Magick.3
先ほど、ノイサーペント城に入っていった二人は、どうなりましたかな?
おや、何やら人がたくさんいますよ。
真ん中に立っている白髪交じりのおじさんが言った言葉を、みんな繰り返していますね。
「ウィーウェ・メモル・モルティス!」
「さぁ、みなさんも。白魔法の基本中の基本ですぞ」
テレジア嬢は・・・と。
円の中心で熱心に魔法を詠唱しています。
「さすがは、マルケス家のご令嬢ですな」
「ほら、みなさんもテレジア嬢に負けないように!」
「テレジア様、どうすればうまくいきますの?」
「こつを教えてくださらない?」
テレジア嬢の周りに人だかりができています。ここでも優秀ですこと。あっ、貴族言葉がうつってしまいました。
そう言えば、リグレットは?見渡せどもどこにもいないですねー。
「zzz」
ん?
「ZZZzzz」
よく見るとシャンデリアの上でお昼寝中・・・。あの主人のファミリアにしてこのぐうたらぶり。
いや、ファミリアの特性としては主人の足りないところを補うのが役目ですから、そういう意味では主人に代わってしっかり休みを取っていると言えるのかも知れません。
おや、執事のような男が出てきましたよ。
「オーベルシュタイン卿、今日はそろそろ例の会議が・・・」
「うむ」
「では、今日はここまで」
「みなさん、しっかり復習しておくように」
あのおじさんはオーベルシュタイン卿と言うんですね。少し厳しそうな人でした。
ともかくこれで、今日の魔法教室が終わったみたいです。
「テレジア様、聞きました?」
「王宮で噂になっているあれですよ」
「いったい何のことですの?」
「まだお耳に入ってらっしゃらないの?」
「今度の魔術大会のことですよ」
「魔術大会?」
「なんでもこの王都アルカイドだけじゃなく、ミザール地方、アリオト地方、フェグタ地方でも、開催されるらしいですよ」
「それが、なんでも、各地方の優勝者が集められて何かするんじゃないかって噂が流れてますのよ」
「テレジア様がご出場されたら、もしかして優勝できるんじゃありません?」
「そうでしたの。でも私の魔法は人を守るためのものですから・・・」
「私達は、開催されたら出ようかと思ってるんですのよ」
「テレジア様もご一緒に出ませんこと?」
「また、考えさせてください」
「いいお返事を期待してますわよ」
これは、この世界始まって以来のお祭りの予感です。今から楽しみになってきました。
と言っている間に二人は城から出て、もう遠くまで行ってしまったようですよ。
「テレジア様、大会出ないんですか?」
「私には他にやるべきことがあるのよ」
「おもしろそうなのに」
「・・・・・」
「それにしても最近、一段と寒くなってきませんか?」
「言われてみれば、そんな気もするわね」
「去年より、雪もよく降りますし」
「帰って暖かくして寝ましょ」
「そ、そうですね」
この世界に、少しずつ異変が生じているようです。さてさて何が起こるのか、こちらも楽しみになってきました。
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さて、一方のキルシュバウム城。この城は、ルートヴィヒの住む城とは正反対の外観です。美しい白壁、手入れされた庭。周囲の森に暗い陰は無く、木々は青々とした葉をたっぷりつけた枝を、いっぱいに伸ばしています。何より人がたくさんいる明るい雰囲気。ルートヴィヒとウィンザーが、何だか場違いな存在に見えますね。
「ご主人様、やっぱり私、外で待っていちゃいけませんか」
真面目でちょっぴり小心者のウィンザーは、そんな浮いた自分を意識して、緊張しています。
「・・・・・」
けれど、それもいつものことなのか、ルートヴィヒは構わず門をくぐり、庭を突っ切っていきます。
「ルートヴィヒ様、ようこそ」
「ウィンザーさん、こんにちは」
「お元気ですか?」
「ごゆっくり!」
門番や使用人や、そのファミリア達が、二人に声を掛けます。ウィンザーは律儀に一人ひとりお辞儀を返していますが、ルートヴィヒは声のする方を見ようともしません。その理由は、二人が通り過ぎた後の彼らを見れば分かります。誰もが二人の後姿を、険しい顔で見ています。キルシュバウム城の人々は、二人をあまり良く思っていないのでしょうか。
実はこのお城、ルートヴィヒが治めるベルンシュタインの領内に建てられた、ある人物の別邸なのです。で、この人物というのがなかなか名のあるお方で、別邸にお城を建てられるぐらいのお金持ちでもあるので、領主であるルートヴィヒは、法外とも言える高額の税金や土地代を支払わせているのです。
その上こうして我が物顔で敷地内をうろつかれては、嫌な顔をされても当然ですね。
ところで、ルートヴィヒが何をしに来たかと言うと・・・。
「ルートヴィヒ様、ご案内致します!」
彼の後ろから、犬の姿をしたファミリアが走って追いかけてきました。
「・・・・・」
おやおや、返事もしないのですね。
「すみません、お一人で歩かせてしまって・・・お客様でいらっしゃるのに」
うーん、私には嫌味に聞こえます。監視なく動き回られては困る、お前は招かれざる客なのだという感情が、たっぷりこめられているように感じますね。ルートヴィヒには通用しなさそうですけど。
「部屋の場所なら分かる」
「いえいえ、そういうわけには参りません。マスターに言いつけられておりますので、どうかご一緒に」
「主人が妙な趣味を持つと、使い魔も大変だな」
「・・・・・」
嫌味合戦では、ルートヴィヒが一枚上手でした。このセリフには、ウィンザーも深く頷いていましたが。
一人と二匹は、連れ立って城内の階段を登っていきます。