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天地望加  作者: メオン
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第六話 薄暗い見通し

 落ち着かない異世界の中心へと、テラと二人で帰ってきた俺は歩を進め、中央に敷かれた絨毯に座りこむ。

 剥き出しの地肌に意外と柔らかい感触が返ってきた事に驚きつつも、持ってきた兎のぬいぐるみをベッドに投げる。振り返ればテラが丸机の上に浮き、青く透き通った瞳で静かにこちらを見つめていた。


「先ほども言ったが、本当にいいのか? 私の手伝いをして貰えるのは助かるが、危険であるのは違いないんだぞ?」


 そう続ける猫の揺れる尻尾、作り物らしいがあれは感情で動いているのだろうか? そう外れかけた思考のまま言葉を返す。


「変化した理由が別の怪奇の可能性があるんだろう? それに芹弥という少女が見つかるかもしれないんだ。やるしかない。」

「それはそうだが……」


 言いよどむテラに、梳かされてさらさらと流れる自分の髪の毛になんとなしに手をやりつつ、俺は言葉を続ける。


「それに、怪奇が起これば人死にが出る。俺が動けば人助けにもなる。知った上で動かないのは目覚めが悪い。」


 おまけに防御機能がチートに感じられるほどで、コスチュームも今の服装よりはよっぽど落ち着いたもの。となれば残るは面倒な事くらいで、断る方が珍しいと思うんだが……

 この問答、下で俺が着替えさせられ、髪を梳かされ、芹弥という今の身体の持ち主の話を一通り聞いた後から、今後について会話し始めた段階から続いているのだ。

 目を横に流せば、兎が10に針が重なった時計を俺に突きつけている。テラが慎重なのは良く分かるが、そろそろ諦めて欲しい所だ。


「……分かった。だが、あくまでそちらの善意で続けて貰うんだ。いつ切り上げてもいいんだぞ。」


 しぶしぶ、といったていでそう続けるテラに、俺は今後について早々に尋ねると、頷いてテラが概略を説明してくれる。


「この世界には魔力が溢れている事は説明したな?」

「ああ、でその魔力とやらが集まったのが例の怪奇だっけか。」

「うむ。だが魔力というものはある程度の偏りはあれど、一箇所に都合よく固まっているわけではないんだ。

 発生しそうな地点はある程度分かるが、それが何時、何処で、誰が起こすかは分からない。ついでに事前回収も不可能だ。

 現象化する時に周囲の魔力をかき集めてくれるから高濃度化しているが、その前ではちょっと濃度が濃い程度だからな。」


 やれやれ、と続けるテラの言葉を聞く限り、事態は思ったより大変なのかもしれない。


「なんで事前回収ができないんだ?」

「君は国中片っ端から掃除機をかけて歩く行為ができるのか? しかも掃除機の電力は自前で、一日あたりの限界有りだ。」


 なにか凄い気が遠くなりそうな作業に思えてきた。……待て


「魔法って限界あったのか? 想いの力とか何とか言ってただろ?」

「ああ、説明してなかったか。あの魔法は君が持っている魔力と近くの大気中にある魔力を混ぜ、そこに想いを添加する事で発現させているんだ。

 杖の魔法も似たようなもので、こういう魔法を発動させたい という構想をあらかじめ杖に仕込んでおき、添加してるわけだ。そして、想いを現象化する事にはそれなりの魔力がいる。」


 想い描いた事が片っ端から現実化したら怖いだろう? と笑いながら続ける猫。

 得意げに揺れる尻尾を見ながら、何故か俺はチェシャ猫を思い出した。


「要するに使い過ぎれば使えなくなる。

 防御に使った自動防御みたいな本人の想いに忠実な魔法は、杖の魔法が使えなくなっても暫く使えるがな。

 大気中の魔力の比率が多い分、消費も少ないからと言われているな。」


 何か奇妙な感じがする。要するにMP制みたいなものだとして、使用者と世界にそれぞれMPがあるわけだ。

 で、魔法が使えなくなる=MP切れとするならば、消費が少なくなったとしても残りMPは変わらない。つまり精々数回程度なんじゃないか?

 そう聞いてみると、腕を組んで少し考え込んだ様子を見せるテラ。


「魔力が完全に空になるまで魔法を使う事ができないらしいからな。

 魔力不足になると発熱や悪寒、咳といった症状に襲われる事からして、魔力が生存に必要な要素である事は間違いない。

 推測だが、体の防衛機構が働いて魔法が使えなくなるが、魔力消費が少ない場合はその機構の監視が甘いのではないか?」

「推測? 魔力切れって何か風邪みたいに聞こえるんだが……」

「武器化し生活に取り入れている私たちも、魔力について完全に分かっているわけじゃないんだ。

 君たちの風邪も魔力切れかもしれないな。何せ天球では魔力で病に繋がる原因を排除しているわけだからな。」


 そういえば病が無いって言ってたな……変わりにモンスターがいるらしいが……

 ちらりと半周している兎の時計を視界に入れると、俺は話を戻すようテラを促す。すると尻尾が垂れ下がったり耳もへにょっと寝てしまった。語り好きなんだろうか? ファンタジーな天球世界についてもっと色々聞いてみたい気もするが、本題に入れないままでは困るんだが。

 

「むぅ……。まあやる事は単純だ。現象化して集まった魔力を叩き、集める。つまり待ちだな。現象化すれば私が察知できる。」


 魔力集めが目的だっただけに、それの察知はできるって事か。しかしそれだと……


「芹弥が攫われた時も気が付いていたのか?」

「いや……」


 そこでいったん言葉を切るテラ。尻尾はゆらり、ゆらりと揺れ始める。

 その揺れる尻尾に合わせる様に、小さなしかし確かな不安の種が生まれゆくのを感じる、何かを悩んでいる? 言えない事があるのだろうか? 


「私が来たのは3日前なんだ。」


 ただそれだけを告げたテラの言葉は、俺の心にしっかりと種を根付せたのだった。

 



 ただ待っているだけでは暇なだけ、付近を覚える事も兼ねて周囲を探索してきたらどうだ?

 そんなテラの言葉に従い、昼食を食べた後に昼の町を歩こうとし……その旨を桜さんに伝えたら見事に止められた。

 どうも行方不明になっていた娘が帰還した扱いであるため、あちこち回らないといけないとか。

 町を歩くならその後、明日からかしらね、との事。一人歩きも却下されたが、意外にもテラを連れて歩くならばいいらしい。

 そんな事で俺は車に乗せられ、警察にて簡単な取調べを受け、現在大きな病院に辿りつく。

 ちなみに、警察では特に描写する事もなく……しいて言うならこちらが答える前に相手の手が動いていたくらいか。当たり前だがカツ丼は出なかった。

 病院は身体検査……まあ失踪云々以前に、人形に追いかけ回されるわ、何処かにしまわれていたっぽい発言があったから、自分でも納得の場所ではある。

 そんな事より問題なのは……


「お母さん、一人で歩ける、手離せ。」

「だーめ。」

 

 手を引かれて歩いている事だろう。お母さんは諦めた。そもそも対外的に娘として扱われているので、下手な呼び方では変な顔をされる、それは俺が余計に恥ずかしい。

 言葉使いも気にしないと問題なんだろうが……事実進行形で口を引っ張られているが、そこは努力するしかない。幸い乱暴な言葉使いをしても、周りの視線は奇異を見る目ではないから急ぐ問題ではないだろう……小さい姿って便利だよな。畜生。

 ひりひりする頬に片手を添えながら改めて見上げて懇願する。柔らかい頬は自分で触っても気持ちいいものがある。


「手離して」

「はいはい、病院なんだから静かにしなさい。」


 笑顔で流されてしまった。このまま引き下がるのは悔しいし、行動に出ずして得られるものは無い。言葉だけで無理なら力で主張してみる事にする。手を振り、足でブレーキをかけるように体重をかけ、一言。


「はーなーしーてー」

「駄々こねると見っとも無いわよ~?」


 その言葉にはっと周りを見渡せば、生暖かい目が俺を突き刺す。恥ずかしさに顔を背けると、くすくすという追撃が心に突き刺さる。

 しかも桜さんに視線を戻せば、両手を広げてこちらを見下ろす体勢が見て取れ、囁かれる抱っこして持っていこうかしら、という必殺技の詠唱に戦慄させられる。

 バッドエンド一直線の状態を回避すべく、即座大人しく引かれて歩けば念願の手が離されるが、すぐに頭に載った手で追い討ちがかけられる。

 ……走って逃げる選択肢は……無いな。悔しさを胸にそうため息を付き、髪の毛の間を通る指の感覚に身を委ねる俺だが、今更ながらに気がついた事がある。

 慌てて見あげると、自分の頭が桜さんの胸の高さに届いていない事が見て取れる。横を見て、座っている御爺さん方よりは流石に高い事に安堵するも、頭一つ分程度の差しかない。

 部屋を見た時に小学生程度である事は予測出来たが、一人で寝起きしていた様子だったために油断していたようだ。予想以上の低さに引きつった笑みを浮かべつつ、俺はあちこちにある本や文字を確認する作業で暇を潰したのだった。

 

 


 文字が読める事が良く分かって安心した俺は、 おとなしい子と言われる事に若干不機嫌になりつつも、検査を順々に進めていった俺に、特に大きな問題は起きなかった。

 そこで安心するのは早計かもしれないが、少なくとも身体が変わった事で文字が読めなくなる、という事は無かったと、数々の漢字が俺を大いに安定させてくれた。身長が低い事もあって尚更だ。

 しかし、検査といえば対児童で伝統の天敵が存在するわけで


「はい、ちょっとチクっとするだけだからねぇ、落ち着いて~大丈夫だからね~。」


 子供の大多数が嫌いな注射機先生の出番である、ちなみに今回は血液検査。

 消毒液の鼻を刺す刺激臭は鼓動を嫌でも加速させ、横で身構える看護婦さんが恐怖を誘う。おまけに桜さんまで身構えるとなると絶望すら感じる。どうやら芹弥も大多数に漏れなかったようだ。

 身を固める自分に大丈夫、大丈夫と笑みを浮かべながら着々と準備を進める医師も中々恐ろしいものがある。仕事だからしょうがないんだろうけど……早まる心臓を、差し出していない左手で胸を押さえるようにして無理やり押さえつける。


「はい、力を抜いてね。そう、はいチクっとするからねぇ」

 

 言わずにさっさと刺せ、余計怖いだろソレ、とイライラしながら待っていると針が無事に入る、赤い液体が増えていく光景に思わず安堵する。視線を送れば女性陣も同様のようだ。その瞬間に意趣返しに泣く案が脳内会議に提出されるも、俺の大事な何かが壊れる気がするというプライドさんの主張により即座否決された。


「はい、終わりですよー。よく頑張ったねぇ偉いねぇ」


 暫く抑えておいてくださいね。という看護婦の言葉を横に出口に向かうと目の前に壁がそそり立つ。


「おっと、ごめんよ。大丈夫だったかい?」


 倒れこんだ俺を覗き込むのは目に隈があり、よれた服を来た男性だった。

 肉付きはそれなり、太ってはいないようだが鍛えているわけでもなく、決して不細工ではないが格好良くもなく、といったところか。そうぼんやり観察していると、その男はこちらから視線を逸らし、顔色を変えずに俺の身体を両手で持って起こしてくれた。

 自分どんだけ軽いんだろうか……と、嬢ちゃんごめんねと言い残して去っていく男の後ろ姿を見ながら考えつつ、いつの間にか横にいた桜に手を引かれ、その場を後にしたのだった。

 ……あ、謝り損ねた。

 



 何は兎も角、大きなトラブルもなく無事に俺は病院を後にした俺だが、赤い屋根の極普通の二階建ての一軒屋……自宅へと戻った時には外でチャイムが鳴っていた。時間的にテラと町へ出かけるのは不可能、というか出して貰えないだろう。

 とりあえず風呂荒い程度の手伝いは行って夕食を待つ。スポンジと洗剤を用いて磨き、シャワーで流す程度の作業だが、しゃがむと満杯に湯が張られた浴槽で水没できる事実が判明して地味に凹む。


「桜さんお風呂洗い終わった」


 と、声をかければ若干気落ちした様子で答えてくれた。何で気落ちしているかは理解できるが、実行はしない。風呂場の横の洗濯機の上で寝そべるテラの視線が気になるが、実行はしない。


「病院を出てから不機嫌な気がするんだが……程ほどにな?」


 強情張るのも可愛く見えるぞ、と尻尾をふりふり突っ込んでくる猫を浴槽に入れるには一体どうすればいいだろうか……?

 そんなささやかな復讐を胸に、風呂場を後にし、テレビなどを見ながら暇を潰していれば夕食が出来あがるが……

 

「注射の次は茄子か……」


 にっこりと笑みを浮かべる桜さんを見る限り絶対にわざとだな。野菜炒めに投入してきた辺り増やしたのかもしれない。カリカリという音を背景に気をとりなし、箸を進めるも……

 口に入れて即座に分かる苦さ、差し出されるお茶を受け取り、口の中を流す。


「やっぱり駄目だったかぁ……」


 いけると思ったんだけどなぁと、しみじみと呟かれた一言をしっかり耳で捕らえた俺だが、元から苦手だったという事はプライドの為に言わないで置こうと思った。味噌汁に細かく刻んで入れられていたそれもしっかり撤去した時の残念そうな顔を見たときは、何かに勝った気分になった。茄子さえしっかり避ければ美味しかったです。


 そんな小さな攻防の後、夕食前に湯張りを始めたお風呂へと、桜さんが夕食の片付けをしている間にさっさと衣服を脱いで入ってしまう。浴槽に入ると湯張り中のお湯の熱では足りなかったのかまだ肌寒かった為、即座にシャワーを出して身体を暖める。ついでに身体を洗い始めるが特筆すべき点も無い。精々髪の毛がシャンプーを洗うのに3プッシュ必要なくらいか。

 性転換ものと言えば裸体に興奮くらいのテンプレはあるが……姿見に映るぷにぷにの身体は幼さをはっきり伝えてくるし、こちとら元妹がいる兄の立場である、起きる筈も無い。むしろ小さい頃の妹を思い出したくらいだ。

 俺が消えた世界では妹はどうしているのだろうか……と憂鬱な気持ちになりながらも、用事を済ましていると頭に電流が走る。

 現在が3月、俺が消えたのは8月。あの時、あの場所で妙に小さい女の子が黒猫のぬいぐるみを持ってはしゃいでいた。現状は飲み込めないが、もしもこれが過去に逆行したとかならば……防げるかもしれない。遭遇した現象が同じであるのが不可解だが、8月のあの場所には行って見る価値はあるかもしれない。

 あの黒猫は今思えばテラに似ている気がするな……と連想を続けながらも、得られた希望に高揚しつつ用事を済ませ


「芹弥~、着替えはここに置いておくからね。後浴槽に浸かって10数えてから出なさい。」


 着替えを持ってきた桜さんと鉢合わせ、満面の笑みで渡されたそれを前にし、俺はこみ上げてくる何かに視線を上げつつ再度風呂場へと戻る。

 ……水色のパジャマは兎柄に、パンツも兎柄ってどんだけ兎好きだったんですか芹弥さん……

 風呂場から出るには、もう少し時間がかかりそうだった。

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