Magick.8
さて、今日もテレジア嬢とリグレットの二人はフランソワのマジックアイテムショップ『ラ=メイジ=フランソワ』にやって来ています。
「いらっしゃいませ」
「あら、テレジア」
「ちょっと待っててね」
おや、先客がいましたね。怪しげな眼鏡に、怪しげな帽子、いかにも魔法使いと言うような格好をした青年が色々と物色してるみたいですよ。
「いつもの魔法薬黒と、灰でお願いします」
「あと、前に頼んでおいたマジックグラス、来てます?」
「確か、象形文字を解読できるタイプだったわね」
「そうそう、それです」
「来てるわよ。でもフェンさん、こんな物、何に使うの?」
「ちょっと読んでみたい文字がありまして」
「世界の遺跡に解読されてない文字なんて残ってたっけ?」
「い、いやぁ、自分で解読するのがいいんじゃないですか」
「そんなもんなのね。マニアのやることは分からないわ・・・」
「マニアなんて人聞きが悪いじゃないですか」
「僕は人よりちょっと魔法や遺跡が好きなだけですよ」
「そう言うことにしときましょ。お得意さんだし」
「ところで、そこにいらっしゃる綺麗な方は?」
「あら、ごめんなさい」
「紹介するわ。こちらマルケス家のご令嬢のテレジア」
「テレジア、こちらは、その道では少しは知られている魔法学者のフェンさん」
「テレジア=フォン=マルケスです」
「フェン=サマリーです、どうぞよろしく」
「そうそう、テレジア、フェンさんも魔法大会に出るみたいよ」
「と言うことは、テレジアさんも出場されるんですか?」
「そうですの。お父様が勝手に・・・」
「僕の方は、なぜ選ばれたのか分からないのですが、王から手紙を頂いたものですから、出ることにしたんですよ」
「どうせ一回戦で負けるんだから、お祭りに参加するつもりで出てやろうと思ってます」
「私も、全然自信なんてないんですのよ」
「お互い楽しみましょう」
「では、僕はこれで」
「フランソワ、テレジアさん、ごきげんよう」
両手いっぱいの荷物を抱えて、慌ただしく出ていきましたね。あれは絶対、家に着く前にこけますね・・・。
「面白い方」
「でしょう。私もいつも楽しませてもらってるの」
「そういえばテレジア、今日は何か探しもの?」
「そうですわ。フランソワ、前と同じ魔法薬くださる?」
「後は、マジックレターを頂戴」
マジックレターと言うからには、ただの手紙ではありませんよ。宛先を書けば、自動で相手の場所に届く魔法の便箋です。
「誰かにお手紙?」
「ちょっと、おばあ様に」
「そっか、今日は大ニュースがあるわよ」
「どうしたの?」
「このメイジ=フランソワに、ついに聖輝水が入荷いたしました!と言ってもちょっとだけどね」
「聖輝水?ってなんなの?」
「ありゃー、言う相手を間違えたかー」
「いつも魔法水の触媒に使ってる聖水あるよね」
「あるわよ」
「あれの凄いバージョンって考えてもらえればいいの」
「なにが凄いの?」
「簡単に言うと、魔法の効果が上がったり、この聖輝水自体が浄化の作用を持ってたりするのよ」
「それに、何と言ってもこれが取れるのは秘境ドゥーベのトリニテス山麓だけって来てるのよ」
「はぁ」
「ほんとに言う相手を間違えた様ね」
「まぁいいわ、でどう?よかったら一瓶買っていかない?」
「大会にも出るんでしょ?今なら安くしとくよ」
「明日になったらなくなるかもよ」
「じゃあ、それも貰うわね」
テレジア嬢、何か考え事をしているみたいです。と思ったら、唐突に話し始めましたよ。
「フランソワ、シンラって言う人の噂聞いたことない?」
「シンラねぇ・・・ごめん聞いたことないわ」
「そっか、ありがとう、じゃあまた来るわ」
「お買い上げありがとうございます」
家に帰ったテレジア嬢はまだ何か考え続けていますね。先ほど買った便箋に、手紙を書き始めましたね。
どれどれ、
~おばあ様、ご機嫌麗しゅう
~私、今度開催される魔法大会に出場することになりました。
~おばあ様もよかったら王都まで遊びにいらしてくださいね。
~さて、この手紙を差し上げたのはおばあ様に聞きたいことがあるからです。
~先日お母様と話していた時に、シンラ叔父様の話が出てきました。
~お母様が子供の頃に、旅に出られて以来お会いできていないということを聞いて、出来れば会わせてあげたいなと思ったのです。
~おばあ様ならもしかして、叔父様の行き先を知っておられるかと思いまして・・・
どうやら、テレジア嬢が悩んでいたのも手紙の内容も叔父のシンラのことみたいですね。
「コグノスケ・テー・イプスム!」
おぉ、手紙が勝手に空に浮かび上がり、凄い勢いで飛んでいきました。便利ですね、郵便屋さんも必要ない。
「テレジア様、今日ね、クライムのやつが、僕の林檎を食べたんですよ」
一仕事終えたテレジアの後ろから、この世の終わりの様な顔をしたリグレットがぬらっと現れました。
「はぁぁ・・・リグレット・・・あなたは気楽でいいわね」
リグレット、面喰った顔してますね。やっぱり、女性の気持ちが分からないみたいです。
大会まであと三週間、王都では着々と準備が進められているみたいですよ。大きなモニュメントが立ち並び、三つの試合会場がもう完成に近づいていますね。何やら中央にある大きな看板に人が群がっています。
―今回の魔法大会に参加を希望する者は、当日の朝、正門前に集まること。
どうやら、一般の人も出られるみたいですね。
―予選を勝ち抜いて本戦に出場できるのは各地方『三名』とする。
狭き門と言ったところでしょうかね。
―尚、本戦の上位入賞者四人には賞金と、領地が与えられる。
太っ腹ですね。領地と、莫大な賞金、さすが王の開催する大会、何か裏がなければいいんですけど。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
キルシュバウム城は夜を迎えました。
「ルートヴィヒ、大丈夫か」
玄関ホールまで見送りに立ったミハエルさんが、心配そうに呼び止めます。
ルートヴィヒは黙ったまま立ち止まり、ミハエルさんに背を向けたまま、顔を少し後ろに傾けました。
「・・・心配要りません」
「無茶なやり方ではないのか」
「・・・・・」
「また、報告にうかがいます」
そのままコートの裾をひるがえし、ベルクが開けた扉を出て、門に向かって歩き出しました。ウィンザーも、ミハエルさんにペコリと頭を下げると、主人を追いかけていきました。
どうやら、何か作戦らしきものが決まったようですね。これから彼は、どうするんでしょう。
二人は森を歩きます。夜の闇が、真っ黒な服を着た彼を取り込んでしまいそうです。
「暗いですね、ご主人様」
ルートヴィヒは胸ポケットから、これまた黒くて、細長い鉛筆のようなものを取り出しました。カラスの飾りがついています。これは、テレジア嬢がフランソワの店で見ていた・・・おや、先の方に銀色の液体が入っていますね。
「ルークス・ルナエ」
彼が呪文を唱えると、液体がぼんやりと光を放ち始めました。ホタルの光みたいな色で、とってもキレイです。
「ここに月があるようで、いつ見てもうっとりしますね」
なるほど、暗さに目が慣れた今なら、このくらいの明るさでも十分です。
今のは確か、夜の明かり、つまり月光を呼び出す闇魔法の呪文ですね。本来なら魔方陣を書いてから唱えるものなのですが、ルートヴィヒは、アモンと魔法薬だけで明かりを灯してしまいました。玄人向けのアモンだと、こんなことも出来ちゃうんですね。
「・・・このくらいの魔法なら、魔方陣は要らなくなった」
えっ?
「だが、この程度ではだめだ。もっと強力な魔法も、魔方陣なしで発動出来るようにならなければ・・・」
ああ、びっくりした。私の声が聞こえたのかと思いました。ルートヴィヒお得意の、独り言だったようですね。
それにしても、有色魔方陣の塗り分けの研究をしていたと思ったら、魔方陣を書かない練習もしていたなんて。常識を越えて、幅広くやっているんですね。しかしミハエルさんが共同研究者とは言え、ほぼ独学でここまで魔法を使いこなすなんて・・・
「ご主人様、魔術大会まで、あと一ヶ月もありません。その期間を何に充てるのですか?調査はミハエルさんの方である程度してくれるとしても、研究に、練習に、準備・・・時間が足りません」
不安そうに尋ねるウィンザーを振り返り、ルートヴィヒが言いました。
「お前はそんなこと心配しなくていい」
「研究も練習も続ける。魔法水への魔法力の練り込みも。少しペースを上げるだけだ」
今までに聞いたことのないはっきりとした声で一喝すると、彼は踵を返して再び歩き始めました。ウィンザーが、その後ろを少し離れて追いかけます。
「ご主人様が問いかけにすぐ答える時は、不安な時なんだ・・・」
ウィンザーの独り言は、誰の耳にも届くことなく、森の宵闇に吸い込まれていきました。