グランシュタット 白虎編 5
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兵士達の様子は俺が想像していたのとは違っていた。
皆、概ね笑顔で肩を叩き合っている。
俺とすれ違い様に賞賛の声を掛けてくるものもいた。
「意外か?」
不意に、マハードの声が聞こえた。
俺は振り返り、マハードに目を向ける。
マハードのマントが風に揺れる。
俺はマハードから目を逸らし、谷の底を見ると「ああ」と頷いた。
「言ってみれば、俺は新参者だからな。
そいつに従って作戦を立てたのに、何の成果も得られなかった。
責められても文句は言えない場面だ」
「いや、皆ここまで白虎を追い詰めたことは無い。
むしろ、貴殿に感謝しているくらいだ。
今まで白虎をこの谷まで誘導して、街から遠ざけるくらいのことしか出来なかった。
その過程で、何人もの兵士が死んでいったが、今回は一人も死んでいない。
我々は、正直、希望を見出すことは出来なかったのだが。
今回、希望を見出せた。
私からも感謝する」
マハードは、強健そうな印象を与える顔を緩め、俺に笑いかけた。
「だが、同じ手は使えないぞ?
白虎も馬鹿じゃない。
少なくとも、リュウの四倍の知能はある」
「ハルアキ!
あいつ、喋れないんだぞ!?
絶対俺の方が頭良いって!」
リュウがギャーギャーわめくが、俺は気にしない。
「とにかく、新しい作戦を立てる必要があるんだ」
「そうだな、だが今日は、祝いの酒を酌み交わさないか?」
「俺は、まだ十八歳だ」
「十分ではないか?
十六歳が成人だ」
一瞬戸惑ったが、俺はここが俺の住む世界とは違う世界なのだと思い至る。
「悪いな、酒は儀式の為に少し飲んだとことがあるくらいなんだが、その時すぐに頭がぼーっとしてしまってな。
あれ以上飲むとやばそうだ」
「そうか、だが、料理も振舞うつもりだが?」
「……正直に言おう。
宴席というものが嫌いなんだ。
だから、済まないな」
「だが、貴殿が主役なのだぞ?」
思ったよりしつこいマハードに、俺は少し意外に思ったがやがて頷いた。
「分かった。
だけど、酒宴が興ざめになることは承知しておけよ?」
「承知だ」
冗談と受け取ったようだが、俺は実際の所、冗談半分、本気半分と言ったところ……。
「ハルアキくーん!」
ふと、サーシャがこちらに手を振りながら走ってくるのが見えた。
「ハルアキ、手を振り返せ!
きっと、サーシャが喜ぶ!」
「何で俺がアイツを喜ばさなきゃならない?
お前が手を振ってやれ」
「それじゃあ、意味無いっての!」
リュウがお説教モードに突入するが、俺は気にしない。
サーシャが俺達の下に駆け寄ってなお、説教は続いたが、いい加減疲れたのか、リュウは肩で息を吐き、力なく、翼をパタ、パタと動かした後、沈黙する。
「ハルアキくんもリュウちゃんもすごかった。
次は、きっと倒せるね?」
「さあ、どうかな?」
俺は肩をすくめてなんとも言えないと、言外に示した。
「それと、リュウちゃんは大丈夫かな?
白虎の攻撃を食らったように見えたけど……」
「それなら大丈夫だ。
俺の通力で治したし、治さなくてもその内回復していたさ」
「うん! 俺は全然平気だぜ!」
リュウは元気よく翼をはためかせ、右手で力こぶを作った。
「そっか、良かった。
ハルアキくんは、怪我無いかな?」
「俺が傷を追うわけがないだろ?
杞憂だ」
俺が不遜にもそう言うと、サーシャはくすくすと笑った。
「それは、俺が守ってやったからだろ!? ハルアキ!」
「あれは余計なお世話だ。
俺は結界術も使える。
一撃くらいなら防げたさ」
リュウの文句に、俺は素知らぬ顔で応じた。
そんな俺に、リュウは唇をきゅっと結んで「ふんだ!」とそっぽを向く。
サーシャは、苦笑いをしながら、そんな様子を見ていた。
そんな中、俺はリュウの頭に手を置き、ポンと叩いた。
「な、なんだよう?」
少しだけ嬉しそうな素振りで頭を振って、手を退けようとするリュウに、俺は柄にも無いと思いながら、そっと言った。
「まあ、助かったのも事実だ。
トマト、買ってやる。
それとも、トマト料理がいいか?」
「まじで!?
作ってくれるのか?」
「ああ」
リュウの喜びように俺はフッと笑いながら、歩き出した。
「トマト料理といえば、ミートスパゲッティか……。
サーシャ、ミートスパゲッティっていう料理を知ってるか?」
俺は後ろについて来るサーシャに問い掛ける。
「ミートスパゲッティ?
ごめんなさい、知らないかな……」
そうか、と呟き、俺は顎に手を当てた。
となると、この世界にレシピは無いのか……。
そして何より、パスタも無い。
パスタを作るのは、さすがの俺でも無理だ。
まあ、いいか。
とりあえず、今やることは決まっている。
「休息を取ったら、食材を買いに行く。
それでいいよな?」
「分かったぜ!
でも、楽しみだなあ」
俺の料理のスキルについては、親父からでも聞いていたのだろうか?
色々な事を極める過程で、俺は料理にも興味を持ったが、あれは一ヶ月くらい持った。
しかし、まだまだ学びきれことも多かったので、時々資料を集めたりしているのだが、料理は奥が深い。
だが、そんな俺でも、生島の料理には敵わなかったな……。
それにしても、生島はどうしているだろう?
きっと、アイツは、俺がこの世界にいる事を知っている。
情報源は、やはり親父だろうが……。
生島の料理が食べたいな……。
そう、思った。
子供のころは、今のリュウのように生島が料理をして、皆で食べるときは、いつもわくわくしていたっけ?
戻りたいとは思わない。
それでも、懐かしいとは思う。
人を愛せた時代が……。
生島を好きになれていた時代が……。




