リュウが、身体を震わせながら、くしゃみをした。
「大丈夫か?
リュウ、貴殿、寒さが得意ではないのか?」
「いや、得意ではないけど、風邪をひくほどじゃ、っくし!」
その言葉の信憑性は置いておいても、妖魔なのだから死にはしないだろう。
そう結論付け、私は歩き続ける。
そんな私に、何となく白々しい感じを受け取ったのか、リュウは私の前に移動して、弁解する。
「こ、これは、風邪じゃないぞ? 本当だぞ? 花粉症って奴だ!」
「どこを見渡しても花も木も見当たらないのだが……」
「っくし! いや、だから、そうだ! ええと、びえん?」
「びえん? ああ、鼻炎か……。そうか」
私は、とりあえず頷き歩き出した。
「何か、マハード冷たいぜ……。
ハルアキだったら、ちゃんと突っ込んでくれるのに……っくし!」
「ふむ、突っ込み待ちと言う奴だったか……。
しかし、私はそういう事に疎いのでな」
「まあ、ハルアキも、敏感なわけじゃないだろうけど……。
はあ……」
リュウがため息を吐く。
「会いたいか、ハルアキ殿に」
私はリュウを気のどくに思いながら、語りかけた。
「何で、ハルアキは俺を置いてったのかな?
四神を倒すなら、俺だって力を貸すのに……。
そりゃ、俺は普段は役に立たなくて、迷惑をかけてばっかだけど」
リュウはぶつぶつと恨みがましく言う。
「思うに、ハルアキ殿はもう何も失いたくないと思ったのだと私は思う」
「失わない? どういうことだ?」
「サーシャを失い、かなりの衝撃を受けたのであろうな。
誰かを失う辛さが、心を取り戻すにつれ、強くなっていく。
だから、ハルアキ殿は、貴殿との関係すら断ち切ろうとしたのだ」
リュウはうーんと腕を組み、しばらく考えていたが、やっと言葉の意味を呑みこんだらしく、ため息を吐く。
そうなのだ。
愛する心が弱いとは言え、大切な人間が死ぬ事で受けた心の痛みと言うものは、初めての体験だったはずだ。
だから、ハルアキ殿はそれに耐えられなかった……。
「その悲しみすらも、乗り越える日が来よう、そう、私は願いたい」
「そうだな! きっと、ハルアキなら!」
途端に、リュウは元気になる。
単純明快で、中々良い性格をしている。
と、少し無礼な感想を持ってしまったが口には出すまい。
そんな中……、
「馬の足音! あと、跡! 前だ! ハルアキか!?」
リュウが、耳をぴくぴく動かし、羽を二三度動かすと、空中をすいすい進み出した。
私には何も聞こえなかったが、リュウは妖魔だ。
聴覚は人間よりも遥かに良いのだろう。
私はリュウを追い駆け、馬を走らせた。
ハイリンヒ視点
僕はよく旅に出る。
それは、見聞を広めるためであったり、店に出す品を作る材料を探しにいくためだったり……。
でも、今回はちょっと目的が違う。
もちろん、見聞を広めるためと材料を探すという目的もあったけど。
一番の目的はハルアキを見つけるためです。
「いつの間にか、あの刀を持ち出して行っちゃって……」
愚痴をこぼすように言って、凍えるような寒さの中、馬と一緒に雪原を進む。
「代金、払って貰わないと」
本当にそれだけ、あれだけ手間が掛かった刀なんだから。
それに、呪術を補助する道具をいくつか作った。
このままハルアキに会えなかったら、無駄になってしまう。
ハルアキらしき人物が北の街、『アイスシュタット』に向かったという情報があった。
恐らく、四神の一匹、玄武を倒しに行ったのだろう。
丁度、アイスシュタットで取れるブルーライトストーンを採取しに行きたかったので僕はすぐに旅の準備を始めた。
寒さを対策する魔法道具を準備して、食料も余分な位に持ってきた。
僕は、見た目に反して力持ちなので、大抵の旅に必要なものは持つ事が出来た。
「チェスでリベンジしないと」
後付けだ。
自分でも、苦しい言い訳だと気付いてはいるけれど……。
そう思っていると、誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「ハルアキー! ハルアキー!」
子供の声のようだけど……。
確かに、ハルアキと言っている。
と言う事は、ハルアキが近くに居る?」
僕は辺りを見渡し、目を凝らした。
瞬間、赤い物体が雪の中をこちらへ猛進してきているのが分かった。
「ハルアキー!!! 会いたかったぞこの野郎!!!」
僕は、砲弾のようなスピードで突っ込んでくるその物体を受け止め損ね、腹に追突したそれを見る。
馬から落ちまいと必死になりながらも、かろうじてそれが何だか認識できた。
「よ、妖魔!?」
赤い、小さな竜の姿の妖魔だ。
僕は、すぐさま起き上がり、杖を構えた。
「あれ、ハルアキじゃない……」
そんな中、妖魔は、ぱた、ぱた、とぎこちなく羽を動かして小さく呟いた。
何だか、すごく残念そうだ。
「貴殿は、ハイリンヒ殿ではないか?」
不意に、ぬっと強健そうなマントの男が顔を出し、僕はぎょっとした後「ああ」と呟き、何とか言葉を紡いだ。
「マハードさんじゃないですか。
もしかして、ハルアキと一緒、なわけないですよね……」
そう、この妖魔は明らかにハルアキを探していたのだから……。
「うむ、申し訳ない。
貴殿もハルアキ殿を探している口か」
「ええ、まあ、そうです」
適当に答え、僕は立ち上がった。
「となると、これがハルアキの相棒ですか?
白虎を丸呑みにするほどの大きさだと聞いていたんですけど」
「そんな噂が立っていたのか、それは知らなかった」
マハードは意外そうに言った後、しょんぼりしているリュウを見て再び僕に向き直った。
「まあ、これが、リュウの本当の姿ではない。
白虎を丸呑みにするほどではないが、そこら辺の妖魔なら、丸呑みにできるであろう」
「へえ、そうですか」
少し疑いの目を向けてしまう。
しかし、リュウは気にした様子が無い、と言うよりもしょんぼりして気付かなかったようだ。
「旅は道連れ、ですね。
僕も、ハルアキから刀の修理代をせびり、もとい、払ってもらおうとしてたんです。
そちらが、ハルアキを探しているなら、一緒に行きませんか?」
「うむ、そうだな。
私は構わぬ。
リュウ、貴殿はどうだ?」
「俺は別に良いぜ」
元気が無いままだったけれど、リュウは快い返事をする。
「じゃあ、決まりですね!
行きましょう!」
こうして僕はハルアキを探すのに、心強い味方を得た。
道は果てしなく続く。
吹雪いてはいないけれど、雪原の終わりは見えなかった。
ここからアイスシュタットまでは、数日を要する。
今頃、ハルアキは恐らくアイスシュタットに着いていることだろう。
僕達は、グランシュタットの雪道を、水の魔力の発生源を感じながら進んでいく。
熟達した魔術師になると、魔力の高まりを感じて、今どこで、どんな魔法が使われているかを知る事が出来る。
それを応用して僕達は水の魔力が豊富に生成される北へ進んでいるのだ。
魔力の発生源に僕達は真っ直ぐ向かっている。
このまま行けばいいはずだ。
「ハルアキは何故一人で旅に出たんですか?」
「大切なものを失わぬためだろう」
不意の僕の問い掛けに、マハードは端的に答えた。
僕はそうですか、と呟き前を見た。
さて、今頃どうしてるかな?




