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ニート陰陽師が異世界に召喚されました  作者: 若槻 幸仁
グランシュタット 白虎編
18/39

グランシュタット 白虎編 8

     11


 作戦会議室とでも言おうか、石造りの城の一室にマハードが俺を呼んだ。

 ハイリンヒとの作業も架橋に入り、離れたくなかったのだがどうも大切な事らしい。

 サーシャにそれを伝えられた俺は、ハイリンヒに一旦暇をもらい、石造りの城へ訪れた。

 俺は、部屋に入るとマハードが進めるまま、椅子に座る。


「白虎の居所が分かった」


「そうか」


「貴殿の指示を仰ぎたい。

 どうすべきだ?」


 俺は、しばし沈黙した。

 手負いの状態が、一番危険だ。

 それに、ハイリンヒと作っている刀が打ち上がれば、戦力は整うだろう。

 今、白虎に挑むのは得策ではない。


「白虎には近づかない方がいい。

 手負いの妖魔は何をするか分からない。

 特に四神ともなれば……」


「分かった。

 その言葉を伝えよう」


 マハードは立ち上がり、礼を言うと俺と一緒に部屋を出る。


 だが、俺は失念していた。

 愛に疎い俺は、人が誰かを想うことで、突拍子もない事をする事があることを。

 愛を知らなかったから、失念していた。




 ハイリンヒの元で、刀を直す手伝いをしていた俺の元にサーシャが駆け込んできた。

 リュウもそれに同行しており、二人ともかなり急いでいるようだった。

そして、矢継ぎ早に用件をまくし立て、息も切れ切れになりながら膝を付いた。


「白虎を討伐しに行った?」


 俺にはそれが信じられなかった。


「何故だ?

 マハードには確かに、討伐は控えるように行ったはずだぞ!?」


「一部の人が、命令違反で、白虎を、倒しに行ったの」


 サーシャの言葉に、俺は唇を噛んだ。


「ハルアキ、皆を助けに行こう!

 お前が居ないと、倒せない!」

 

 リュウが、羽を一際速く、ばたばたと動かしながら言った。

 俺は首肯する。


「言われるまでも無い」


 そして、俺は、ハイリンヒの方に向き直った。


「何度も悪いが、行かせてもらう」


「分かりました。

 きっと、戻ってきてください。

 色々、やることが残ってますから」


 ハイリンヒはニコッと笑って僅かに首を傾けた。

 俺は軽く頷き、走りだす。



 俺は、サーシャの案内でひたすら走っていた。

 早まらないでくれ、俺の前で誰も死なないでくれ。

 もしも死なれたら、俺はまた自分が怪物だという事を自覚してしまう……。

 利己的な理由で、俺は奔走していた。

 かっこいい理由なんて無い。

 人を助けるのは当たり前の事、だとか、その人にも、待っている人がいるからとか、そんな事は、微塵も考えない。

 ただ、俺は自分を守るために走っていた。

 

 息を切らして、目的地に躍り出た。

 悲鳴が、咆哮が、怒声が、響く。

 地獄が、見えた……。


      12


 昨日の渓谷の最深部、白虎が今の根城としている所らしい。

 俺達はリュウに魔力を食わせていた。

 巨大化したリュウの背に乗り、この場に来たのだ。

 切り立った崖を下側に、俺は、その光景を見る。


 無数の死体……。

 鎧を着けていることから、兵士だった事が分かる。

 しかも、相当数だ。

 俺は、次に白虎を見る。

 白虎は、何かを咀嚼していた。

 その口が、血に汚れている。


 あれは、人間だ……。


 俺は、しかし、その光景に何も感じなかった。


「ああ、またこれか……」


 やっぱり、何も感じなかったな。

 そう思いながら、俺は顔の筋肉を動かそうとした。

 だが、やはり、表情は作れない。

 その表情に見合う感情を抱いていないのだから当然だ。


 白虎はこちらに気付いていないのか、気付いていながら興味を示さないのか、視線をこちらに向ける事はなかった。


「ハルアキくん、どうするの?」


「アイツ、兵士の魔力を食べて力を上げている。

 三人で倒すのは無理だろう」


――では、逃げるか? ハルアキ。


 不意に、リュウの声が聞こえた。


「それが得策だな……」


 俺は、最後の言葉が少し萎んだのに自分で気付いた。


「どうしたのかな? ハルアキくん」


 サーシャは、青い顔をしながらも俺を気遣って、そう話しかけてきた。

 自分の方が、よっぽど酷い状態の癖に。

 俺は、きっと今これっぽっちも顔色は変わっていないだろう。

 だが、サーシャはかなり顔色が変わっている。

 そこに、俺と普通の人間との間の溝のように感じて、俺は、ことさらそれが辛かった。


 俺は唇を噛んだ。


 ――ハルアキ、マハード達が来たようだ。


 リュウの声が聞こえる。

 俺は、渓谷の端から端までを見つめる。

 バリスタを引いて、無数の兵士がやってくる。

 その中には、マハードも居て、指揮を執っている。


「闘うか……」


 俺は呟く。

 兵士達は今、激情に駆られているのだろう。

 俺の言葉が届くとは思えない。

 

「リュウ、とりあえずサーシャを降ろす。

 お前も元の姿に戻って、力を温存しろ」


――だが。


 リュウは異を唱えようとしたようだが、すぐに頷き渓谷の上に降り立った。

 降り立った俺はサーシャを見つめ、口を開く。


「サーシャ、アンタはここで待っていろ」


「でも!」


「お願いだ。

 アンタの願いに応えるためだ。

 アンタが死んだら、それは叶えられない」


「それは、ハルアキくんが死んでも同じじゃない!」


 サーシャが悲痛に叫ぶ。


 だが、俺は不遜に答える。

 敢えて驕慢に、敢えて傲慢に、口を開き、言葉を紡ぐ。


「俺は死なない、絶対にだ」


 その言葉を残して俺は踵を返し、崖から飛び降りた。

 息を呑む声が聞こえる。

 しかし、重力は俺の身体を加速させはしなかった。

 空気が俺を押し上げ、そっと地面に降ろす。

 ふわりと着地し、俺は白虎に向かい合った。


 空白、緊張、次に激突。


 俺と白虎は次の瞬間、動き出す。


「光芒の城門、星芒の盾、陽芒の錠、陰芒の舎人、邪を封じ、悪を払い、全てを拒絶する光の領域、現れ出でよ! 四芒結界!」


 詠唱が終わるか終わらないかのタイミング、結果的に俺は間に合い、白虎は間に合わなかった。

 白虎は黄色い光の結界に包まれる。

 その爪先は結界に阻まれ、バチッという音と共に慌てて引っ込められた。

 四芒結界、俺の出来る結界術の中でも最高の封印力を持っている。


「言霊よ、我に従い、彼の者に伝え聞かせよ」


 続けて俺は言霊の呪術を発動。

 

「マハード、聞こえるか?」


 俺は、そう呼びかけた。

 だが、返事が返ってこようはずは無い。

 この術式は、一方通行でしかやり取りが出来ない。


「この結界が破られる頃には、白虎は相当消耗しているはずだ。

 だから、この結界が破られた瞬間に、バリスタを一斉に射出してくれ。

 その後は、俺とリュウで何とかする」


 了解かは分からないが、異論は恐らく無いはずだ。

 俺は、結界の維持に全精力を傾けた。

 何度も、バチッ、バチッ、と何度もスパークする結界……。

 通力を振り絞り、白虎の消耗を待つ。

 何分の死闘だったか?

 遂に、白虎の動きが鈍り始めた。


 俺は、結界をすぐさま解く。

 瞬間、無数の槍が白虎の身体に突き刺さった。

 だが、ここでは終わらない。

 白虎の恐るべき生命力は、この間分かった。

 俺は叫んだ。


「リュウ!」


 その名前を呼ぶ。

 瞬間、空気を叩く翼の音が聞こえた。

 どうやら、あらかじめ準備をしてくれていたらしい。

 リュウは俺の背後に周り、地面すれすれを滑空する。

 俺は瞬時に飛び上がり、その背中に飛び乗った。


「行くぞ。

通力を送り込む。

 お前も精一杯翼をはためかせて、風の力を全てぶつけるんだ」


 俺はすぐに指示を出し、リュウは無言で頷いた。


 白虎はのっそりと起き上がる。

 その拍子に何本かの槍が抜け落ちる。

 真紅の血液が流れ落ち、白虎は怒りに満ちた目で俺を見ていた。


 咆哮……。


 空気が痛いほどに振動する。


 次の瞬間、リュウは全力で翼をはためかせた。

 壮絶な音がする。

 渓谷の地面にあった岩が吹き飛ばされ、白虎の足元にぶつかったり、それを通り過ぎ、転がったりする。

 白虎は地面に踏ん張り、何とか耐えようとした。


 俺は通力をリュウに送り続けた。

 だが、結界術で俺は相当の力を失っている。

 足りるかどうか……。


 数秒後、危惧していた通り、俺の通力を尽きた。

 白虎は健在。

 リュウも限界のようだ。

 

 歯軋りし、白虎が迫ってくる光景を見る。


 瞬間、リュウが一際大きく羽ばたいた。

 羽が光を帯び、空気を叩く。


 力を送った?

 誰が?


 俺は振り向いた。

 そこには、サーシャがいた。

 リュウに風の魔法で、力を送り込んでいるのだ。


 勢いを増す風……。

 これが、致命的な差を生み出した。

 強大な風と共に白虎は吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 瞬間、歓声が上がった。


「倒した、か……」


 俺は息を吐き、リュウから飛び降りた。

 リュウもポンッ! という音と共に、元に戻った。


「サーシャ、助かった」


 俺は、笑みを作って感謝の言葉を述べる。


「うん、役に立てて嬉しい、かな……」


 サーシャがそう言ってはにかむので、俺は少し変な気分になる。

 そのせいで、俺は目を伏せざるを得なかった。

 何故、伏せなければならないのか、自分でも気付かないままに……。


 サーシャは、頬を紅潮させていた。

 そして、息を吐いている。

 走ってきたせいなのか? それとも……。


 俺は必死で言葉を紡ごうとした。

 何を言えばいいのか分からなかったが、何とか、言葉を出そうとする。


「……サーシャ、俺は、アンタを……」


「危ない!」


 不意にサーシャの声が聞こえた。


 鮮血が舞う……。


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