Magick.6
「テレジア様、おはようございます」
「ご機嫌麗しゅう、テレジア様」
「あれから腰の調子もいいんですよ」
街へ向かったテレジア嬢とリグレットに、街の人達が次々と話しかけていますね。
それに対して、テレジア嬢は一人一人笑顔を返しているみたいです。
「いらっしゃいませ~」
二人はアルカイドでも隋一の品揃えを誇る、フランソワのマジックアイテムショップにやってきましたよ。
古臭いカビの匂いのしてきそうな、怪しげなショップ?いえいえそうではありません、まるでお洒落なインテリアショップのようなたたずまいで、看板には斜めに店の名前が書かれています。
「いつものマジックリング?」
実はこのフランソワ、テレジアの幼馴染なのです。
「ごきげんよう、フランソワ。今日は魔方陣の材料を買いにきたの」
「ほほ~。じゃあ、街で流れている噂は本当だったのね」
「噂?」
「テレジアが大会に出るって噂」
「噂になってたなんて・・・」
なんか、リグレットがテレジアの後ろでせわしなくしています。
「リグレット!」
「あなたね!」
リグレットは口笛を吹きながら答えます。
「なんのことですか~?」
にらみ合う二人を見ていられなくなったのか、フランソワが切り出しました。
「テレジア、こっちに魔方陣の調合薬とかが置いてあるわ」
手招きした先には、店の奥に続く通路がありました。それを進むと、少し涼しくなってきましたね。
「調合薬は取扱いが難しいから、温度も管理された部屋に置いてるのよ」
「それで私は見たことなかったのね」
「そういうこと」
目の前に開けた洞窟の一室のような空間に、色鮮やかな粉、怪しげな動物の剥製などが、所狭しと並べられています。
「で、どんな魔法?」
「光魔法にしようと思ってるの」
「光魔法なら、ややこしい調合はいらないわ」
「え~っと、銀と白の魔法薬と、聖水と、あとアモンね」
「アモン?」
フランソワが取り出したのは、カラスをかたどった模型が上についてる、細い鉛筆のような物でした。
「あぁ、ごめんごめん。これは玄人むけだったわ」
「他には・・・天使と、蝶と、マリオネットの四色展開で販売させて頂いておりま~す」
「待って、その前にアモンって何?」
「魔方陣は初めて始めてだったんだっけ」
「アモンっていうのは、魔法薬と触媒を調合した魔法水を中に入れて、魔方陣を描くものよ」
「魔法の鉛筆みたいな物ね」
「まぁ、昔ながらに手で書いてる人もいるみたいだけど、アモンがあれば手も汚れないし書きやすいってんで最近はアモンを使う人が増えてるの」
「じゃあ、天使のを頂戴」
「でも、調合するだけで魔方陣って書けるの?」
「もちろん調合の際に、魔法力を練りこむことが大事なのよ」
「それも時間をかけて、ねちねちと練りこんでいくのが魔方陣の効力を高める方法ってんだから」
「調合って、どうやればいいの?」
「基本的なものは魔法書に書いてあると思うけど、比率によって効果も変わったりするから、自分で色々試してみて」
「そうなの・・・」
「色々、ありがとう」
「毎度あり、また来てね~」
城に戻ったテレジア嬢は、早速調合を始めたみたいですね。
「銀が三で、白が七、それを聖水で二倍に希釈・・・と」
「リグレット、アモンをとって」
「はぁい」
テレジア嬢、地面に円を書き始めましたよ。魔方陣ですね、おそらく・・・。
「ドーナー・ノービース・パーケム!」
一瞬、ぽわっと光が出て消えていきました。
「なんで!?」
「なんで出来ないのよ」
「待つこともまた人生」
「―――と、魔法書の最後に書いてあります」
テレジア嬢、そう言ったリグレットから魔法書を奪い取って、真剣に読み始めました。
「魔法水に魔力が定着してないのね」
「根気がいる作業みたい」
「魔術大会まで一ヶ月足らず・・・きっと乗り越えてみせるわ」
テレジア嬢、頑張ってますね。さてさて、王宮の中での会話にも少しだけ耳を傾けてみますか。
「例の計画は順調に進んでいるのか?」
「一部で失敗がありましたが、我々のことは一切漏れておりません」
「その失敗で騒ぎだしている輩がいると聞いている」
「地方の一領主にしかすぎない、取るに足らない人物ですが、引き続きスカイラビッツによる監視を続けていきます」
「いざとなれば・・・」
「うむ」
「それと、賢者マルスの末裔が動き出しているようだが」
「そちらの監視は常に続けているのですが、なにぶん秘境ドゥーベにいるもので、確かな情報は得られておりません・・・」
「火種は、燃え上がる前に消して置くようにな」
「ところで、街はすでにお祭り騒ぎのようだな」
「そのようです。大会の本当の目的もわかっていないんですから」
「また五十年前の繰り返しにはならんようにな」
「私にお任せいただければ・・・」
「あのお方に、良い報告ができるようにな」
なにやら、悪だくみの予感です。五十年前に何があったのか?賢者マルスとは?気になりますねぇ。
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「・・・うまい」
ベルクの淹れた紅茶を一口飲んだルートヴィヒが、出し抜けに呟きました。彼に言わせるなんて、よっぽどの達人ですね。
「あ・・・ありがとうございます」
突然の褒め言葉に、ベルクは目をきょときょとさせています。ちょっと恨めしそうなウィンザーの瞳が、また哀しい。彼にも声を掛けてあげて欲しいものです。
お茶の感想はただの独り言だったのか、彼はすぐにミハエルさんに向かって話だしました。続きを期待していたベルク、ちょっとがっかりです。
「まずは魔術大会のことからお伺い出来ますか」
「うむ。魔術大会は、本戦が王都アルカイド、地方予選は、ミザール地方、アリオト地方、フェグタ地方でも行われるようだ。約一ヵ月後に開催される」
「どんなことを競うんですか?」
ミハエルさんにちらりと視線を移しただけのルートヴィヒに代わり、ウィンザーが質問します。
「禁術魔法と、血の契約の魔法以外での、魔法力の見せ合いだな。数日間に分けて行われ、評点方式の他、試合形式の競技もあるようだ」
「競技の詳細は公表されないが、見物はある程度自由に出来るようだ。既に国中お祭りの気配で大騒ぎしている。当日も、おそらくそうなるだろう」
ウィンザーが目をキラキラさせて頷きます。彼も多くの国民達と同じテンションで大会のことを考えているようですね。ルートヴィヒはミハエルさんの話を聞いてか聞かずか、また独り言を呟きます。
「エドガー王は、何をしようとしているんだ?優秀な人間を集め、魔法力の優劣をつけて・・・」
「特別な目的などあるのかね。競技会なら、いくらでも開催されている。主催が国になったというだけではないのか」
「単なるお祭りではないですか?最近何だか寒い日が続いていて、国の人々が暗い雰囲気にあるような気がしますし、そういった空気を払拭したいのでは」
ミハエルさんとウィンザーが、ルートヴィヒの独り言に、それぞれ意見を述べました。
『国を救わん、自分の力で国を守らんという志ありし者は参加されたし。』
「この意味は一体何だ」
「街では、王が各地の優勝者を集めて何かしようと考えていると噂されています」
黙って話を聞いていたベルクが口を開きました。
「何かって、何だ?」
それまで返事もしなかったルートヴィヒが、急に食って掛かりました。また一歩後ずさりするベルク。
「そこまでは存じ上げません。噂でも〝何か〟としか・・・」
「ご主人様、所詮、噂ですよ」
ウィンザーはベルクをライバル視し始めたようですね。
「火の無い所に煙は立たないと言うが・・・」
不安そうなミハエルさん。
「王が何かしようとしているのなら、殺人の理由は・・・」
「ミハエルさん、甥御さんが殺された状況について、詳しく聞かせてください」
ルートヴィヒの事情聴取はまだまだ続きそうです。
退屈だから、過去が見える水晶玉でも持ってきてくれませんかね~。