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天地望加  作者: メオン
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第四話 混迷

 それから暫くして、人形は満面の笑みで消えていった。テラ曰く、想いが実体化したものだから、友人になりたいという想いを実現させて消滅したんじゃないか?との事。よくわからん。

 なんだかんだで時間が掛かっていたらしく太陽が傾き始めた裏路地で、現在俺は途方に暮れていた。


「元に戻らない、と言われてもね……君が男だっていう話の方がまず驚きなんだが……」


 そう、人形全部片付けたら男に戻るかと思ったら、全然元に戻らなかったのだ。人形に聞いておけば良かったか?と後悔するが、即座に人形が原因なら倒した時に、死んでない限り状態は解除されるとの事。


「とりあえず元に戻って、何か持ち物に特徴がないか調べよう。解除方法を教えてくれ」


 そう言う俺の言葉を聞くや否や、何故かテラの奴がきょどきょどと慌て始める。


「あ、えーっとだな……変身は解かないほうがいいと思うぞ?」


 何を隠しているのか、変身に何かデメリットでもあったのだろうか? 危機的状況だった事もあり、深く考えていなかったが……急速に膨らむ不安を胸にとりあえず睨み付けると、テラは盆踊りのような儀式を始めた。何なんだ? と思った矢先に慌てたように言葉を紡ぎ始めた。


「あー、ほら、君汗だらけでびっしょびしょだっただろう? 風邪引くぞ。」

「それより状況を調べる方が先だろう。それに後で変身しなおせば良いんじゃないか?」

「いや、不味いから、戻るのは不味いから。状況が状況だから気が付いてなかったんだろうが! 不味いから!」

「男が女の子の身体にっていうなら今更だろう。と言うことで教えろ。」

「そうじゃなくてだな……私は君の名誉の為に……あーもー。分かった。そんな目で見るな。教えよう。……どうせ分かるからな。」


 何か不穏な事を言っている気がするが、悪意は感じられない。渋々止め方を教えてくれるテラに言われるままに、宝石の部分を持ち、魔杖起動停止!と宣言する。

 すると杖が元の鳥の羽に戻り、俺の姿も元の姿に戻る。上は薄茶色のカーディガン、下には膝丈くらいのスカートと何の変哲も無い姿だ。濡れた下着が気持ち悪いが、さっさとポケットを漁り、現在の肉体の持ち物に何か無いかと思ったが……この女の子、何も持っていない。

 人形の台詞からせりや という名前なのは推測できるのだが……。手ぶらという事は近所の子なのか?

 そこでふと気が付く。濡れているのが下着だけでなく、スカートもである事に。

 思い出して欲しい。俺が目が覚めた時の事を。


「気が付いたか……あー泣くな泣くな、文字通り死ぬような経験だったんだからおかしくもないだろう? ほれ、とりあえず変身しとけ。散々泣いたんだ、目元も赤いし、喉も渇いているだろう? 先ほどあった公園に行こう。ついでに足を洗うといい。」

 

 夏にしては風が涼しく感じるほどに体温が上がり、涙目で動けなくなった俺に、テラさんは実に優しかった。




 公園で一通り用を済ませた俺は、とりあえず本来の姿である七五三掛家に戻る事にした。

 とはいえ、この姿で電車を乗るのは色々大変だし、それ以前にお金が無い。そこで出たのが魔杖である。杖に搭載された視認妨害と飛行を使うのだ。人に見られなくないり、空を飛びたいという願いは天球人でも当たり前にある事に感謝しつつ、改めてこの杖はチート性能だと思った。

 杖にまたがって飛ぶ必要も無く、(恐かったので低空ではあるが)空を割りと早い速度で飛んだ俺は夕日が沈む前、薄暗い時間帯には家に戻る事が出来た。そのままテラを頭に、実家に戻ろうとし……人形に追い掛け回された時並みの恐怖を味わう。


 実家の扉が開き、出てきたのは七五三掛 橙吾。その人だったのだから。


 買い物にでも行くのか、自転車に乗って去っていく姿を眺めながら、固まった身体を他所に思考は次々と不審点を見つけていく。

 俺は今コートを羽織っているが何故暑くないのか。少女は何故夏場にカーディガンなど着ていたのか。そもそもあれだけ暑かった筈の空気が今や肌寒い事。

 ……今は何時なんだ? そもそもここは何処なのか。俺は誰なのか。不安は次々に膨らんでいく。それを解決する糸口も見つからぬまま。薄暗くなっていく視界が、まるで今の自分の立場を表しているようにすら感じられ、その考えがこのまま何も見えなくなってしまう程周りが暗くなるのではないか、という馬鹿げた不安すら呼び起こす。


「大丈夫か?」

 

 気が付けば猫に心配を問いかけられていた。日が完全に沈み、辺りが暗くなっている事からそれなりの時間が経っていたのかもしれない。見上げれば目を焼くような白い光が自分を照らしていた。

 問いに大しては曖昧に答えつつ、足は行き先も分からぬまま歩き出す。

 視線を上げれば、かつては視線より若干低く敷地が覗けた生垣が遥か高くに聳え立っている。

 視線を変えると低い位置にあったと思っていたポスターが見上げる位置にある。

 ……自分は一体どれだけ縮んだのだろうか?不安はさらに膨らんでいく。慰めるように尻尾が首元を、眼元を叩くが、そこに癒しを求める余裕もなかった。


 どのくらい歩いたのか、ふと視界が開ける。頭を上げてみると、右手にブランコと砂場、広い敷地だけがある公園があった。

 吸い寄せられるように覚束ない足取りでブランコに近寄り、力なく座り込む。テラが器用に足元に降り立ち、こちらを見上げる。じっとこちらを見つめる視線は何処か頼りがいが感じられ、まるで操られるように震える口で俺は言葉を紡いだ。


「……さっきの男が、俺の元々の姿なんだ。」

「そうか。」

「……俺、一体誰なんだろうな。なんなんだよ……この状況……」


 それにテラは答えず、そっと手を膝に置いただけ。ぽつり、ぽつりと雫が落ちてくるというのに、膝から逃げもせず。ただただそこに佇む。

 

「……すまない、私には状況は分からん。ただ一つだけ言えるとするならば、今地球上は魔力が溢れていて、魔力現象が発生しやすい状況にあるという事か。君の変化は別な現象が原因かもしれない……気休めだがな。成り行きとはいえ、手助けしてもらった上で役に立てないのは申し訳ない……」


 テラが謝る必要はない。という言葉は嗚咽に紛れて消えていく。ひぐひぐと情けなく声が漏れ


「ひっぐ……は、はは、あぁぁぁ……」

「どうした?」

 

 ――どうして俺は声をあげて泣いてるんだ? 小さい子供みたいに。そもそも俺はこんなに涙脆かったか? 恐怖で怯える事はあるだろう、絶望で泣く事もあるだろう、だが羞恥心で泣いていなかったか? 闇に対する恐怖は子供が暗闇に怯える事と同じなのではないか、人形相手にあそこまで怯えたのは、理解できない現実に混乱するこの思考すら、そう考えてくると別な疑問すら沸いて来る。


「おい。しっか――ろ! 何があ――!?」


 ――――自分が七五三掛 橙吾であるという認識が間違っていたのではないか、という疑問が。

 足元が崩れていく感覚を知る日が来るとは思わなかった。何も感じない世界で思考の連鎖は続いていく。

 自分はせりやという女の子になった夢を見て、人形に襲われ、せりやという女の子になったと思っていた。しかし、本当はせりやという女の子が男として過ごしていた夢を見ていたのではないか。例えば二重人格、人形に襲われ死にかけるという、極度の精神状態から生み出されたものが自分なのではないか。例えば記憶喪失、せりやの夢や橙吾としての記憶は、断片的な記憶が混ざって作り出したものなのではないか。


「――おち――! ――して――に――、誰か、――――だ?――!」

 

 ただでさえ揺らぎ続ける現実に増加してく恐怖。その上に記憶という、唯一自分という存在を証明していた地盤が揺らいでしまうというのなら、一体何に希望を見出せばいいのだろうか? 度重なる衝撃に磨耗した精神が休息を求めた事を幸いに、眠りという逃避へと逃げる俺を、誰か笑ってくれるだろうか。

 虚ろな思考の中、せりや と呼ぶ声と、天から舞い降りる白い天使を気がして、解放されたような安らぎの中、ここ一日で慣れ親しんだ闇へと意識を潜り込ませたのだった。

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