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プロローグ2

 巌のような顔、完全無欠の男を思わせるたくましい身体、雰囲気……。

 親父は、着物を着ていた。

平安時代の宮廷に仕えている人間のするような格好だ。

 対して、俺はよれよれのTシャツに、ジーパンという、普通の格好だ。

 こう聞くと、親父がこの場にそぐわない格好をしているように思われるかもしれないが、それは違う。

むしろ、俺の方こそが浮いている。

 何故なら、ここは陰陽師同士の闘技場……。

 暗い中で、蝋燭が何本も灯され、神が祭られた祭壇が、俺の左側に存在している。

 御神体が何なのかは分からない、ベールのようなものに包まれ、この戦いを見守っているのかもしれない。

 とにかく、そんな場所だから、俺の格好は第三者が見たら、恐らく指を指して笑った事だろう。


「親父、今更、俺に勝てると思うのか?」


 不遜にも、俺はそう言ってのけた。


「今だから、お前に勝てる」

 


「言っとくが、俺は衰えやしない。

それは、アンタが一番良く知っている事だろう?」


 親父の言葉にやや呆れながら、俺は肩をすくめて、笑った。

 だが、親父は笑わない。

 俺は、少し不愉快に思ったが、何も言わないでおく。

 対して、親父は静かに言葉を紡ぐ。


「お前が衰えたかどうかは問題ではない」


 俺は、親父をじっと見た。


「じゃあ、アンタの腕が上がったてわけか? 良いだろう、叩きのめしてやる!」


 瞬間、俺は印を結んだ。

 結ぶのは五芒星……。

 最も基本的な陰陽術。

『陰の術 縛』。


 見えない力が、親父を縛りつけた。

 今の一瞬、親父も同じ陰を結ぼうとしていた。

 だが、俺のほうが遥かに早い。


「親父、これで俺の勝ちだ」


 そのまま、そこを立ち去ろうとする。


「待て」


 俺の背中に、声が掛かる。

 俺はゆっくりと振り返った。


 パリイン! と、見えない呪縛が砕ける音がした。

 すかさず、俺は右手を前に突き出した。

 どこからか現れた光が、手に収束していく。

 眼を閉じ、制御に気を回し、力の収束を感じる。

 そして、眼を見開いた。

 瞬間、炎が巻き起こる。


 親父は、それを身を翻して避けると、俺に声を掛けてきた。


「ハルアキ、お前を必要としている世界に行きたくはないか?」


 更に、攻撃を加えようとしていた俺の手が止まる。


「俺を、必要としている?」


 俺が、やや戸惑い気味にそう聞き返すと、親父は頷いた。


「お前から全てを奪い、飼い殺してきた私の責任だ。

お前が、よりよい生活が出来る場所に、私が連れて行く」


「自覚はあるみたいだなあ? 俺から全てを奪ったっていう……」


「何度も、謝ろうとした」


「嘘だね! アンタは俺を遠ざけた!」


「向き合う覚悟がなかったのだ」


 段々と、親父の声が悲痛になっていく。

 だが、俺は止まらない。

 怒りが、ずっと積み上げてきて、それでも、我慢してきた言葉が、奔流となって口をついて出る。


「今更父親面するなよ! 妖魔がこの世にいなくなった途端、俺から遠ざかって、全てを生島に任せて! お前のせいで、俺は、誰にでも必要とされない、手に負えない、化け物になってしまったんだ!!!」


 瞬間、親父の顔が引きつり、悲壮な面持ちになる。


「お前、親戚の話を聞い……」


「ああ、そうだよ」


 親父の言葉にわざと被せて、俺は機先を制した。


「お前が、それを否定しなかった事もな!」


 気付いたら、涙が後から後から流れ出てくる。


「何でだ!? 何で、俺は化け物になった!? 答えてみろ! クソ親父!」


「それは、私のせいだ。

 だが、お前のためを思ってやったのだ! それだけは、分かって欲しい」


「ふざけるな!」


 俺の腕から炎が巻き起こる。

親父は、慌てて水の防壁を作ると、それを防いだ。


「お前を、必要としている世界を、同時に、お前が必要としている世界を、お前に与えてやる。だから、ここは、私の言うとおりにしてくれないか? 頼む」


 俺は、しばらく無言で突っ立っていた。


「信じられないな。俺は、アンタを愛する事が出来ない。だから、信用する事も出来ない。なあ? 知ってたか? 信用って言うものは、愛がないと出来ないんだってよ!」


 親父の顔が更に悲痛になっていく……。


「ここでアンタを殺しても、俺は何とも思わない。

分かってるんだろ? だからやめろよ」


 別に、親父に死んで欲しくなくて、この言葉を発した訳ではない。

手を汚すのを面倒だと思ったのだ。


 俺と親父は、同時に手を前に振りかざした。

 炎と炎がぶつかり合う。

 炎が一瞬、この場を煌々と照らした。

 俺は、真っ直ぐに親父に突っ込んだ。

 まだ、炎は荒れ狂っているが、意に介さない。

 黒の陰陽術で、水を纏っているのだ。


 親父の顔を殴りつける。

 親父は吹っ飛び、後ろの障子にぶつかった。

 障子は脆くも突き破られ、親父は外で倒れていた。


「なあ、もう終わりだ。

 親父、やめにしようぜ?」


 俺は、哀れに思って、そう声を掛けた。


 だが、親父は立ち上がる。


「我が血を糧に、汝よ招来せよ、火を噴き、風を起こし、天を切り裂け、龍の子よ!」


 親父は、俺から殴られ、出血した口元から、血を指に塗りたくると、地面に印を描いていた。


 召喚術か……。

 出血させるような攻撃を行ったのは、まずかったかもしれない。

 だが、どんな召喚を行おうと、俺には通用しない。


 召喚術は、妖魔を呼び寄せ、使役する力……。

 便利そうに聞こえるかもしれないが、使役する妖魔の知能や戦闘能力が高いほど、コントロールは難しく、下手をすれば、自らが食い殺される。

 しかし、俺には懸念があった。

今、親父が行った召喚術の詠唱は、聞いた事のないものだった。

 上級妖魔の召喚だとしたら、親父には手に負えないどころか、下手をすれば、俺でも敵わない可能性がある。

まさか、親父は、俺と心中するつもりか?

 懸念が疑念に変わった瞬間、地獄の業火が降り注いだ。



      


 目が覚めれば、別の世界に居た。

 なんて言う、月並みで、べたべたな台詞を心の中で呟く事になるとは思わなかった。

 日本に、こんな荒野はない。

 あるはずがない……。

 だが、実際にここにある。

 ならば、日本ではないのだろうか?


 景色の後に、自分の状況を見て、その確信は強まる。

 何故なら俺の隣には、金髪の青いドレスの女性が心配そうに付いていたし、俺が寝転がっているのは、馬車の荷台の場所だったみたいだし……。


 先程の言葉は、自分で言っていて信憑性が無かった。

 だが、景色を見て、自分の状況を見て、そして、何より目の前に立ちはだかる、盗賊団と思しき集団。

 奴らは、古風な剣を鞘から抜き放ち、いかにも悪役面でこちらを見てい

る。

 頬に傷があるのもいれば、眼帯をしているやつもいる。

 ご丁寧に鎧まで着けた彼らが俺が寝転がっていた馬車に襲い掛かってきているのを見て、俺はここが遂に別の場所なのだと理解せざるを得ない事に気付いた。


 目が覚めれば、別の世界に居た。

 俺は、そう結論付けた。


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