Magick.5
あわわわ、ファンタジーだと思っていたのですが、ミステリーの予感がしてまいりましたぞ。
相変わらず、ファンタジーなお嬢様の様子でも見に行きますか。
「お父様!あの手紙はどういうことですの!?」
「いやなに、私はただ」
「ただお前が喜ぶと思ってだね」
「それで、オーベルシュタイン卿にお願いしたって言うんですの?」
「う、うむ」
「そ、それにだ、オーベルシュタイン卿もお前のことをたいそう褒めていたぞ」
「私の頼みでなくても推薦する予定だったと言っておった」
「どうせ、いつもの『ぶ・と・う・か・い』でのお話でしょ」
「テレジア、舞踏会のことを悪く言わんでくれ。私も付き合いがあってだねぇ」
どうやら、先ほどの手紙のことでテレジア嬢はご立腹のようですね。
おや、テレジア嬢に似てお美しい方がいらっしゃっいましたよ。
「テレジア、そのくらいになさい」
「お父様も悪気があったんじゃないんですから」
「お母様、でも・・・」
「女性は?」
「はい・・・聞き分けがよくなくてはならない・・・です」
「あなたも、もっと威厳を保ってくださいね。娘には弱いんですから」
この方こそ、オイリアンテ伯の妃にして、テレジア嬢の母上でいらっしゃる、パトリシア=フォン=マルケス伯爵夫人です。
ミザール地方の貴族の出で、絶世の美女と言われていただけあって、今でもその美しさには陰りは見られませんねぇ。
「じゃあ、テレジア、出てくれるんだね?」
「王様の勅命とあれば、断れませんもの・・・」
「私も今から楽しみでな」
「なんせこんな祭り五十年に一度あるかないかだからな」
「おねぇさま、がんばって」
「ゆうちょうしてね」
「アイネ、優勝でしょ」
「でも、アイネが応援してくれるならお姉様頑張ろうかな」
「うん、あいねおうえんする!」
「アイネは偉い子ね。テレジアもこんな時があったんですから」
「お父様、魔術大会ってどんなことをするんですの?」
「なんでも、三つの術技に分かれているらしいんだが・・・」
「だが?」
「・・・オーベルシュタイン卿に口止めされているんでな」
「お父様!」
「オーベルシュタイン卿には秘密だぞ・・・」
「まず、魔方陣を使わない詠唱魔法の評価」
「そして、魔方陣を使った古代魔法の評価」
「最後に、国王の前での、禁術魔法、血の契約を除く魔法を使った魔法試合の評価」
「この三つの総合得点で優勝者が決まるらしい」
「あなた!魔法試合でテレジアが怪我なんてすることないんでしょうね」
「周りには、白魔法のスペシャリストが控えているので大丈夫だと聞いている」
「テレジアはまだ嫁入り前なんですから!」
「よく言っておくよ・・・」
オイリアンテ伯、お疲れですね。
それにしても、本格的な魔術大会みたいですね。さっき出てきた禁術魔法とか、血の契約とかって何なんでしょう。
な~んかすごく危険なにおいがしてきます。触ったら『ドカーン』って爆発しちゃったり、ゾンビとかみみずみたいなのがうじゃうじゃって出てきそうな。え?想像力が豊かすぎる?失礼いたしました。
「テレジア様、魔方陣なんて書けましたっけ?」
「そんなの見たことないなぁ、僕」
「白魔法に、人と戦うのなんかあったかな~?」
「リグレット、少し黙ってて」
テレジア嬢が部屋で何かを真剣に読んでいますね。『光魔法のすべて』という本みたいです。
「アストラ・アド」
「アストラ・アド・アスペラ」
「アストラ・アド・アスペラ・ペル」
おや、光の塊みたいなものが、だんだん矢のような形になって・・・なんかやばくないですか?
矢の先端がこっち向いてます・・・。
「リグレット!これ、どうやったら止めれるの?」
「テ、テレジア様、こっちに向けないでください」
「ペル・アスペラ・アド・アストラですよ!」
「ペル・アスペラ・アド・アストラ」
「・・・はぁ、良かった、消えたわ」
「魔法を止めるときは、逆から唱えるんですよ!」
「そんな基礎も忘れてしまったんですか?」
「白魔法には、止める必要のある魔法なんて少ししかないもの・・・」
「でもテレジア様、なんで光魔法なんか?」
「魔術大会の為よ!」
「何だかんだ言って、やる気なんじゃないですか~」
「国を守るためには、優しいだけじゃなく強くなくちゃ」
「どうせ、勅命だから出るだけなのに・・・」
「何か?」
「いえ、それで光魔法ってわけですね。白魔法には攻撃魔法なんてほとんどありませんからね」
「それに、光魔法なら魔方陣を使った魔法もあるし」
「それならそう言ってくれたらいいのに」
「でも次から、練習は庭でやってくださいね」
「わかりました。じゃあ明日マジックアイテムを街に買いに行くから付き合ってね」
「ご使命とあれば」
いやはや、一時はどうなる事かと思いましたが、何とか一命を取り留めました。
今の光魔法、かなり高位の魔法でしたが、初めての詠唱で具現化することができるとは、才女の噂だけではなく、かなりの素質をもっているみたいですね。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
片やミステリーに移行しかけているルートヴィヒ侯はどうしたのでしょう。
―がたん。
突然の物音に、ミハエルさんとウィンザーが、びくんと体を強張らせました。ルートヴィヒだけは眉一つ動かしません。クールなこと。これでもうちょっと愛想が良かったらね。
「お茶をお持ちしました」
音の主はベルクでした。ティーセットの載ったワゴンを、がちゃがちゃ言わせながら部屋に入ってきます。
「驚いた。大きな音がしたものだから」
「すみません。このワゴン、どこか壊れているみたいで・・・」
なるほど、前の車輪が片方、ぐらぐらしています。
「修理しておきます!」
「そうしてくれ」
「ルートヴィヒ、取り乱してすまなかった。甥の死は非情に悔しいが、悲しむ前に真実を知りたいのだ」
「ベルクは紅茶を淹れるのが上手い。飲みながらゆっくり話の続きをしよう。さぁ、掛けてくれ」
ミハエルさんが、再びソファを勧めます。おや、しかしルートヴィヒ、それには従わず、黙ってワゴンに近づいていきますよ。
「な・・・なんですか」
ベルクがちょっと後ずさりします。
「・・・・・」
床にかがみ込んで、壊れた車輪を見つめるルートヴィヒ。
「・・・ディーウィデ・エト・インペラー」
囁くように小さな声で呟いた彼の呪文が光の帯を作り、車輪の周りをくるりと一周しました。
―シャラン。
鈴の鳴るような綺麗な金属音がして、取れかけていた車輪がきちんと元に戻りました。
「あ・・・」
無駄の無い見事な魔法に、ベルクもウィンザーも口を開けたまま見とれていました。ミハエルさんが横で笑います。
「何も魔法でなくても。ねじ回しが一本あれば直せるだろうに」
「・・・ねじを回す呪文なんて在りませんよ」
「では、今のは?」
「・・・・・」
ミハエルさんの質問には答えずに、ルートヴィヒは言いました。
「大会はいつ行われるのですか?真実を知る準備をしましょう」