Magick.9
テレジア嬢は相変わらず、魔法の練習ばかりしているので、少し他の所を覗いてみましょうか。
「はっ!」
月明かりの下、テレジア嬢の従兄のミトが、湖のほとりで何やら一人で運動をしていますね。
どうやら武術の訓練の様です。これは『メルトローム』ですね。魔法力を体の一部に定着させたまま闘う武術。ただその難しさゆえに使いこなせる者はほとんどいないと言われている武術です。
「せい!」
手と足が、闇の中で綺麗な弧を描きながら光の残像を残していきます。きれいですね。
一汗かき終えて、何やら独り言を呟いていますね。
「賢者マルス・・・」
どうやら、昔父親に聞いた話を思い出しているようですね。
少し過去の記憶を拝見しますか。
―ミト、お前ももう大きくなったから父さんの言うことがわかるな。
―今まで黙っていたんだが父さんは世界を救う為に、世界中を飛び回ってるんだ。
―父さんが調べているマナクリスタルには、色々な真実が書かれてあった。
―世界は、四十五年前、光と闇の勢力の戦いによって、いったんは滅びかけた。
―その時に、賢者マルス様と大魔導師ザイアス様が世界を救うためにマナクリスタルを封印したんだ。
―それによって、世界は活動をやめ、季節が移り変わらない世界になってしまったんだ。
―世界の崩壊を防ぐためにはそうするしかなかったと書かれてある。
―だが、そのクリスタルの封印も五十年の時が経つと効力が弱まる。
―クリスタルの封印が解かれ、クリスタルが破壊されてしまえばこの世は闇の世界になってしまう。
―だが、同時に元の世界に戻すチャンスでもある。
―だから、お前にも力を貸してし欲しいんだ。
「世界を救う・・・か」
彼女らしくもなく、悩んでるんですかね?
「やってやろうやん」
「うちが世界を救ってみせるで!」
あーびっくりした。悩むわけありませんね・・・それにしてもすごい自信です。
それにしてもこの世界には、そんな過去があったんですね。ずっと寒いと思ったら・・・
以前の会話にも出てきた賢者マルス、大魔導師ザイアスって誰なんでしょう・・・。
謎は深まるばかり、です。
「ミト様、タオルを」
「あら、気がきくわねシュバイツァー」
今度は、鷲をかたどられたファミリアですか。
「今日は、月がきれいですね」
「相変わらず、きざなんやから」
「例の密書、配達しておきました」
「マジックレターで出すと、心配やからね」
「シュバイツァーに頼んでほんまによかったわ」
「ジン様からは『こっちは計画通り』との伝言を預かっています」
計画はどうやら順調なようですね。
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ベルンシュタインの森に、清々しい朝がやって来ました。ウィンザーがいつものように、ルートヴィヒを起こしに行きます。
「ご主人様、朝食の準備が・・・」
おや、ソファに仰向けになって寝息を立てていますね。お腹に分厚い本を抱えたままです。テーブルには、ペンや紙、魔法水の瓶、魔法薬のパレットなんかが広げられています。いつも使っている机は、いつも以上に本でいっぱいです。
「あのまま眠ってしまったんですね」
どうやら、キルシュバウム城から帰った後も、遅くまで色々やっていたようですね。よほど疲れたのでしょう、そっとかけれらた毛布にも気づかず、眠り続けています。
ウィンザーは静かにドアを閉めて部屋を出ました。
「お仕事、お仕事」
ぺたぺたと足音を立てて、廊下を走っていきましたね。ついていってみましょう。
お、裏庭ですね。なるほど、薬草のお手入れに来たみたいです。発育状況のチェック、水遣り、肥料の調合、温室の温度調整。気持ち悪い植物がたくさん生えていますが・・・楽しそうですね。
一時間ほどせっせと土いじりに勤しんでいるところに、後ろから足音が聴こえました。一瞬びくりと体を震わせたウィンザーが振り返ると、青白い顔をした寝ぼけ眼のルートヴィヒが立っています。
「ご主人様!おはようございます」
「・・・ここにいたのか」
「朝食、召し上がりますか!?」
「すぐ用意しますね!」
「・・・・・」
ちょっとふらふらしていますね。大丈夫かなぁ。
「・・・・・」
ウィンザーの用意した朝食を、黙々と口へ運ぶルートヴィヒ。食欲旺盛です。
「ご主人様、昨夜の作業ははかどりましたか?」
「一般枠で魔術大会に出るとなれば、予選を勝ち抜かなければ本戦に進めない。魔法水も魔法薬もそれなりの量が必要になる。とりあえず昨夜は、今までの二倍のペースで処理した」
なるほど、そりゃ疲れもしますね。
「無理をなさらないでください」
「・・・お前は心配しなくていい」
「すぐに、二倍程度では済まなくなる」
うーん、不敵に微笑んでます。面食らったウィンザー、いい顔してますねぇ。慌てて質問を繋げます。
「予選って、どんなことをするんですか?本戦は?」
「・・・予選についてはまだ情報が無い。本戦は、詠唱魔法、魔方陣、魔法試合の三部構成らしい」
「試合!?」
「ご主人様、練習試合すらしたことがないのでは・・・」
「そう言えば、大会らしい大会にも出たことがないような気が」
ルートヴィヒは実力はあるようですが、その性格のため他人との交流が極端に少ないんですねぇ。まして人前に出る大会だなんて、考えられませんね。
「・・・だから」
「お前は心配しなくていい。何度も言わせるな」
「す、すみませんっ」
これまで、他人と比較して能力を確かめる場も、実戦を行う場も、そして自らの力を他人の為に使う機会もなかったルートヴィヒ。私も彼の戦いぶり、ぜひ見てみたいです。
「闇の勢力の調査の方は、これまでの研究が役立ちそうですね」
「・・・・・」
「良いと言った時以外は、その話をするな」
彼は静かに言いましたが、ウィンザーは縮み上がってしまいました。
その時。
窓の外から、鳥の羽音のような、紙をこするような音がしました。
手紙ですね。手紙が鳥のように羽ばたいて、窓ガラスをコンコンつついています。自分でここまで飛んで来たんですね。便利だなぁ。
「もう届いたんですか!早いですねぇ」
ウィンザーが小走りで駆け寄り、窓を開けて手紙を迎え入れました。それはふわりと旋回し、ルートヴィヒの、フォークを持った方の手元に舞い降りました。
すぐに封を切ります。
「無事なようですね。汚れも、開封された形跡もないし、ミハエルさんの筆跡です」
「匂いも、キルシュバウム城のものです」
ウィンザーが鼻をくんくんさせています。
「・・・二十人か」
「少ないですね。それだけの人しか受け取れない手紙を貰える人って、どれだけ優秀だったんでしょう」
「具体的に名前まで絞れたのは十人・・・半分か」
どうやら王からの手紙を受け取った人のリストアップを、ミハエルさんにお願いしていたようです。
ちょっと覗いてみましょう。おや、中に見覚えのある名前が二つ。
『テレジア=フォン=マルケス
アルカイド中央評議会議長オイリアンテ伯の娘』
『フェン=サマリー
国家魔法学校の客員教授』
「ご大層な肩書きを持ったやつばかりだな」
彼はうんざりした顔で、でもしっかりと、リストの名前を確かめていました。