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天地望加  作者: メオン
7/10

第七話 一難

2013/1/17 前半部分を改定。学校へ行く理由の明確化。

「ふふふ、似合ってるじゃないか。可愛いぞ。」


 前略、テラに殺意が沸くんだがどうしたらいいだろうか? 誰か教えてくれ。検索サイトは何も教えてくれない。

 翌日清清しい朝日の下をテラを連れて歩いている俺だったが、気分はその正反対、どしゃ降りの雨の中を雨具無しで3時間歩いたような状態だった。怒りと羞恥に高ぶる身体に足元を通り抜ける冷気が気持ちいい。

 それもこれもこいつのせいだ……と頭の横に垂れ下がっているそれを手で引っ張り、俺はため息を付く。

 そもそもの原因はもうすぐ4月だってのに颯爽と現れた寒気なのだが、人間目に見えない物やどうしようもない存在より、目先の物に怒りを抱くものである。


「しかし、いくら涼しいとは言えパーカーまでしっかり着込む程か?」


 後を付いてくる、自重しない駄猫にため息を付きながら、やり場の無い怒りをテラ爆発しろ、と心の中で告げる事で逃がす。

 幼児や猫は人の嫌がる事を理解した上でやる事があるとは言うが、爆弾を抱えた所に突っ込む所のは如何なものか。


「知っててそれを言うのは正直性格悪いと思うぞ、テラ。」

「そうは言ってもな……私はお前が何故そこまで嫌がるのかが理解できないからな。それにその程度で嫌がっていては先が思いやられるぞ?」


 そのうち同年代の子供が集った教育機関に行くのだろう? というテラの言葉に足取りはさらに重くなる。

 狩野 芹弥。内気で友人は少なく、外で遊ぶよりも家で絵本やライトノベルを読む事を好む、兎好き。よく遊ぶ友人にかなちゃんとるみちゃん――田中 華奈と鈴木 くるみがいる。それが俺が知っている彼女の情報。現在の自分の姿であり、謎の失踪を遂げた自分とは似ても似つかない別世界の存在。

 失踪に怪奇が関わっているのならば、その前に強い想いを抱いた筈。それが芹弥という少女であったのか、それ以外の人物であったのかは不明だが、それを知る為にも学校へ行く事が近道。

 心臓が締め付けられるような感覚に思わず左手を胸に強く当てる、肉付きの薄くなった胸板から早鐘のように鼓動が伝わり、それがさらに不安を掻き立てる。


「学校……か、そうだな。この身体は小学生、それも女の子……」


 気分と共に落ちた視線に、白いレースで二段になったスカートが映る。手を顔の横に伸ばせば、ぷにぷにと肉球を模した飾りの感覚が帰ってくる。その飾りの先には兎耳の生えた帽子が繋がっている事など見なくても分かる。先ほどまでそれで憤っていたのだから。

 こんな衣服が似合う人々が集る未知の世界、溶け込めなければ即座にいじめの対象になる閉鎖社会。

 しかも今の性別は女性、陰湿化すればどんな恐ろしい事になるか想像も付かず、それがさらに恐怖を煽る。

 服装の問題など、それこそ軽いくらいに。


「……学校には私も付いていこう。それなら問題が起きたとしても助けられる。」


 そんな俺を見て何を思ったのか、尻尾をくねらせながらそう告げる。

 顔を上げれば視線がテラの透き通った青い瞳と合う。テラがいつの間にか俺の前に浮いていた。

 そんな簡単に解決できる問題ではないというのに、一体何をどうやって助けるつもりなのか、無責任な猫は続ける。


「私は女性だからな、ほら、心強い味方だろう?」 

「お前が女性だったというのは初耳だが……そもそもどうやって付いてくる?」


 そう俺が尋ねると、猫が何処か小馬鹿にしたように鼻で笑う、得意げに動いている尻尾を無性に握り潰したい。


「杖に視認妨害の魔法があっただろう? それの応用だ。

人は自分の好まない存在、常識外の存在には拒否的になるからな。異世界人で二足歩行の空飛ぶ猫など常識外の最たる物だろう。」


 後はその想いを増幅してやるだけさ。そう告げるテラの言葉に違和感を感じつつも、魔法の杖があるのならそれもありなのだろう、と納得する。

 しかし、それはそれで別な問題が発生する事にテラが気が付いているのだろうか?


「それってつまり、お前に話しかけると俺は怪しい人?」


 尻尾の動きが止まる。

 俺が話しかけているテラは他の人には視認されない。見えない何かに話しかける人を普通の人は何と言うか。

 そういえば、季節の変わり目には変人が沸くとはたまに耳にするな……と懐かしい気分になった。


「そうか、見えてないから虚空に話しかけてる事になるな。その発想は無かった。」

「おいおい……」


 呆れて物も言えないとはこの事か。胡乱げに視線を向けてやれば、視線を逸らした猫の姿。

 幸い今はこの付近に人がいないから恥かしい思いはしないで済んだが……気をつけよう。そう心に誓うのだった。


「まあ、あれだ。まだ時間はある、その間に対策を考えようじゃないか。

それより足が止まっているぞ。桜の木が見事な神社に行くのだろう? まあ行きたくないとお前が思うのなら、行かなくてもいいのだが……

私は出来れば行くことを進めるぞ、お前と桜が見たいのでな。そもそも桜というのはだな……」


 指摘されて始めて足が止まっていた事に気が付く。

 耳や尻尾がピクピク動かしながら、あれこれ桜について語り始めるテラを何処かおかしく思いながらも、俺は再び歩み始める。

 誤魔化された気もするがそれでいいと思う自分もいた。この問題はまだ少し先の話だし、学校に行くだけが手ではなく、登校は絶対事項ではないのだから。

 

「虚空に話しかけている兎少女なら、月に向かって話しかけていると言えば良い。可愛いければ許される。」

「訳が分からん。後可愛い言うな。」

「それこそ訳が分からん。可愛い衣服が似合うというのは一種の特権だぞ? 着たくても着れない悲しみを抱く人だっているくらいだ。

それが分かったらとりあえずそのパーカーを脱げ。もしくは首元に折り込んだ、その兎の顔の形をしたフードを外に出せ。」

「断る。 テラは着たくなくても着せられている悲しみを抱く俺を理解するべきだ。」

「私がそれを理解していないとでも? 笑わせるっ! ならば貴様に教えてやろう、女の子に課せられた黒歴史という名の幼い頃の記憶を!」

「残念だったな、幼い頃の記憶と言う物は、男女問わず誰にも知らせずにひっそりと闇に葬りたい代物なんだよ……!」

「ほほう……言ったな? その言葉、我が記憶を聞いた後でも言えるか楽しみだな……!」


 小鳥の囀りが彩る平和な朝の道を、そんな阿呆な会話をしながらも進んだ俺達。

 その視界に舞い散る桜の花びらが、自分を何処か優しい気分にさせてくれる気がした。




「死にたい」


 後悔先立たずとはまさにこの事か。神社への道すがら、恥かしい過去を暴露し続けた末にテラが発した一言がこれである。だが言わせた俺も悪いが、ぺらぺらと喋って自爆したこの猫は馬鹿だと思う。

 だらん、と尻尾を垂れ下げながらぼそりと呟く姿も、頭に乗った桜の花びらのせいで笑いを誘う。

 そんなテラにほんわかとした気分になりながらも、口元に手を当てながら小声で慰めつつ、テラを引き連れて境内を進む。

 人数は多いとはいえないが少なくも無い。今まで通り喋って不審に見られるのは遠慮願いたい。


「……必要だったんだ。あれは必要……頑張ると決めたのだから……」

「何か言った?」

「いや、なんでもない。 で、神木とやらは何処だ?」

「この位置からだと……見えないか、奥に行こう。」


 何か呟いていたテラが気になりはしたが、無理に聞く必要も無いか、と首を捻りつつもテラを引く。

 この神社はあの有名な天照大神を祭っているのだが、それにしては大きいとはいえない。

 俺が子供の頃にたまに遊びに来ていたくらい、つまり子供が遊びに来てしまう程度の規模と雰囲気しかないのだから。

 しかし、この神社には地元民以外でも有名な点が一つだけあり、それが樹齢1000年を越えると言う神木の桜である。

 この木は何故か境内の端の方に位置しているが、遠目からはしっかりと地に根を張り、真っ直ぐと天に伸びる巨大な姿で力強い印象を与え

 近くからは周囲に咲く若い桜木と合わせて幻想的な風景を作り出す。桜大好き民族垂涎の花見スポットだろう。

 そんな桜の魅力は、目をまん丸に見開き、感嘆の声を上げて固まるテラの姿を見る限り、どうやら猫や異世界人にも有効だったようだ。


「そうか、これがあの有名な……立派な物だな。」

「待て、有名って何処で有名なんだ。テラはこっち来てから5日目じゃなかったか?」

「天球でだが? 地球の桜は有名だぞ?」


 しれっと真顔で答える猫の予想外の言葉に、今度は俺が目を見開き固まる事になった。

 異世界人にも有名だったとか、桜すげぇ…… とでも言えばいいのだろうか。道理で桜に詳しいわけだ、じゃない、なんで異世界の天球世界で桜が有名なんだ!

 内心大混乱な俺の姿が面白かったのか、笑いを含んだ声でテラが続ける。


「人形騒ぎで私が魔法少女と言っていたのを忘れてたのか? 天球人は地球文化を知っている。むしろ、流行になった事すらあるな。」


 ちなみに知られていないだけで、逆もあるんだぞ。と驚愕の事実を垂流す猫型生物。

 そんなテラの言葉と共に高ぶる感情と混乱は、唐突に訪れた横合いからの衝撃と共に中断された。

 

「りのちゃん! 久しぶり!」


 その言葉に視線を向ければ、色素の薄い茶色がかったセミロングの髪の毛を波打たせながら、満面の笑みでこちらに抱きついてくる女の子の姿。

 知り合いのようだが、こちらは知らない。唐突に現れた時間切れに焦りを覚えつつも思考をめぐらせるが、何も出てきやしない。

 対応に困って言葉を詰まらせる俺に、何を思ったのか彼女の口から只管に明るい声が飛ぶ。


「大丈夫、怖い人じゃないよ華奈だよ! りのちゃん、大丈夫だった?」

「だ、大丈夫……?」

「本当に大丈夫? りのちゃん無理してない?」


 そう心配そうに尋ねる彼女が、何を心配しているの分からなかったが、そういえば芹弥は失踪していた事になっていた事を思い出す。

 自分が芹弥でない事に後ろめたさを感じつつも、本気で心配してくれる彼女を安心させる必要を感じ、言葉尻を削っただけのその場凌ぎの台詞を組み立てる。

 

「見ての通り大丈夫。ありがとう。」


 そう告げると同時にじっと真顔で視線を合わせてくる華奈に、目を合わせているとやがて安心したように微笑んでくれた事にほっとする。どうやら上手く言ったようだ。

 ……ただその直後に、視線を合わせた時の状態から、自分が華奈を見上げているという気が付きたくない事実にさらに陰鬱になったのだが。

 そんな自分を見て何を思ったのか、尻尾をくねらせつつにやにやしているテラはこの際無視する。最もその動きも即座に凍結する事になったのだが。


「それならよかったぁ。 ところでりのちゃん。この空中に浮いてる猫さん何?」

「「え?」」


 時間が凍るとは、こういう事を言うんだなぁ。

 そうしみじみ思いながらも、この修羅場を切り抜ける言い訳を模索するため、俺は痛む胃を手で押さえつつ、必死に思考を巡らせる。

 ちなみに必死に解決法を探す脳みそが最初に生み出した言葉は――視認誤魔化せてないじゃねぇか、この駄猫。3秒以内に爆発しろ。だった。

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