Magick.19
今日はいよいよテレジア嬢の試合がある日です。それも第一試合からですね。
「おねぇさま~、がんばって」
「テレジア~、怪我しないようにな」
観客席から家族の応援が聞こえてきます。それに手を振るテレジア嬢、今から試合をする顔とは思えませんね。
「第一試合、テレジア=マルケス選手対リーベル=アンドレイ選手」
あ・・・あのどうしようもない騎士です。まさか負けることはないと思いますが、どうなる事でしょう。
「宜しくお願いします」
「お美しいお嬢さん、今ならまだ間に合います」
「はぁ?」
「私にはあなたに刃を向けることなどはできません」
「では、私から行きますわ」
「ちょ、ちょっと」
―やばい。この女の子、マジックカウンターで百点出してた子だ。
―あんな魔法くらったら死ぬ・・・・・・まず死ぬ。
「アストラ・アド」
―うわぁ、詠唱始めちゃってるよ。
―どうする?リーベル。考えろ、お前は出来る男だ。
「アスペラ・ベル」
―来た・・・・・・。軽く当たって・・・・・・いやそれでも死ぬかも・・・・・・。
「テレジア選手の光の刃がリーベル選手を襲うーーっ」
「しかしリーベル選手、これを間一髪かわしました!」
「あら」
―あぶない、一瞬あの世が見えた。
「話せばわかる・・・話せば」
「今度は逃がしませんわよ」
「フォルテース・アド・アスペラ・ベル」
「炎の竜と、光の竜が対をなすように交わり合ってリーベル選手の周りをぐるぐると回り始めました」
「その円がだんだん小さくなって・・・」
「リーベル選手、逃げ場所がありません!」
「う・・・うわぁ」
「こ・・・これは」
「リーベル選手に当たる直前で竜が消えました」
「しかし、リーベル選手倒れたまま動きません」
―このまま、死んだふりをしておこう。
「リーベル選手!?」
「反応がないようです。魔法には当たらなかったような気がしましたけど・・・・・・」
―余計なことを言うな・・・・・・。
「テレジア=マルケス選手の勝利です!!」
観客席の遙か上の方で、悪そうな人たちの声が聞こえます。
「光と闇の融合か・・・」
「面白いことをやる」
「あの娘は、マルケス議長のご長女です」
「ふはは、あの間抜け面の娘か」
「とんびが鷹を産んだな」
「事前測定でも、満点で通過しているとのこと・・・」
「温室育ちがこちらの脅威になるとは思えんが、念の為監視をつけておけ」
「ははっ」
さて、観客席の上の方でテレジア嬢たちを見ていた親子はどこへ行ったのでしょうか?
「父さん、あのテレジアって子は誰やねん?」
「やはり、かなりの資質が・・・・・・」
「父さん!」
「ん、すまんすまん」
「テレジアは、俺の姪っ子だ」
「お前とはいとこに当たる」
「はぁ?」
「そんな話初めて聞いたで」
「初めて話したからな」
「そういう意味やなくて、なんで黙ってたんって話」
「時が来れば・・・・・・話そうと思っていた」
「それだけだ」
「ほな、あの子を調べさせてたんも」
「うむ、確かめておきたくてな」
「『目覚めの力』をもつものか」
「だが、今日はっきりとわかった」
「あないな技見せられたら、うちでもわかるわ」
「あの子がただもんやないって事は」
「間違いない、テレジアの素質は俺やミト以上だ」
「光と闇の融合、あれほどの魔法を一瞬にして消す能力、まだまだ眠っている力はあると思うが・・・・・・」
「マナリンクにあった、目覚めの力ちゅうやっちゃな」
「おそらくな」
「だが、『解き放ちし者』はまだわからないな」
「おそらく、大会参加者の誰かだとは思うんだが」
「めぼしい奴は・・・・・・」
「ルートヴィヒ=ブルクハルト」
「フェン=サマリー」
「ノエル=イルマーク」
「ローゼス五世」
「うむ」
「ノワールというものはどうだ?」
「ノワールはうちのダチやけど、たぶんちゃうわ」
「そうか。まだ試合に出てきていない選手もいる。よく見ておくことにしよう」
そうこうしている間に、演武場では本日の最終試合に差し掛かっているようですよ。
「本日の最終試合、サタン選手対ベリアル選手です」
「サタン選手は自身のことを魔王と名乗っています!」
「冥府へ・・・・・・落ちるがいい!」
「オーディー・エト・アモー」
「ウィデーレ・エスト・クレーデレ」
「カラミタース・ウィルトゥーティス・オッカーシオー・エスト」
「おーっと、サタン選手様々な魔法で攻撃を仕掛ける」
「どうだ、魔界の風景は」
「・・・・・・」
「ベリアル選手、全てギリギリのところでこれをかわしています」
「と言うよりも、魔法の方からかわしているようにも見えます」
「エクス・ニヒロー・ニヒル・フィト」
「ベリアル選手の魔法で辺りが闇になります」
ベリアルが唱えた魔法で、演武場どころか王都一帯が一瞬暗くなりました。そして、だんだん光を取り戻してきたようですよ。
「・・・・・・サタン選手がいません・・・・・・」
「サタン選手が消えました!」
「いったい何所へいったのでしょうか?」
「試合放棄とみなし、ベリアル選手の勝利です」
観客席で見ていたテレジア達の会話を聞いてみますか。
「おねぇさま、いまのなにもみえなかった」
「そうね、何か更に魔法の詠唱があったみたいだけど・・・・・・」
「禁術」
「え!?」
「あなたは・・・・・・」
「しあいにでてたおねぇちゃんだ」
「うちは、ミト」
「ミト=フロイトっていうんや」
「テレジア=マルケスです」
「初めて会った気がしませんわ。前にどこかでお会いしましたか?」
「話するんは初めてやけど、試合見せてもろたで」
「そうだったんですか。お恥ずかしい・・・・・・」
「それでミトさん、禁術って?」
「ミトでええで」
「ベリアルちゅうたかいな。あの闇の中で相手を異空間に飛ばす魔法を使ってたんや」
「まぁ、あの中で禁術使ってるやなんて誰も思わんけどな」
「私も何か魔法を使ってたのは分かったんですけど、禁術だったとは思いませんでした」
「なんの為に、そないなことしたかは分からんけどな」
「闇の者・・・・・・」
「今、何て?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「とにかく、一筋縄では行きそうにもあらへんな」
「はい、お互い気をつけましょう」
「また、話しにくるさかい」
「是非お話しましょう」
「ちっちゃい譲ちゃん、またな」
「かっこいいおねぇちゃん、またね」
「かっこいいやなんて、照れるやない」
ベリアルが使ったのは、禁術・・・・・・。彼は闇の者が送り込んだ刺客の一人なのでしょうか。しかし、何故あの試合で禁術を使う必要があったのか。明日はCブロックの試合が行われます。闇の者たちは果たして動いてくるのでしょうか。
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大会は四日目に突入しました。昨日シトリーとはぐれたルートヴィヒ、第一試合から出場です。いつものようなクールな表情で、召集席に座っています。彼がシトリーのことをどう考えているのかと、シトリー自身の安否が気になるところですが、ともかく試合を見てみることにしましょうか。
ルートヴィヒ一回戦の相手はどんな人なんでしょう。
「さぁ、大会も折り返して三日目。本日Cブロック一回戦の第一試合は――」
「ルートヴィヒ=ブルクハルト選手対シェムハザ=グロム選手」
「どうぞ、よろしく」
右手を差し出してきました。礼儀正しいですね。一瞬戸惑ったルートヴィヒでしたが、手を握り返しましたよ。
「試合を始めます!」
ジールの合図と共に、二人は互いに距離を取り、身構えました。
「さぁ、両者まずは睨み合います。シェムハザ選手は、アリオトの地区予選から勝ち上がってきた聖職者。黒魔術師が多いアリオトにおいて、白魔法や光魔法を得意とする珍しい選手です」
「対するルートヴィヒ選手は、ミザールの地区予選から勝ち上がった領主様。何でも、予選でかなり高度な魔方陣を披露したとか」
「性質の異なる魔法を操る両者、どんな闘いになるか楽しみです」
「ダー・デクストラム・ミセロー!!」
「先に仕掛けたのはシェムハザ選手!」
シェムハザの手から、一筋の光が鞭のような動きで飛んできて、胸元からアモンを取り出しかけていたルートヴィヒの右腕に絡み付きました。シェムハザがそのまま光の鎖を引っ張ります。
「おっと!ルートヴィヒ選手、今の衝撃でアモンを取り落としてしまった!」
カラスの飾りがついた真っ黒なアモンが、ころりと転がりました。
「シェムハザ選手、腕の自由を奪うことによって、ルートヴィヒ選手得意の魔方陣を封じる作戦か!」
光の鎖は右腕を這い上がり、背中を通って左腕にも絡まってきます。
「魔方陣を描かせたら危険そうだからな。このままで終わらせる」
「・・・・・・」
「デウム・コリト・クイー・ノーウィト!」
今度は光の十字架が、ルートヴィヒ目がけて飛んできます。
「ディーウィデ・エト・インペラー」
ルートヴィヒは眉一つ動かさずに唱えました。これは、キルシュバウム城で、壊れたワゴンの車輪を直した魔法ですね。あの時は鈴が鳴るような音がしましたが、今度は鐘を叩くような大きな金属音と共に、銀色の光の帯が演武場の周りを一周しました。すると――。
「!?」
鎖と十字架が同時に破裂し、光が会場中にはじけ飛びました。シェムハザもジールも審判員も観客も、眩しさに思わず目を閉じます。その中で、ルートヴィヒの声が聞こえました。
「アウラ・ウェニアース」
ようやく目を開けると、シェムハザが風によって持ち上げられているところでした。そして次の瞬間、地面に叩きつけられます。
ジールがそれに駆け寄りました。
「気絶しています!」
「ルートヴィヒ選手の勝利です」
審判員が宣言し、観客席から拍手が起こりました。しかしルートヴィヒは相変わらず、嬉しくもなさそうな顔でシェムハザを睨みつけています。
「眩しくてよく見えませんでしたが、鎖も十字架も消してしまったんですね!」
ジールは、今度はルートヴィヒに駆け寄ってきました。
「しかし今のは、物質の《・》破壊と再構築の魔法です!まさかそれで、魔法を《・》破壊したと言うのですか!?」
尋ねながらマイクを向けてきます。
「・・・・・・」
「秘密ならそれでいいんですよ!」
「魔方陣を封じただけでは、ルートヴィヒ選手には勝てないんですね」
「この後の活躍にも期待していますよ。みなさん、もう一度盛大な拍手を!」
歓声を聞き流しながら、シェムハザが担架に乗せられたのだけ見届けて、ルートヴィヒはフィールドを後にしました。
夕方。馬車で寝ていたルートヴィヒを、ウィンザーが起こしています。
「ご主人様、今日の試合は全て終わりましたよ」
「・・・・・・」
「宿に戻りましょう」
ウィンザーは馬車を出発させました。
「・・・・・・試合は、どうなった」
「第二試合は、ひなた様という女性の選手が勝ちました」
ひなたの相手だったトリスが扱う魔法剣術では、メルトロームと似たしくみで魔法を帯びさせた剣を使います。トリスもそれなりの術者だったのですが、ひなたの不思議な力に敗れたようです。
「炎を帯びていた剣が急に普通に戻って、トリス様、それに動揺している間にやられてしまったんです」
「ひなた様は、火の精霊が私を選んだとおっしゃっていました」
「・・・・・・次は」
ルートヴィヒの顔が、少し険しくなります。
「第三試合は、ミザール地区予選で一緒でした、あの女性が勝ちました。ごく普通の黒魔法で攻撃したら、相手も、相手の召還獣も倒してしまいました」
相手の召喚師は、ミハエルさんの手紙にも名前があった招待選手です。かなりの使い手だと書いてありましたが、特殊なことをせずにそんな選手に勝ってしまうなんて、かなりの魔法力の持ち主なんですね。シトリーは大丈夫なのでしょうか。
「最後の第四試合は、グシオン様という招待選手が勝ちました」
「どんなやつだった?」
「えーと、そうですねぇ、顔はキツネっぽくて、服装とかは道化師っぽくて」
「魔法は?」
「はい、それが、最初は闇魔法の魔方陣で闘っていたんですけど」
「最後は、見たことのない魔法で。昨日の、サタン様とベリアル様の試合の時みたいな、何だか得体の知れない恐ろしい感じがして・・・」
「・・・・・・」
「ご主人様、明日の試合は一緒に見ましょう。私の魔法の知識では分からないことも多いですし、何だか不安で。シトリーさんのことも」
ウィンザーが泣きそうな顔をします。
「そうだな」
後部座席のルートヴィヒにその顔は見えませんでしたが、珍しく少し優しい声で答えました。