Magick.4
テレジア嬢はあれからも、街での慈善活動、お城での魔法修行を欠かさずに行っているようです。
あまり変わり映えしない毎日に、さすがの私も物語の気配を感じなくなってきましたぞ。
「テレジアー、テレジア」
「また魔法の練習かい?」
恰幅のいい商人のような紳士、テレジアのお父上のオイリアンテ=フォン=マルケス伯ですね。こう見えてもマルケス家の長にして、アルカイドの中央評議会の議長でもあります。
「お父様、おはようございます」
「テレジア、これ、届いていたよ」
マルケス伯が、テレジア嬢に何通かの手紙を差し出しながら言いました。
「魔法の練習もいいが、城内でのパーティーなどにもたまには顔を出してくれないか」
「また、そのお話ですの?」
「私、興味ありません」
「はぁ・・・」
テレジア嬢は、周りのみんなに諦めのようなため息をつかせるのが上手いようですね。
「おねぇさま」
小さな女の子が、オイリアンテ伯の左脚の脇から、顔を覗かせていますよ。
まるで肖像画から抜け出してきたような、可愛らしい女の子です。
「アイネ、おはよう」
「おはようございます、テレジア様」
「クライムもおはよう」
黒猫をかたどられたアイネ嬢のファミリアのクライムです。リグレットの弟分として作られたのですが、どうやら本人にその自覚はないようで、リグレットを少し小馬鹿にしています。
「アイネ、今からどこか行くの?」
「おとうさまと、まちにおかいものにいくの」
「あら、いいわね。行ってらっしゃい」
「では、そういうことだから」
「さっきの件、良く考えておいておくれよ」
「行ってらっしゃいませ!」
「やっと騒がしい人達が、出ていきましたか」
「リグレット、どこに隠れてたの?」
「いやだなぁ。木の上で、リンゴを食べてただけですよ」
「それより、手紙読んだ方がいいんじゃありません?」
「まったく、リグレットはいつも・・・」
愚痴を言いながら、テレジア嬢は先ほどお父上から渡された手紙を開き始めました。
いつものように、各国の貴族のご子息の手紙や、パーティーの招待状を次々と燃やして、とうとう残り一枚も・・・おや?
手が止まりましたね。
何やら、たいそうな印が押されている手紙ですね。
送り主は・・・と、
「エドガー」
ん~、どこかで聞いたような・・・伯爵?侯爵?ですかねぇ。
「エドガー王!?」
「エドガー王からじゃないですか!」
「そ、そうみたいね」
珍しくテレジア嬢が、動揺していますね。
まぁ無理もありません。この国を治めている王様からの手紙なんですから。
「取り敢えず、開けてみましょ」
リグレット、女心が分からないんでしょうか、無神経な奴です。でも、内容、気になりますね。
テレジア嬢は恐る恐る手紙を開け始めましたよ。
なになに・・・
『親愛なる国民諸君、この度、魔術大会をとり行うこととなった。国を救わん、自分の力で国を守らんという志ありし者は参加されたし。尚、この書類はラフマニノフ魔術評議会の厳正な審査により選ばれた者に送られている。
エドガー=リヒテンバッハ十四世』
「テレジア様、テレジア様ってば」
どうやら、一瞬意識が飛んでいたようです。
「リグレット、どうしましょう」
「どうしましょうって・・・」
「参加したらいいじゃないですか」
「で、でも」
「王様からの要請だし、断れないんじゃないですか?」
「・・・・・」
「諦めましょうよ」
「・・・そう・・・ね」
でも、どうしてテレジア様が選ばれたんでしょうね?そう言えば、オーベルシュタイン卿は魔術評議会の一員でしたね。そのことが関係しているような気がしますよ。
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さて、他人の城に堂々とお邪魔したルートヴィヒ、犬のファミリアに案内されたのは、二階の南側の部屋でした。広くて明るくて、居心地が良さそうです。
「応接室じゃないですか~」
「豪華な部屋!すごくキレイだし。なんだか恐縮しますね」
ウィンザーが驚きの声を漏らします。
「・・・いつもの所じゃないのか」
おっと、一方のルートヴィヒは眉間に皺を寄せて、いかにも不機嫌そうな顔です。犬のファミリアが、焦った様子で説明します。
「今日はいつものお話でなく、特別な用件があるそうなので、ここへお通しするよう言いつかったのです。主人もすぐに参ります」
「・・・・・」
気まずい沈黙。
「ルートヴィヒ!」
突然、その沈黙をかき消す声が部屋に響きました。場の空気が一変します。現れたのは、小柄なご老人。つるりとした額、頭の両側にだけ残った真っ白な髪。丸い眼鏡の奥につぶらな瞳。可愛らしいおじいさん、といった印象の人です。
「よく来てくれた」
言いながら、駆けるようにルートヴィヒに近寄り、反射的に立ち上がった彼の手を握りました。
「ミハエルさん」
おや、びっくり。握られた手を大きく揺さぶられながら、ルートヴィヒが笑っています。初めて笑顔を見ました。小さな微笑みですけど、なかなか素敵じゃないですか。
「どうしたんですか、一体」
「一週間に一度はお会いしているじゃありませんか」
このミハエルさん、魔法研究の世界では名を知らぬ者のいない有名人。ミハエルさんを尊敬するキルシュバウム城の主が、城に研究施設を作り、彼を住まわせているのです。いわゆるパトロンってやつですかね。
おかげでミハエルさんは、悠々自適な研究生活。しかし、あるきっかけから、主に内緒で黒魔術の研究を始めたのです。そのきっかけと言うのが、何を隠そうルートヴィヒなのです。
それで、ルートヴィヒがこの城に出入りしているんですね~。どういうきっかけを作って、ミハエルさんに取り入ったんでしょうね。考えるのが少し怖いです。
「いやいや、今日は特別な用事があるんだ」
「ベルク、お客様にお茶を」
「はいっ!」
あの犬のファミリアは、このおじいさんの使い魔だったんですね。
ベルクは、背筋をぴんと伸ばして返事をすると、いそいそと部屋を出て行きました。
「まぁ、掛けてくれ」
ミハエルさんはルートヴィヒを座らせると、自分も彼の向かいに腰を下ろしました。
「特別な用事というのは?何か新しい発見があったのですか?」
ルートヴィヒが待ちきれないという様子で尋ねます。
「いや、そちらの方は残念だが・・・。これを見てくれ」
ミハエルさんが取り出したのは、既に口の開いた封筒でした。仰々しい封蝋と、いかにも高級そうな紙。でも、所々汚れています。この汚れは・・・。
ルートヴィヒはそれを受け取ると、裏返したり光に透かしたりして全体を眺め回し、言いました。
「これは・・・エドガー王からの手紙・・・」
さすがに驚いた様子です。
「ひゃあ!エドガー王!?どうりで、立派な封蝋です。いやぁ、すごい」
ウィンザーも目を白黒させています。
「でも、宛名はミハエルさんではありませんね。それに封筒についているこのシミ・・・」
「まずは中身を読んでもらえないか」
ミハエルさんが、ルートヴィヒを遮るように言いました。
ルートヴィヒとウィンザーは、額をくっつけるようにして一緒に手紙を読み始めました。
『親愛なる国民諸君、この度魔術大会をとり行うこととなった。国を救わん、自分の力で国を守らんという志ありし者は参加されたし。尚、この書類はラフマニノフ魔術評議会の厳正な審査により選ばれた者に送られている。
エドガー=リヒテンバッハ十四世』
「・・・本物ですか」
「間違いない。魔術大会のことも事実だ。この手紙は、私の甥に届いたものだ」
「優秀な方なんですね!」
「それを、なぜ俺に?それに、このシミ・・・」
「殺されたのだ」
「―――――!?」
ミハエルさんの言葉に、ルートヴィヒとウィンザーの顔が強張りました。
「手紙を受け取って二日後のことだった。甥は何者かに襲われた。そのシミは血痕だ」
淡々とした語り口調ながら、表情には悲しみと悔しさが滲んでいます。ウィンザーは顔を歪め、今にも泣きそうです。
「これを君に見てもらったのには理由がある。甥の弔いだと思って、私の頼みを聞いて欲しい」
「・・・何でしょう」
「甥は、手紙が届く数日前から、妙な気配を感じると言っていた。見張られている、尾行されているといった気配だ」
「襲われた前日もそう言っていたし、使用人の話によると当日も・・・」
そこまで言って、ミハエルさんは涙で声を詰まらせました。
「私はあの日、相談しに来た甥の話をろくに聞かず、戯言だとはねのけて追い返したのだ」
「客人が来るから、そんな話に構っている暇は無いと・・・。あんな不安そうな顔をして、私を頼ってきたのに・・・」
「殺されたのは、ここへ来た翌日だ。私が、私がもっと真剣に聞いてやっていれば!」
泣きながら語るミハエルさんを見つめていたルートヴィヒが、物憂げに尋ねました。
「・・・いつです」
「甥御さんがここへ相談に来たのは、いつですか」
ミハエルさんが、はっとして顔を上げます。
「君を責めているわけではないんだ!」
「・・・やはり、そうなのですね」
「俺がここを訪ねた日に、甥御さんも来ていた。俺が来るからと、彼を追い返した」
ルートヴィヒの表情からは、感情が読み取れません。代わりに隣のウィンザーが、とうとう泣き出しました。
「ルートヴィヒ、本当に責めるつもりで言ったのではないのだ。どうか気を悪くしないでくれ」
「・・・ミハエルさん、私は何をすれば良いのですか」
ルートヴィヒは、真っ直ぐにミハエルさんの目を見つめています。その瞳の奥に、怒りの炎と、悲しみの涙が見えました。
ミハエルさんが、震える声で答えます。
「突き止めてくれ」
「私の甥を殺したのが、何者なのかを。どうして彼が犠牲になったのかを」
「・・・・・」
また沈黙。ウィンザーが、向かい合った二人を交互に見ます。
「・・・その魔術大会に入り込む方法はありますか」
先に口を開いたのはルートヴィヒでした。
「引き受けてくれるのか!」
「入り込む方法はあるだろうが、そんな必要があるのか?」
「甥御さんが殺される理由に心当たりが無いのなら、手紙の届いた時期と襲われた時期に、何らかの関連があると考えるのが自然でしょう。すると、魔術大会に繋がってくる。確信ではありませんが、調べてみる価値はあると思いませんか」
「ルートヴィヒ!ありがとう!!引き受けてくれるのだな」
「出来ることはします」
「あぁ、ありがとう!どうか、よろしく頼む」
ミハエルさんはそう言うと、また涙を流し始めました。ウィンザーも、まだ複雑な顔でめそめそしています。
当のルートヴィヒは、ミハエルさんの震える肩をさすりながら、鋭い目で一点を見つめていました。