中
彼女が見たいと言った、万華鏡。
前に食べたとき、また食べたいといっていたケーキ。
そして、今まで撮ったたくさんの写真。
それから、とにかくたくさんの色をもつ花たち。
どれもこれも、この日の為に用意したものだ。
少しでも気に入ってくれたら……彼女が笑顔になったなら、俺はもう満足だ。
さてと、花とケーキを受け取りにいってくるか。
少し病院から離れたところにある喫茶店。そこで売っていた期間限定のミルフィーユ。
今回はマスターに無理いって特別に作ってもらった。頼み込んだ末、「仕方ないなぁ、そこまで言われたら断れないよ」といってくれたマスターには、感謝してもしきれない。
細い路地裏の道を進むと、寂れた通りには少し場違いだと感じてしまうモダンな外観。店内はシンプルなデザインのカフェテーブルが、一見乱雑に並べられているがそれがなんとも絶妙で、なんとなく大人の隠れ家のように感じる。
「すみません、予約を入れたものですが……」
カウンターの奥。小さな調理スペースで作業に没頭している店長さんに声をかける。
「あ、あぁ。まってたよ、ミルフィーユの子だよね」
彼はそういうとカウンターの奥へと消えていった。
戻ってきた彼の手には、明らかにミルフィーユのサイズではないような大きな箱。
まさかと思いたずねてみると、ビンゴ。
「いや、あの後考えたんだけど、あんなに頼んだのは、自分の為じゃなくて、誰か大切な人の為なんじゃないかなぁとね」
実際そうだからうんともすんとも言うつもりはないが、その考えに至った理由には興味がわいた。だが、このタイミングでそのことを聞いたらあっていると言っているも同然だ。
そんなことを思っていると、何を感じたのかニヤリと口を弧に歪め、謎解きを得意気に披露しはじめた。
「このミルフィーユはね、うちの店で出したものの中でもずば抜けて人気がある商品で、期間がおわった今でもリクエストするひとがいるんだよ。だから最初は君もその類じゃないかと思ってたんだけどね、話を聞いてみるとなるべく二つ作って欲しいとか、一つだけでもお願いしますだとか。普通一つしか頼みには来ないのに変だなぁって思ってさ」
彼は人差し指をたてながら探偵のようにテンポよく喋り続けた。
「で、お客さんの中に近くの病院で働く看護士の人がいてね……まぁ、後はわかるよね?」
僕はそうですかと興味なさげに一言だけ返した。
そして、その見透かしたような態度が少しだけ気にくわなかったので、
「彼女がよくなったら、二人で食べに来ますよ。だから、その時はまたミルフィーユ、作ってください」
という、無理なお願いを残していくことにした。
それからその喫茶店では、終了期限未定の期間限定でミルフィーユが復活したらしい。




