Magick.16
大会の本戦三日前になり。王都では出場者二十四名の名前が大きく掲示されているようですよ。
その中にはもちろん、予選から出場を決めたルートヴィヒやミト、招待選手のテレジア嬢の名前も含まれています。市民はそれぞれに優勝者の予想をしたり、選手たちがどんな魔法を披露してくれるのか想像したりして、凄く待ち遠しそうですね。出場者の情報が載った本があるみたいですね。折角ですから拝見させてもらうとしますか。
『リーベル=アンドレイ、倍率九.一倍、地方貴族。』
倍率って・・・。三人の情報は載っているのでしょうか?
なになに『テレジア=フォン=マルケス、倍率三倍、マルケス家の令嬢。』
『ルートヴィヒ=ブルクハルト、倍率二.二、地方領主。』
『ミト=フロイト、倍率二.四倍、情報なし。』
どうやら、詳しい情報は載っていないようですね。
おや、あっちの方が少し騒がしくなっていますよ。
憲兵が、誰かを捕まえようとしているみたいです。
「だから、わしは大会出場者だと言っておるじゃろうが!」
「そんな嘘を信じられるか!」
「一旦、王宮で取り調べだ」
「無礼な!わしは、アパオシャじゃぞ!」
「確かに大会参加者の名前にはアパオシャという者の名前はあるが・・・」
「何か証明できるものを持っているのか?」
「馬鹿にしおって。ここで披露してやってもいいのじゃが、犠牲者がでてしまうぞ」
「まぁまぁ、役人さんも、このご老人がこうおっしゃっているんですから」
豪華な服に、飾り物の剣、周りに執事を連れて歩いている男が現れました。
「はぁ、リーベル殿がそうおっしゃるのなら・・・」
「ご老人、私も試合に・・・ってあれ?」
「ご老人ならとっくにあちらに歩いて行かれましたよ」
「ま、まぁいいでしょう」
騒ぎに、女性達の声が交ります。
「キャー、リーベル様よー!」
「絶対優勝してくださいねー」
「本気を出すと、相手が怪我してしまうからな」
「しびれるー」
なんか、見るからに弱そうなんですけど・・・実力はあるんですかね。
でも、どんどん参加者が集まって来ているみたいですね。あっちにも、見慣れない服を身につけた女性がいます。
「受け付けはこちらでよろしいでしょうか?」
「ねぇちゃん、あんたも大会参加者かいな。名前なんていうんや?」
「ひなた、と申します。お招きにあずかったのですが、なにぶんアルカイドは初めてなもので」
「おっちゃん応援したるからがんばりや」
「ありがとうございます」
こんな、ただの女の子が参加するんですね。ひなた・・・名前も聞き慣れないですね。
「おーい、聖騎士ローゼス様が凱旋されたぞ」
「五年ぶりか?」
「地方の統治に行かれてから、もうそんなになるか」
今度はなんです?
王都の城門近くを白い馬に乗った騎士らしき一団が、通り抜けていきます。
「父ちゃん、ローゼス様って?」
「ローゼス様はな、王様の親戚筋で、この国でいちばんの騎士団、王立聖キリエ騎士団の団長様なんだよ」
「かっこいいね」
「おう、お前も大きくなったら騎士様みたいになってくれよ」
そう言えば、先ほどの本にローゼス五世と名前がありました。彼も参加するんですね。
本当に様々な人が参加するようです。集まった猛者たちの中、三人の命運は果たして・・・。
ところで、外ではお祭り騒ぎですが、王宮では悪だくみが進行中ですよ。
「とうとう、三日後だな・・・」
「はい、私の配下の者を三名ほど紛れ込ませておりますので、邪魔者は必ず排除致します」
「どうだ、予選から参加したもので注目すべき者はおったか?」
「以前話していた地方領主が順調に勝ち進んでようですが、取るに足らない程度だったとの報告を受けています」
「フェグダ地方ではメルトロームの使い手が勝ち残ったようですよ」
「嫌な予感がする・・・その者をしっかり見張っておけ」
「かしこまりました。そういえば宰相のご子息も参加されるとか」
「うむ、少し世間勉強をさせようと思ってな」
「それより、光の者達の動きはどうだ?」
「王都アルカイドに何名か姿を確認したとの報告を受けています」
「そちらの監視も怠るなよ」
「しかし、王の推薦とは言え・・・ややこしい奴が返ってきおったわ」
「ローゼスですね」
「あやつがいると少し動きにくくはなる。まぁそれも、もう少しの間だがな」
「そうですね。あの計画さえうまくいけば・・・」
おやおや、何か順調に進んでいるようですね。やっぱり大会にも闇のものが紛れこんでいるみたいです。これからどうなっていくのか、三人の命運は・・・。
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「・・・どうして、こうなる」
「いいじゃないですか。減るものじゃありませんよ」
ルートヴィヒがふて腐れている理由は、馬車の座席で隣に座ったシトリーにありました。
「こいつが空気を食って生きる仙人なら、何も減らないだろうがな」
相変わらずの渋滞も手伝って、イライラは頂点に達しているようですね。膝を小刻みに揺すっています。まぁ、お行儀の悪い。
「そういうやり繰りは、私が何とかします。それに、そんなに長い時間にはならないんですよね」
「うん、すぐにでも会いに行こう」
「ね。お城に帰って、一日か二日、一緒に体を休めて、出発しましょう」
「・・・・・」
シトリーとウィンザーは、いつの間にかすっかり仲良くなっていました。彼を馬車に乗せたのもウィンザーです。
どういう経緯でこうなったのか説明しましょうね。大会一日目の夜、ルートヴィヒがミハエルさんに出した手紙。その返事が、さっき――シトリーの病室に向かっている時に届いたのです。手紙には、本人が告げたのと同じように『シトリーは、ゼクト=ザイアスの使いの者』と、書いてありました。ゼクト=ザイアスと言えば、この世に存在する全ての黒魔法を操ることが出来ると言われた、かつての大魔導師です。『五十年前の魔法戦争で全ての魔法力を消費してしまった彼の、手足となって働く少年がそのような名らしい。』と、手紙は続いていました。
そんな素性を知ったルートヴィヒが、ザイアスと繋がりを持ち、黒魔術の研究を進めるのに利用出来ないかと思ったのが、運の尽きでした。ザイアスに会いに行くと宣言したことが、二人の意気投合を助長してしまい、いつの間にか「今日は一緒にベルンシュタインに帰りましょう」という話になったのです。
「ザイアス様やシトリーさんのお話、色々聞かせてくださいね」
「そうだ。ミハエルさんの所にも、ご挨拶に伺わないといけませんね」
「ミハエルさんって?」
「シトリーさんのことを教えてくれた人ですよ。有名な魔法研究家です。ご存知ありませんか?」
「聞いたことあるかも知れないけど、僕、オトナにはそんなに興味ないから」
その言葉を聞いたウィンザーが、おかしそうに笑いました。
「ご主人様は、オトナじゃないんですか?」
「ん~」
「ルートヴィヒは、特別」
横のルートヴィヒに笑顔を向けるシトリー。
「ご主人様、照れてしまいますね!」
ウィンザーはお腹を抱えて笑っています。
「・・・・・」
もう付き合っていられないと言うような顔をして、ルートヴィヒは固く目を閉じました。
ベルンシュタインの城に着いたのは、とっぷりと日が暮れてしまってからでした。空腹に耐えられず、途中、小さな町の食堂でお腹を満たした三人は、もう寝るだけです。特にルートヴィヒとシトリーは、さっきからあくびを連発していました。
「・・・ウィンザー」
「はい、承知しております」
「シトリーさん、すぐにお部屋をご用意しますので、お待ちくださいね」
「二人と同じ部屋じゃないの?」
「・・・・・」
「もともと私はご主人様とは違うお部屋で寝起きしているんですよ」
「そっかぁ。じゃあ僕、ルートヴィヒの部屋で寝る」
「ええ!?」
「そうですねぇ・・・。ベッドは一つしかありませんけど、広いソファがあるので、お布団だけお持ちします」
一瞬驚いたウィンザーでしたが、すぐに微笑んで言いました。
「やったぁ!」
飛び上がりそうな勢いで、シトリーが喜びます。
「・・・おい。勝手に決めるな」
「いいじゃん」
「いいじゃないですか」
「・・・・・」
声を揃えた二人に観念したのか、ルートヴィヒはそれ以上何も言わずに、自分の部屋へ向かって歩き始めました。
「ほら、シトリーさん、ついて行って。あとでお布団持って行きます」
「うん」
その夜二人は、横になると、会話もそこそこに、すぐに眠ってしまいました。
翌朝。早い時間から、来訪者がありました。
「ご主人様!ミハエルさんがいらっしゃいました~!!」
「あれっ、ご主人様、ベッドは?」
「・・・・・」
慌てて部屋に駆け込んできたウィンザーを、ルートヴィヒが寝ぼけ眼で睨みつけます。ルートヴィヒはソファで寝ていたようです。ベッドのシトリーも目を覚ましました。もぞもぞ動いてます。ベッドを譲るなんて、優しいところがあるんですねぇ。
「何の騒ぎー?」
「お客様ですよ。昨日お話した、ミハエルさん。応接室でお待ち頂いております。お二人とも、準備なさってください」
言いながら、カーテンを引き開けます。眩しい朝日が、起き抜けの目を射ました。
「こんな朝早く・・・?ミハエルさんて、おじいちゃんなんだ」
眩しげに目を細めるシトリー。ルートヴィヒは布団にもぐり込んでしまいました。
「まぁ、そうですね。ほら、早く」
ウィンザーに布団を引き剥がされて、二人は仕方なさそうに体を起こしました。
応接室では、ミハエルさんが落ち着き無く動き回っていました。
「お待たせしました」
そこへ、ウィンザーが、パンとティーセットを載せたワゴンを押して部屋に入ってきました。後ろからルートヴィヒが顔を覗かせます。
「わざわざお越し頂いて・・・」
まだ目が半分閉じている彼が言い終わらないうちに、ミハエルさんの方からルートヴィヒに駆け寄ってきました。
「すまない、早くから。昨日の疲れもまだ取れていないだろうに・・・。待ちきれなくてな」
「・・・ん?」
ルートヴィヒの胸くらいの高さに、もう一つ顔を見つけ、ミハエルさんが目を見張りました。
「はじめまして」
「これはこれは・・・この城にお客人がいるなんて珍しい。まさか、弟だなんて言い出さないだろうな」
「・・・・・」
「シトリー=レイです。よろしく」
「おお、君がか!なるほど、利発そうな少年だ。ザイアス様の使いだというのも頷けるな」
シトリーが差し出した右手を、ミハエルさんは嬉しそうに握り返しました。
「ご主人様をひざまずかせた人ですよ」
「なんと!それは興味深い話だ。ゆっくり聞かせてくれ」
「・・・・・」
試合の前半、シトリーに圧されていた時のことを言っているんでしょうね。今日もルートヴィヒは、不機嫌な一日を過ごすことになりそうです。
四人はテーブルを囲み、パンを食べながら話を始めましたよ。
「怪我などなかったかね。本戦に行くのに何か問題は無いか」
「大丈夫です」
「何か収穫はあったかね。やつらの気配は・・・」
「・・・・・」
「すみません。何も」
ルートヴィヒは、顔も上げずに答えました。
「そうか・・・。予選では動いていなかったのだろうか」
ミハエルさんはその後しばらく大会の話を聞き、アシルのことを忘れたように楽しそうにしていました。そして、「本戦もよろしく頼む。何かあったらいつでも連絡してくれ」と言って帰っていきました。
ウィンザーがミハエルさんを見送りに出ている間、ルートヴィヒとシトリーは、応接室のソファに身を沈め、ぐったりしていました。
「なんか、朝から疲れたね」
「ねぇ、ルートヴィヒ。何か隠してること、あるでしょ」
さっきまで無邪気な笑顔を見せていたシトリーが、急に表情を曇らせました。
「・・・・・」
「言いにくいこと?」
ルートヴィヒは黙ったまま、何も答えません。
「じゃあ、僕から打ち明けるね」
シトリーは、姿勢を正してルートヴィヒの方に向き直りました。
「僕は、ミハエルさんを知ってる。あの人の甥っ子のアシルも。会ったのは、今日が初めてだけど」
「・・・どういうことだ」
「ザイアスさんは、昔のような魔法力こそ無いけど、未だ絶えない人脈や知識で、君のことを掴んだ。そして、闇の勢力がアシルを狙っているという情報も」
「知っていたのか」
「・・・一歩の差で救えなかった」
シトリーは、膝の上に置いたこぶしを、ぎゅっと握り締めました。
「君に会って、ザイアスさんの所へ連れて行くだけなら、この城に来ても良かったんだけど、大会に出場することを知って、やばいと思った」
「昨日さ、君に会いたがってる人が何人かいるって言ったでしょ。それは闇の勢力のことだよ・・・。大会は最初から、闇の勢力の息がかかっている。そいつらも、使者をよこしてくるに違いなかった」
「接触させるわけにいかなかったんだ。だから、見張りみたいな感じで最初から君について回ってたんだけど・・・」
「悪かったな。無視して」
ルートヴィヒは目を閉じて言いました。
「そうじゃないよ。僕の力が足りなかったんだ。第三種目の一回戦で戦った相手・・・あれがそうだった。一応、勝ちはしたけど」
シトリーが、首を竦めながら右腕をまくります。包帯が露わになりました。昨日の試合の一回戦で負った傷です。
「・・・・・」
それをじっと見つめるルートヴィヒ。
「一人、接触してきた」
「えっ?誰が?」
「知らない女だ」
「僕が戦ったのは男だよ!?しまった。やつら、一人じゃなかったんだ。そいつ、何て言ってきたの?」
「・・・殺された事情を知りたいやつがいるだろうと。条件を飲めば情報を与えると」
「どうしてさっき、ミハエルさんに――」
「言えるか。俺は条件を飲まなかった。チャンスを一つ手放したんだ」
「そっか・・・ごめん」
「ルートヴィヒ、条件って何だったの?」
「特別な技術を持っているなら試合で使えと。それで負けろと」
「負けろって?ルートヴィヒに本戦に行かれちゃまずいのかな」
「待って。技術って、僕との試合で見せたあれ?あの、魔方陣なしで発動した光の矢」
「そうなるな。だが条件が一つでは情報は・・・」
「情報は、君を釣るためのおまけみたいなものだよ。それぞれの条件に、違う目的があると思わない?」
「ルートヴィヒを、何かに利用しようとしているのかも」
「考え過ぎだ」
「相手は闇の勢力なんだよ。何を考えてるか分からないよ」
「・・・・・」
「ねぇ、早くザイアスさんの所へ行こう。今日にでも出発しよう」
おやおや、切羽詰った展開になってきました。ルートヴィヒサイドは、ミステリーから抜け出せませんねぇ。
魔術大会本戦までそんなに日が無いのに、先にザイアスさんに会いに行くんですかね。彼ら、どうするんでしょう!?