グランシュタット 白虎編 2
3
マハードに勝利した俺は、マハードの方に手を差し伸べる。
「貴殿の腕、中々のものだな?」
「アンタもな」
そう、言葉を交わしあう。
「妖魔に対抗するために、身体強化の術を極限まで磨き上げ、切り刻む。
大したものだ」
「貴殿にそう言ってもらえるならば、武人冥利に尽きるな」
俺はマハードを客観的に評価した。
対して、マハードは喜びが伝わりすぎない程度に、笑みを漏らす。
「俺も、アンタらを信頼する。
アンタらの力は確かなようだ」
俺は、屋上に集まってきていた兵士に告げる。
「共に戦おう。
命を賭けて戦うというならば。
俺は、必ずお前たちを勝利に導く。
不満があるもの、覚悟が足りない者は……。
いや、杞憂だな」
誰もが闘志を燃やし、誰一人臆した様子は無い。
「なら、白虎について、知っていることを話そうと思う。
だが、その前に用事を済ませてくる。
待っていてくれ、すぐに戻る」
そして、兵士の中に紛れているサーシャに、話しかけた。
「アンタも、知り合いと話をしたいだろ?
俺は、リュウと一緒に鍛冶屋に行くから、アンタは積もる話をしてくるといい」
「え、でも、私は……」
俺の顔をチラチラ見ながら、サーシャは視線をさ迷わせた。
「気を遣うな、俺と一緒にいるよりは、少なくとも楽しいだろうさ」
そう言って、俺は城壁から飛び降りた。
息を呑む声が聞こえたが、それこそ杞憂だ。
すたっと地面に着地し、俺は歩く。
城門の前に置いてきた馬に積んだ荷物の中から一つの袋を取り出し、口を下にして、縦に二三度振る。
「いてっ!」
という声と共に、リュウが落ちてきた。
「ハルアキ、もうちょっと優しい方法はないのかよ?」
「速さ優先だ。
お前を袋から引っ張り出しても、どうせ、眠ったまま、『もう、食べられないぜ』とか言って、しばらく起きないのは目に見えている」
「そんな事無いって! 何の証拠があって、そんなこと?」
「お前にたらふくトマトを食わせた翌日の朝だ。
お前が幸せそうに寝ているまに、妖魔が来たというのに、俺一人で戦う羽目になった。
まあ、普段のお前は猫の手にもならないくらい貧弱だが、魔力を食らうと少しはやるようだからな。
それなりに頼りにはしている」
「うう、けなされてるのか、褒められてるのか分からねえぜ……」
頭を押さえながらリュウは複雑そうな顔になる。
こいつにも、こんな表情が出来たのか、と意外に思う。
喜怒哀楽の混合などという、高等テクニックが、こいつに出来たとは……。
「好きな方に解釈しろ。
それ、行くぞ?」
「どこにだ?」
こいつは、話を聞いてなかったのか?
城での用事が終わったら、鍛冶屋に行っておくと散々言っていたのに……。
「サーシャはどうしたんだ?」
「隊長と積もる話でもあると思って、置いてきた。
知り合いのようだったからな」
「ああ、隊長って、『巨獣討伐隊』の隊長か?
サーシャと知り合いだったのかあ。
でもさ、ハルアキ、お前、本当に分かってねえな?」
「分かっていない? 何がだ?」
俺が小首を傾げると、リュウは、信じられない。という顔をした。
「サーシャは、お前と一緒に鍛冶屋に行くのを楽しみにしてたと思うぞ?」
「いや、それはないだろ?
アイツは、俺と話していると、すぐにおどおどして、視線を逸らす。
多分、嫌われてるんだろ?」
「だから、お前は分かってないんだっつーの!」
はあ? と、俺は、もう一度首を傾げた。
「ハルアキさあ、実は、俺以上の馬鹿なんじゃないか?」
「失礼な事を言うな、お前より馬鹿な生物がこの世にいるわけ無いだろ」
リュウは、顔を真っ赤にした。
もともと、赤いので、少し色が濃くなった感じだ。
「ふん、もういいもん、大切な事を教えてやろうと思ったのに」
リュウがそっぽを向いてぶつくさ文句を言う。
「そうか、それは残念、さあ行くぞ?」
俺は、それ以上無駄な会話はやめようと思い立ち、歩き出した。
「あ? ねえ、聞きたくないの?
俺、大事な話があるってほのめかしたんだぜ?」
「よく、ほのめかすって言葉を知ってたな?
思ったより賢いじゃないか、だが、お前の無い頭で考え出した大事な話など、俺にはどうでもいい」
「ふんっ! いいぜ! 俺の力が必要になっても、俺はお前を助けないからな!
俺はサーシャの所に行く!」
そう言って、リュウは肩を怒らせ城のほうへ飛んでいく。
俺は、それを見送り、歩き出す。
まあ、アイツの力が使えないのは困るが、それはそれで、戦いようはある。
まあ、親父の命令で、俺に張り付いてた奴だ。
俺は俺自身が嫌な奴なことくらい知っている。
俺に付いているより、サーシャと仲良くしてたほうが、アイツも楽しいだろう。
俺はそう思っていた。
だから、引止めはしない。
それに、リュウに力を与えられるのは俺ではなくサーシャだ。
サーシャに付いて戦うのなら、それが一番ではないか。
戦力的にも、それが一番丁度いい。
契約が切れない限り、リュウはこの世界にあり続けられるのだから。
俺は、踵を返し、目的地に向かった。
4
古ぼけた店、とても優秀な技術者が経営しているとは思えない様相だ。
看板の字は汚れで見えなくなっているし、窓にはくもの巣が張っている。
そして、木造建築なのだが、所々腐っていそうである。
俺はためらわずに、ドアに手をかけた。
しかし、鍵が掛かっているようで、開かない。
俺は、あごに手を当て、どうしようか思案する。
その時、
「あれ、お客さんですか?
すいません、今、開けますから」
子供の声が聞こえた。
見ると、長旅をしてきたような格好の子供がいた。
童顔で線の細そうな顔……。
女の子だろうか?
しかし、顔はすすけていて、目だけが、異常に輝いて見える。
華奢な身体だが、大きなリュックサックには荷物がぱんぱんに詰められ、見た目異常に力がありそうである。
少女(仮)は、トトトッと走って、ドアの前に立つと、リュックサックを地面に置いた。
そして、中を開けると、まさぐり始めた。
「これでもない、これじゃない、これとも違う。あれ? どこにやったけ?」
少女(仮)は、首を傾げて次々に荷物を引っ張り出しては放り投げていく。
「アンタ、ハイリンヒって言う杖つくりの助手かなんかか?」
そんな中、手持ち無沙汰になりそうに思った俺は、そう切り出した。
「いえ、僕がハイリンヒです」
「何?」
俺が、僅かに驚き、意外な声を上げると、ハイリンヒは、慣れていますよ。と言わんばかりに、「僕がハイリンヒです」と、繰り返した。
「初めて、僕に杖つくりを頼んだ人も、同じ反応をしました」
そう言って顔を上げると、ハイリンヒはニコッと笑った。
そして、やっと見つけた鍵をドアの鍵穴に差し込んで、開け放った。
「うわ、ほこりだらけ……」
ハイリンヒは、そう言いながら、ぱたぱたと走ると、全ての窓を全開にした。
「ということは、アンタ、男か……」
俺が、部屋に入りながら言うと、ハイリンヒは苦笑いして、答える。
「初めてここに来た人も、そう言いました」
俺は、少し失礼だったかと思い、「すまない」と、頭を下げる。
「ああ、いいんです。いいんです。慣れてますから」
アルトとまでは行かないが、高い声。
だが、聞いてみれば、確かに、少し低い気もする。
そろそろ、変声期を迎えてもおかしくなさそうだが……。
「よし、掃除だ」
そう言って、ハイリンヒは、リュックから杖を取り出した。
「あの、一旦外で待っててもらえますか? 十分くらいで終わるので」
「ああ、構わない。だが、十分で終わるものなのか? 掃除というのは」
「魔法を使いますから」
「なるほど」
まだ、釈然としないものがあったものの、とりあえず頷いておく。
そして、部屋から出ると改めてこの工房を見渡した。
やはり、薄汚れている。
俺は、しかし、そこに何となく情緒を感じ、目を細めた。
直後、小気味よい音が聞こえてくる。
水が溢れ出したような音、窓のくもの巣がはらわれ、中から、水が飛び出してきた。
随分、荒い掃除だな。
と思いながらも、俺はそれを傍観していた。
次に、ジュワッという音がした。
水が蒸発する音だ。
その後、ざっ、ざっ、ざっ、という何かが擦れるような音がする。
しばらくそれが続き、その音が鳴り終わると、ハイリンヒが顔を出した。
「どうぞ、ご用件を」
ニコッと笑って、俺を招き入れる。
窓を全開にして、暑気を緩和した部屋で、ハイリンヒは俺に笑いかける。
「何の御用でしょう?
杖のオーダーですか?
それとも、魔法剣ですか?
鎧の作成なんかも出来ますけど
他には、鍋や、工具なんかも取り扱ってます」
「何でも出来るんだな?」
「何でもは出来ませんよ、祖父に習ったことと、自分で学んだ事しか出来ません」
謙虚か、韜晦か? まあ、それはどちらでもいい。
「これを、アンタに見てもらいたい」
そう言って、俺は竹刀袋をハイリンヒに差し出した。
「剣ですか?」
ハイリンヒは、興味深そうに、紐を解き、刀を取りだした。
「鞘の損傷が酷いですね?
でも、これ自体には、魔術的な力は感じない」
「呪術的にはどうだ?」
俺が尋ねると、ハイリンヒは、「うーん」と唸る。
「無い、と思いますけど……。
見たことは無いけど、ただの鞘だと思います」
「そうか」
俺が頷くと、ハイリンヒは鞘から刀を抜いた。
「これは、呪術を宿した刀ですか?」
興味深そうに、ハイリンヒの瞳が光る。
やはり、職人なんだな。
と、俺は納得した。
「大分、力が弱まってますけど、これだけの複雑な陣を組んだ剣は見たことが無い……」
「直せるか?」
「直したい……。
むしろ、こちらからお願いしたいほどです。
でも、僕には無理かもしれません」
ハイリンヒは刀を真剣な表情で見ながら思案しているようだった。
「この刀には魔術じゃ力は注ぎこめないんです。
呪術じゃないと」
「魔法剣の作り方は知らないが、何にせよ、これは魔法剣とは違っていて、アンタの力じゃ、直せないってことか……」
「そうなります。
強大な呪術を使える人間が……。
魔導師で言ったら、上級魔導師クラスの呪術師が必要です」
「俺は、呪術が使える。
上級魔導師とも互角に渡り合った。
足りないか?」
俺の問いに、ハイリンヒはしばし沈黙していた。
「貴方、呪術を使えるんですか?」
「ああ、使える」
「じゃあ、ヨルダの民の生き残りですか?」
「ヨルダの民?」
俺が、聞きなれない固有名詞に反応すると、ハイリンヒは説明を始めた。
「その昔、この国にいた種族です。
魔法とは違う力を用い、かなり高い戦闘能力を誇ったものの、その力を軍事には使わず、素朴に生きていた種族です。
ですがある日、その力を恐れた魔導師たちに襲撃され、散り散りになった……」
ハイリンヒは、遠い目をしてそう言った。
「お伽話ですけどね」
だが、付け足すように言った言葉と共に、ニコッと笑った。
「今では、このお伽話を知っている人間すら、そういません。
今、現れている呪術者と、このお伽話を結びつける人だってね。
でも、もしかしてと思って、いや、貴方も自分で気付かないけど、そうなのかもしれませんし」
「かもな。過去に何が起きたかなんて、そう簡単には分からない」
一瞬、俺は別の世界から来たのだから、そんなことはあるはずが無いと思いかけた。
しかし、考えてみれば俺は外の世界から来たのだ。
逆に、ヨルダの民がこの世界から脱出して、子孫を残した可能性だってある。
「まあ、どっちにせよ、呪術を使える人間は、珍しいです。
僕が知る限り、四人しか、呪術を使える人間を、僕は知らない……」
「四人もいるのか? 俺の他に」
「はい、まずは周知の通り、覇王セイメイです」
覇王という大げさな呼称に少し笑いそうになったが、すぐに気を取り直す。
「他の三人は?」
「ミカドという、世界中を放浪する女性です。
ですが、噂程度ですね。
本当にいるかは分からない。
後は、セイメイの腹心の二人。
名前は分かっていませんし、どんな呪術を使うのかも知らないんですが、召喚獣をつれていたらしいです」
「なるほど」
俺は軽く頷き、呪術を使えるというアドバンテージを改めて認識する。
これだけ、限られた人物しか使えないのだ。
今はびこっている妖魔には、魔術は効かない。
そのため、それを倒すことが出来る存在は、かなりの戦力になろうことは予想できる。
しかも、世界に五人しかいないとなると、なおさらだ。
よく俺を旅に出すのを認めたな。
と、俺は心の片隅で思う。
あの王も、思ったよりはこの国を憂いているようだ。
「すいません、僕、呪術を見たことが無いんです。
見せていただけますか?」
不意に、パッと目を輝かせるハイリンヒに俺は首肯し、「外に出よう」と言った。
ハイリンヒは頷き、俺を急かすように服の袖を引っ張ると外に出た。
手を掴まなかったので、それほどでもないが、袖を引っ張るという行動からすでに、何となくハイリンヒが物怖じしない性格、または、無頓着な事に気付く。
俺でも気付いたくらいだから相当だ。
それとも、ただはしゃいでいるだけか?
どっちにしても、俺のする事は変わらない。
外に出て、辺りを見渡す。
街のはずれにあるこの場所、木々が生えハイリンヒの工房を侵食している。
うっそうと茂った木や草の数々が、不思議な印象を与える。
俺は、わくわくと目を輝かせるハイリンヒの方から身体をずらすと、右手を前に出した。
「呪術の基本は、五行、または、方角だ」
「属性のことですね?」
俺は、「そうだ」と、話をさしはさむハイリンヒに頷き、更に説明を続ける。
「五行は、水、金、地、火、木の五種類。
方角は、基本が四種類、複合を合わせて八つ」
「なるほど……。
魔法と似ているな」
ハイリンヒは興味深そうに言うと、あごに手を当てた。
「じゃあ、あの印はそういう意味だったのか……。
五つの属性があるのは何となく察せられたけど、あの四つの印が、何のことか分からなかった……。
そうか、あれは四つの方角を表していたのか……。
となると、通力を送る際に、順番に気をつけないと、百パーセントの力を引き出せないかも」
ハイリンヒは、あごに手を当て、ぶつぶつと喋っている。
ふと、俺が見ているのに気付くと、ハイリンヒは、恐縮した様子で、謝った。
「すいません! えっと、どうぞ!」
それが呪術を使えというサインだと推測した俺は、腕に炎を灯した。
そして、左手に迸る水球を作り出す。
その両方を投げ、空中でぶつかり合わせ、水蒸気爆発を起こす。
高度は、約三十メートルなので、周りに被害は出なかった。
次に、俺は地面に手を置き、側にあった樹木に通力を送り込む。
瞬間、樹木が動き出し、俺の前に屹立する。
俺は目を瞑り、詠唱を始める。
「五行の一つ その名は金剛 顕われ出で 輝きを放ち 大地を揺るがせ 金勢激震」
俺の詠唱が終わると、俺の手に、刀が現れた。
俺はその剣を真横に一閃し、樹木を切り裂いた。
瞬間、剣がどこかへ霧散する。
俺は、フッと息を吐き腕を下ろした。
「これが、呪術……。
あんなに少ない詠唱で、金属を生み出すなんて……」
俺は、目を見開くハイリンヒに、首を振って、応じる。
「大したことじゃない、すぐにどこかへ消える。
実戦では使えないな。
それに、すぐに霧散するから、何かを製造するのにも向いてない」
「そっか、そうですね……」
ハイリンヒは納得顔で頷くと、首を捻った。
「専用の補助具があれば、あるいは……」
再びぶつぶつと話し出すハイリンヒを俺は無表情に観察していた。
どうも、考え出すと、止まらなくなる性格らしい。
技術者根性と言うか、なんと言うか……。
「よし! じゃあ、ちょっと練習しましょうか?」
不意に、ハイリンヒが喋るのを中断して、俺に笑顔を向けた。
「何の練習だ?」
「あの剣を元に戻すには呪術が使える技術者が必須です。
貴方を、一流の技術者に育て上げないと!」
スパルタが始まりそうな気がした。
しかし、俺は難しいことにチャレンジするのを生きがいとしていた人間だ。
むしろ、楽しそうだと思った。
だが、
「済まない、仲間を待たせていてな。
ちょっと、待っててくれるか?」
「はい、いいですよ」
ハイリンヒは、にこりと笑う。
「じゃあ、すぐに来る」
そう言って、俺はその場を後にした。




