Magick.15
アルカイドの東南に位置するモロク遺跡にやってきた二人はどうなったんでしょうか?
「ん~これは何て読むのかしら?」
「ヒカリトカゲガマジワル」
「テレジア様・・・もう三時間ですよ」
「きっとこんな所にマナリンクはあるのよ」
「ここの遺跡も二年前調査団が入った時に調べ尽くされていますよ」
「ワレラノミチヲシメセ」
中央にある祭壇の下の石が一か所だけ違うのに気がついたみたいですよ?
「リグレット!この石動くわよ」
「だからぁ、そんなよくある話が・・・」
「あ・・・あれ・・・なに?」
祭壇がゆっくりと動いたかと思うと、階段らしきものが姿を現しました。
「そんな、馬鹿な・・・」
あんぐりと口を開けたリグレットをほったらかしたまま、テレジア嬢は遥か先に進んでいます。
「待ってくださいよー」
「こんな石像外には・・・外とは全然違う」
「この文字も、私の持ってきたマジックグラスでは解読できないわ・・・」
「地下にこんなものがあるなんて、来る前に見た報告書には書かれていませんでしたよ」
「でも、私が初めて見つけた訳じゃあなさそうね」
テレジア嬢は、地面に落ちているアモンを指差しながら何かを考えています。
「先人の遺産ってわけじゃ・・・なさそうですね」
「アモンを入手できたのは早くても五年前・・・ということは少なくとも五年、いえごく最近かも知れないわね」
そんな話をしながら、どんどん先に進んで行きます。
「そもそも誰がこんな遺跡を作ったんでしょうね?」
「マルス様?マナリンクが隠されてたりして」
「でも・・・こんな不気味な石像・・・作りますか?」
確かに、ガーゴイルやらサソリやら、不気味な石像ばかりです。
「そういえば、どっちから来ました?」
「あっちからよ、あの角が目印よ!覚えてるわ」
「あんな角、いくつもありましたよ・・・」
「大丈夫、大丈夫、あの石像を辿っていけば」
「後ろにも、前にもありますけど・・・」
「・・・・・」
「迷いましたね・・・」
「・・・・・」
「先へいきましょ、こうなったらこの遺跡の謎を解明するまで戻らないわよ」
もはや、やけっぱちですか・・・。二人は迷路のようになっている遺跡をどんどん先へと進んでいきます。おや、テレジア嬢が変化に気がついたようですよ。
「何かしら、さっきより道が狭くなった気がするわ」
「そういえば徐々に狭くなっていたんで、気が付かなかったですけど」
「この先は、狭くて私じゃいけそうにないわ。リグレット、見て来てくれる?」
「人使いが荒いんだから・・・」
ぐちぐちいいながら、リグレットは先に進んでいきました。
「すごい、すごいですよ!テレジア様!!」
遠くから、リグレットの興奮した声が聞こえてきます。
「何がすごいのよ」
「広いんですよ、それに街!」
興奮しすぎて、何を言っているか分からなくなってきました・・・。
「どっかに入り口みたいなのない?」
「紐みたいなのがありますけど?」
「引いてみてくれる?」
「普通こういうのって、引くとまずい気がするんですけど・・・」
「まずくなってから考えましょ」
「この人に、この先ついていけるかな・・・僕」
ぶつぶつ言いながらも、従順なリグレット、紐を引きました。
先ほどまで狭かった入口が、徐々に大きくなり、テレジア嬢でも出入りできるようになりましたよ。進んで行ったテレジア嬢の目の前に広がったのは一体何なのでしょう?
「す・・・すごい・・・」
「こんなものが遺跡の下にあったなんて・・・」
入口の先に広がっていたのは、端が見えないほど広大なドーム状の空間と、円形にかたどられた建物が無数に立ち並んでいる光景です。地上で見たことのない建物ですが・・・どうやら家のようですね。
「誰か、住んでたんでしょうか?」
「そうみたいね・・・いったい誰がこんなとこに住んでたのかしら」
「建物に紋章が刻んでありますよ、何でしょうね?」
リグレットの言う通り、全ての建物には竜をかたどったような紋章が刻まれています。
「ほんとね、これも、どの文献でも見たことないわ・・・」
「それより、さっきから何か物音がしません?」
「なにか近づいてきているような?」
「そう?」
「やっぱり、そんな気がします」
「誰?そこにいるのは」
物陰で何か影が動いたようです。何が・・・いるんでしょうか。
「ギギギギギギ」
鉄人形の様なものが、二人の前に現れました。一体、二体、・・・どころではないですね。次から次へと現れ、あっと言う間に二人は囲まれてしまいました。
「テレジア様、こいつらは・・・」
「リグレット、あなた何かまた悪さしたんじゃないの?」
「何もしてませんよ、それよりどんどんこっちに来ますよ」
「こんなこと言ってる場合じゃないわね、逃げるわよ」
「覚えたての魔方陣をくらいなさい!」
「デウム・コリト・クイー・ノーウィト」
光り輝く十字架がすさまじい閃光とともに、周りを囲っていた鉄人形の一角を崩しました。
「走るわよ」
駆け出した二人ですが、すぐに追いつかれては、道を作り、また逃げ・・・そうしているうちに、周りには鉄人形しかいなくなりました。もう逃げ道は・・・
「テレジア様・・・」
「リグレット・・・」
「あの魔法をここで使うと、生き埋めになってしまうし・・・」
「一か八か・・・やるしかない」
「ソール・ルーケト・・・・」
「そいつらには、光魔法は効きませんよ」
階段の上の方から唐突に声が聞こえます。誰でしょうか?こんな遺跡の地下に二人以外に誰かいたんでしょうか?
「それに、そんな魔法打ったらこの遺跡がめちゃめちゃになっちゃうじゃないですか」
「アクタ・エスト・ファーブラ」
先ほどまで二人を取り囲んでいた鉄人形たちが、ゆっくりと立ち去っていきます。
「危ない所でしたね、それにしても何故ガーディアンを呼び起こすような真似を・・・」
階段を降りてきながら、その人物は言います。羽織っていたマントを取ったその人物は・・・。
「フェンさん」
「まさか、テレジアさんだったとは」
「それにしても、何故こんな所にいるんです?」
「偶然、入口を見つけまして・・・」
「気がついたらここまで・・・」
「普通の人が辿りつける場所じゃないんですけどね・・・ここ」
「何かが引きつけたか・・・」
眼鏡の奥の瞳は、メイジ=フランソワであった時の陽気な青年のそれではないように見えます。
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「フェンさんこそ、何故ここに?」
「あ、いえ偶然ですよ」
「アモンを落としたんで探してたら、ここまで来ちゃったんですよ」
「これのことですか?」
「あーそれそれ!ありがとうございます」
「ガーディアンがまた起きてこないとも限りません、出口に急ぎましょう」
「ここ、何なんでしょうね」
「さ・・・さぁ?」
フェンに案内され、ようやく祭壇の下まで来た三人。さっきは気がつきませんでしたが、なぐり書きのように文字がかかれています。
「またこの文字ですわ、解読できないんですの」
「我々の同朋、ここに眠る」
「幾多の悲しみとともに・・・と書かれています」
「何かの理由があってこの地下都市は滅びたのかも知れません」
「それをなかったことにして我々は生きている、そんな歴史の闇に消え去ってしまった記憶」
「今はただそっとしておいてあげましょう」
そういったフェンは、とても悲しそうな目をしました。
「えっ?」
「はは、そんな深い意味はないですよね」
振り向いたテレジア嬢の前にはいつもの陽気な彼がいました。
「ここまで来れば、もう戻れるでしょう」
「もう、危ないことはやめてくださいね。ではまた大会で」
「はい、本当にありがとうございました」
「助かった・・・テレジア様と二人だったらこの遺跡でミイラになってたかもしれませんよ」
「悪かったわね、そういえば、もう夜中じゃないの。私達も急いで帰りましょう」
遺跡の文字の解読したことといい、ガーディアンを静まらせたことといい。フェン=サマリー、ただの学者という訳ではなさそうですね。
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さて、こちらはまだ競技が続いているミザール地区予選。
一回戦の試合が全て終了し、二回戦が始まっていました。ここで勝ったら、本戦に進むことが出来ます。
その二回戦、第二試合。
「ルートヴィヒ=ブルクハルト選手。シトリー=レイ選手。前へ」
審判員の声に応じて演武場に進み出た二人。結局、昨日から一言も言葉を交わすことなく、この瞬間を迎えていました。ようやく会話が行き交います。
「・・・昨日とはだいぶ表情が違うようだが」
「そうかなぁ」
確かに、シトリーの顔には昨日の自信に満ちた笑顔が見られません。代わりに、頬に傷をつけた乾いた笑顔が、仮面のようにはり付いていました。
「ねぇ、ルートヴィヒ、ルールを決めない?試合を面白くするためにさ」
「・・・・・」
「僕も君と同じで、魔方陣が得意なんだ。それで勝負したいなぁ」
「・・・飲めない」
「俺と当たったことが不都合か。それとも一回戦で―――」
「無駄なおしゃべりなんて、君らしくない」
シトリーは両腕を顔の前に持ってきて、ガードのような姿勢をとりました。
「・・・・・」
そして、とても小さな声で何か言いました。
呪文のようでしたが、聞き取れませんでしたね。おや、よく見たら、袖口から覗く彼の前腕に、魔方陣が描かれているのが見えます。なるほど、仕込んであったんですね。
腕の魔方陣から数滴、魔法薬が溶け出して演武場の床に落ちました。すると床の表面が、泉の水面のような輝きを放ち、微かに波打ち始めましたよ。
「ほら、もう完成。この演武場では魔方陣以外使えない」
「この空間も魔方陣で作ったんだ。どう?この条件で僕と勝負したら楽いと思うでしょ?」
「ちっ・・・」
ルートヴィヒは胸ポケットからアモンを取り出しながら、シトリーに近寄ろうとしました。「・・・・・」
が、数歩進んだところで、膝からがくんと崩れ落ちました。シトリーがまた何か唱えたようです。
片手にアモンを握ったままその場にうずくまるルートヴィヒに向かって、シトリーが言います。
「呪文、聞こえた?早かったでしょ」
「今、君の体には、魔方陣を一つ書き上げるだけの力も入らない。でもこの演武場では魔方陣しか使えない」
「どうする?」
「・・・・・」
ルートヴィヒはうずくまったまま動きません。会場がざわつき始めます。このまま審判員が勝敗を宣言してしまうのでしょうか!?
「・・・どいつもこいつも・・・」
彼は腰に提げた魔法薬のビンと調合パレットに手をかけましたが、力が入らず取り落としてしまいました。ビンにひびが入り、割れ目から魔法薬が漏れていきます。
「油断したね」
「・・・・・」
ルートヴィヒは息を切らしながら、ビンから漏れて混ざり合った魔法薬にアモンを突き立てました。
「・・・アストラ」
搾り出すような声が聞こえます。
「アド・・・」
これは・・・。
「まさか・・・」
シトリーが目を見開きます。
「アスペラ・ペル!」
魔法薬が一瞬眩い光を放ち、その光が終結して矢の形になりました。
「―――――!!」
かと思うと、光の矢は一気に飛び出し、シトリーの胸元に突き刺さりました。
「・・・・・」
会場中が息を飲みました。
「そこまで!」
審判員が叫ぶと、観客席から悲鳴が上がり始めました。どよめきが大きくなります。
シトリーが仰向けに倒れると、演武場とルートヴィヒにかけられた魔法が解除されました。ルートヴィヒは立ち上がり、集まってきた救護係を無視して、落としたビンとパレットを拾い集めました。
シトリーはどうなったんでしょう・・・。救護係に囲まれたシトリーに、そっと近寄るルートヴィヒ。
「・・・ペル・アスペラ・アド・アストラ」
呪文を逆から唱えると、胸に刺さった矢が消えました。傷口は・・・おや、見当たりませんね。
「う・・・」
うめき声が聞こえました。シトリーは数回咳き込みましたが、出血などはないようでした。一度目を開けて、ちらりとルートヴィヒを見ると、気を失ってしまい、そのまま運ばれてきた担架に乗せられていきました。
「ルートヴィヒ選手の勝利です。本戦への出場権を獲得です」
「・・・・・」
彼は審判員の言葉と会場中から送られる拍手に、複雑な表情を浮かべていました。
ルートヴィヒは自分の試合が終わると、控え室でぼんやりしていました。疲れてしまったのでしょうか。考え事でしょうか。
どのくらいそうしていたのか、しばらくすると、廊下に靴の音が響き始めました。カツカツって、女性のヒールの靴みたいな・・・。
「ごきげんよう」
背後からの声に、ルートヴィヒは思わず立ち上がって身構えました。
「そんなに怖がらないで。何もしないわ、ここでは」
先ほど条件がどうとか言ってきた謎の女性が、控え室に入ってきました。
「・・・・・」
「見せてもらったわ。あなたの特殊な技術。魔方陣を描かずにあの矢を発動できるなんて、どういう想像力をしてるのかしら。脳みそを掻き出して観察してみたいわね」
やっぱり物騒な人です。
「・・・あいつと組んでいたのか」
「あいつ?」
「あぁ、あの可愛らしい男の子」
女性はくすくす笑いながら言いました。
「あの子は計算外。でも、なかなか力と頭のある子だったわね。おかげで、あなたのあの魔法が見られた」
「一回戦の相手は、二種目目までに消えていてもおかしくないくらいの弱さだったものね。あれでは、あなたの実力は発揮できないわ」
「俺は条件を――」
「そうね」
「私は、条件を飲んでくれたら情報を与えると言ったけど、それ以上のことは何も言っていない。あなたは条件を飲まなかった。だから私は何も教えない。それだけのこと」
「・・・・・」
「本戦で会いましょう」
「・・・本戦だと?」
謎の女性は、笑顔を残して去っていきました。試合と、わけの分からない来客のおかげで疲弊しきったルートヴィヒには、引き止める気力もありませんでした。それでも、はっとして顔を上げると、少しふらつきながら、救護室へと歩いていきました。
「・・・あ」
目を覚ましたシトリーが、小さく声を上げます。その視界には、真っ白な天井と、ルートヴィヒ。シトリーが寝かされたベッドの脇に置かれた椅子に座って、睨みを利かせていました。
「ルートヴィヒ・・・」
「お前は、何者だ」
いきなり言い放たれて目を丸くしたシトリーでしたが、一瞬あとにはプッと吹き出して、笑いだしました。
「ひどいなぁ、気絶から目覚めたばかりのコドモに、そんな言い方ないよ」
「そうですよ、ご主人様!」
ルートヴィヒの隣には、ちゃっかりウィンザーが座っていました。
「これが、君のファミリア?」
「ウィンザーと申します。どうぞよろしく」
「こちらこそ」
二人は握手を交わしました。
「・・・・・」
その様子を見て、ルートヴィヒは白けた顔をしています。でも、もう険しさは見られませんね。
「ごめんね、ルートヴィヒ。卑怯なやり方だと思ったけど、ああでもして君の動きを封じれば勝てると思ったんだ」
「・・・・・」
ふと、シトリーの顔から笑顔が消えました。天井を見つめて言います。
「君に、会いたいって人がいて」
「何人か」
「何人か?」
今回は、ルートヴィヒの代わりにウィンザーが相槌を打ってくれました。
「そう。僕はそのうちの一人のお使い。僕に負けるようなやつだったら帰って来いって」
「なんか悔しいから、絶対勝ってやろうと思って色々作戦練ったんだ」
「それって、誰なんです?」
「・・・言ったら、会ってくれる?ルートヴィヒ」
小さな子が、母親に欲しいものをねだる時のような顔で、シトリーが言いました。
「相手次第だ」
「きっと、君も知ってる」
「お名前、教えてください」
「ザイアス」
「ゼクト=ザイアス」
それは、五十年前の魔法戦争で活躍した、英雄の名前でした。