Magick.14
フェグダ地方の第三種目、ミトの試合が始まって一分は経とうとしていますが、両者とも睨み合ったまま一歩も動こうとしませんね。
「おっちゃん、どうしたんや?」
「お主の方こそ、かかって来たらどうかね」
何かを決意した目でミトは返します。
「ほなら、いくで」
「スキエンティア・エスト・ポテンティア!」
これは、一種目目で使った炎の竜の呪文ですね。このまま攻撃するのでしょうか?いえ、竜が周りを大きく一周して、包み込んだと思うとミトの手が赤く光りだしました。
「じいちゃん、初めて見たか?これが魔武術、メルトロームや」
「ほほう、名前を聞いたことはあるが、見るのは初めてじゃな。じゃが・・・」
「カラミタース・ウィルトゥーティス・オッカーシオー・エスト」
発生した雷がミトを襲います。これを難なくかわしたミトでしたが、続けざまに魔方陣から発生した植物の蔦のようなものが、闘技場を所狭しと伸びてきます。
「フェスティーナー・レンテー」
「ほれほれ、近づけなかったら何もできまいて」
とうとう、蔦に足を取られたミト。
「少し惜しかったのぅ。メルトロームは見てみたかったもんじゃが、その距離ではの・・・」
「これで終わりじゃ。オーディー・エト・アモー」
そらからミトめがけて岩が・・・絶体絶命!!
「じいちゃん、メルトロームをなめたらあかんで!」
気合いを入れて
「いくでー、鳳凰の突き、壱」
ミトの両手から鳥のようになった気がハーレンを襲います。これをとっさにガードしたハーレンでしたが、先ほどまで蔦に足を取られていたはずのミトが、もうその場所にはいません。
「どこに行きおった」
「弐」
突然、ハーレンの上から声がしたかと思うと、その頭上から足に竜を宿したミトの攻撃が襲い、たまらず直撃です。
「参」
立ち上がれずにいるハーレンにミトが追い打ちを仕掛けます。諦めて目を閉じるハーレン。
―ドゥウゥ
闘技場が少し揺れたように感じました。
「何故じゃ」
ミトの拳はハーレンにはギリギリ当たっていません。
「これは試合やからな。殺し合いやあらへん」
「・・・どうやらわしの負けの様じゃな。若いもんにはまだまだ負けんと思っておったが」
審判が、勝利を告げます。
「ミト=フロイト選手の勝利です!!」
満員の観客から、おしみのない拍手と賞賛が送られます。それに照れくさそうに手を振りながら、ミトは控室へと戻っていきました。
「では、第二試合を始めたいと思います。」
控室では、次の試合の為にジンがウォーミングアップをしているみたいですよ。
「ミト、おめでとう」
「ジンも次の試合がんばりや。相手はあの男やけどな」
「ミト、心配いらないと言ったはずだ」
「心配はしとらへんけど、用心に越したことはないからな」
どうやら、試合が終わったようですよ。
「ジン=アッセン様、ロア様、闘技場の方へ移動願います。」
ゆっくりと闘技場に姿を現したジンの前に、マントのままの男が既に待機しています。
「では、第五試合開始!」
「ウィデーレ・エスト・クレーデレ」
どうやらジンもミトと同じように、メルトロームを使いこなすようですね。今度は、手に氷の気が宿りました。ロアは・・・相変わらず動きませんね。
「こちらから、いく」
「白虎の構え」
「壱」「弐」「参」
おや、全部命中したように見えましたよ。闘技場の真ん中には氷漬けになったロアが残されています。試合・・・終わったんでしょうか?
いえ・・・少しずつですが、氷に割れ目が入ったかと思うと、無数の風の刃がジンを目掛けて飛び出してきました。急な反撃に驚いたジンですが、攻撃を続けます。
「一気に決める」
「奥義、氷虎爆砕」
目にも止まらない速さでロアを氷が包み込んだかと思うと、ジンが一撃で破壊しました。
「手ごたえは、あった」
今度こそ・・・終わりました、よね?
「・・・た」
「たりない」
「あぁーーーー」
立っています・・・ほとんど無傷で・・・
そして、ロアの体から闇の煙のような物がどんどん湧き上がっています。もはや魔法と呼べるのかもわかりませんが、こんな魔法見たこともありません。煙が狼を形作り、禍々しいほどの殺気を放っているように感じます。その煙が、ロアの意思に呼応するかのようににジンを標的に選びました。
一瞬でした。黒い闇が消え去った後にはジンが倒れています。
「ロ・・・ロア選手の、勝利です!」
たまらず、ミトが駆け寄ります。
「ジン!」
「選手以外の方は闘技場に入らないでください!」
気を失ったジンは係の者によって診療所へと運ばれていきました。ロアはどこにいったのでしょう?控え室?観客席?どこにもいませんね。お、会場の外にいるあの後ろ姿は・・・そして昨日の男・・・。
「馬鹿な奴だ。お前にあの程度の魔法が効くわけもないわ」
「それにしてもまた暴走しそうに・・・薬の強さを上げねばならんな」
「・・・たりない」
「試合に勝てば、いくらでも薬を与えてやろう。だから次も決勝も絶対に負けるんじゃないぞ」
「ハハハ、ハハハハ」
ロア本人は、勝ったのに少しもうれしそうではありませんね。いったい男とロアの関係は・・・。
夜になり、診療所にいるジンがやっと目を覚ましたようですよ。ミトもそれを見て少し安心した表情に変わりました。
「よかった、やっと気がついた」
「大丈夫かいな?」
「ミト、俺は丈夫なだけが取り柄だから大丈夫だ・・・。だが、あの男と戦った時、確かにおれの攻撃は奴を捉えていた・・・。それに奴の魔法に感じた違和感はなんだったんだ」
「私も、あんたの一撃があいつを捉えた様に見えたで」
「ジンが感じていた違和感、結局わからんままやったな」
「ミト、試合は?」
「うちと、あいつと、なんちゅう名前やったか忘れたけど他に一人が決勝進出したで」
「そうか」
「決勝であいつの正体、見極めたるさかいな」
「ミト、悪いな」
「かまへんて」
決勝まで、後一週間足らず。そういえば祖母から真実を知らされたテレジア嬢はどうなったのでしょう。最近全然様子を見に行っていませんでしたね。
「リグレット!リグレット!」
「テレジア様~、またですか?」
「今日はモロク遺跡に行くのよ」
「昨日も、ハウゼン山に行ったところじゃないですか・・・」
「マナリンクなんてそんなにどこにでもあるもんじゃないですって」
「でも、おばあ様はマルス様が世界中に残したって言ってたわよ」
「それにもしかしたらシンラ叔父様に会えるかもしれないし」
「だからって・・・あてずっぽで行ってみても・・・ねぇ」
「それにもう大会まで一週間切ってますよ」
「わかったわよ、じゃあ今日行ったら一旦お休みにしましょ」
「結局今日は行くんだ・・・」
「はい!そうと決まったら出発!」
なんか、試合のことをすっかり忘れていたような。テレジア嬢は、案外前にあるものしか見えないタイプなのかも知れませんね。
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「ご主人様!私ちゃんと見てましたよ!すっごくかっこ良かったです」
ウィンザー、久々の登場です。
「・・・・・」
競技終了後も、二人は人ごみに飲まれてなかなか会えませんでした。みなさんご想像できるかと思いますが、そういうものが大の苦手なルートヴィヒ。ウィンザーを探そうともせず、馬車を停めてあるところに直行し、座席に横になって待っていました。ウィンザーも主人の行動を予測し、そこで無事に合流できたのです。しかし、会場から出て行こうとする人々が一気に出入り口の門に押し寄せたため、馬車はまだ足止めを食っていました。
「詠唱は完璧だったし、ラビリンスも、現在の道を選んだ人の中では一番通過!すごいです」
ウィンザーの言葉に、ルートヴィヒがはっと顔を上げました
「・・・ラビリンスの中を、見ていたのか」
「あ、はい。フィールドの真ん中に四角い建物が現れて、ご主人様達はそこに入っていきましたよね」
「あの建物の屋上に、薄い水晶の板が貼られていて、中に入った選手の様子がずっと映し出されていたんです。観客席からは、みんなそれを見ていました」
「・・・そういうことか・・・」
「えっ?何のことですか?」
「・・・・・」
してやられたという顔のルートヴィヒ。
「―――ところで」
突然、ウィンザーの目がぎらりと光りました。
「さっき観覧席で一緒にいた少年は、誰ですか?」
「召集席なんかでも話しているのが見えましたけど」
おやおや、やきもち焼きのウィンザー、自分には愛想の無い主人が、知らない人間と親しげに話していたことを気にしているんですね。
「・・・・・」
ルートヴィヒは、うっとうしげな顔をしています。
「お名前は何とおっしゃるんです?」
「・・・シトリー」
「シトリー=レイ」
「何者なんですか?」
「俺がききたい」
彼は荷物の中から紙とペンを取り出すと、何か書き始めました。どれどれ、何を書いているのかな。
ふむふむ、ミハエルさん宛てのようですね。シトリー=レイという人物について情報がないか問い合わせる内容です。
「・・・コグノスケ・テー・イプスム」
手紙は、ルートヴィヒの手のひらで数回羽ばたくと、飛び去っていきました。
「寝る。着いたら起こしてくれ」
「は、はい、かしこまりました」
それから馬車は、宿泊先へ向かいました。そう遠い場所ではありませんでしたが、渋滞のため到着まで長い時間がかかりました。その間、彼は目を開けませんでした。本当に寝ていたのかどうかは分かりませんけど。
翌日。今日も花火が盛大に撃ち上がりました。音楽が聞こえ、人々が騒ぎ始めます。
外の喧騒と朝日に目を覚ましたルートヴィヒは、いつもと変わらぬ不機嫌な顔をしています。
宿を出ると、一日目と同じように渋滞しています。ゆっくり馬車を進ませながら、ウィンザーが話しかけます。
「昨日のお手紙の返事、来ませんでしたね」
「・・・・・」
「昨日の競技中、何か掴めたことはあったんですか?」
「・・・何も」
「不正や悪質な仕掛けはなかったし、妙な動きをしているやつも見当たらなかった」
「客席でも、特別な動きはありませんでした」
「・・・・・」
ウィンザー、あなた競技に夢中だったでしょ。
「予選には何の画策も無いのか」
「招待者はシードで本戦からの出場だからな。招待者であるアシルに手を出したのなら、本戦に何か目的が―――」
「・・・・・」
「ご主人様」
「私、今日も一般客席で見ています。活躍してくださいね!」
思わずアシルの名を出して黙り込んでしまったルートヴィヒを励ますように、ウィンザーが明るい声を上げました。
「勝って、本戦に行かないと」
「・・・そうしなければ意味が無い」
会場に着くと、前日受付があった場所に第三種目のトーナメント表が貼り出されていました。既に人だかりが出来ていて、なかなか見えません。
「控え室にも同じものを掲示してございます。出場者の方は、どうぞそちらをご覧ください」
ルートヴィヒはそれを聞くと、さっさと踵を返して控え室の方へ歩き始めました。
「行ってらっしゃ~い」
ウィンザーが、その後ろ姿に手を振ります。主人の姿が見えなくなると、人だかりに割り込んで表を確認にしに行きました。
「ご主人様は第四試合だ」
「それと、シトリーさん・・・第三試合」
ということは、二人とも勝てば二回戦で当たってしまいますね。
当のルートヴィヒは、シトリーを探していました。
「・・・いない」
控え室の入り口に、第三種目は出場者が十二人しかいないので、今日は出場者用の観覧席を設置していないと貼り紙が出ていました。それで、いるなら控え室だと思ったルートヴィヒでしたが、シトリーの姿は見えません。
ルートヴィヒは壁際のソファに腰を下ろしました。脚と腕を組み、目を閉じてじっとしています。昨日から、眉間のしわが取れません。イライラしていますねぇ。
そんな彼を尻目に、第一試合が始まりましたよ。開始の合図、笛の音が聞こえました。
「試合をご覧になりたい方は、召集席へどうぞ」
係員の呼びかけに、出場者がぞろぞろと控え室を出て行きます。ルートヴィヒは全員が出て行くのを待って、少し考えてから立ち上がりました。出入り口のドアをくぐろうとします。
―――と。
いつも伏し目がちなルートヴィヒの視線に、青白くすらりとした脚が飛び込んできました。反射的に足を止め、顔を上げます。
「こんにちは」
ルートヴィヒと同じくらいの高さに、脚と同じように白い顔がありました。美しい女性の顔です。黒く長い髪に、黒い服、黒い靴・・・。それらの黒が、肌の白さを引き立てています。全身黒って、なんかルートヴィヒとかぶってません?
「・・・・・」
無視して脇を通り抜けようとするルートヴィヒの胸のあたりに、細い腕が伸びました。
「待って」
「・・・何の用だ」
「噂どおりの人ね、ルートヴィヒ=ブルクハルト」
その言葉に、彼女を睨みつけます。
「そんな顔しないで。あなたは、自分で思っているよりも有名なの」
「・・・下らない」
腕を押しのけて進もうとしましたが、見た目の細さからは想像出来ない力で押し返されました。もう一度睨みつけるルートヴィヒ。
「忠告に来たのよ。あなたまで殺されないように」
「何の話だ」
「あなた、どうして殺されたか知りたい人がいるでしょう」
「・・・・・」
「同じ理由で殺されちゃうわよって、忠告に来たの」
殺されるって何度も・・・物騒な人ですね。
「お前は何者だ」
「私は情報を与える者。二つの条件と一緒にね」
「・・・目的は何だ」
「質問が多いのね。それも後で教えるわ。条件は二つ」
「一つ目は、あなたが何らかの特殊な技術を持っているなら、試合の中で披露すること。二つ目は、一回戦か二回戦で負けること」
「意味が分からない」
「そうかしら。ここで答えを聞かせてくれなくてもいいのよ。試合が条件どおりに運んだら、あなたが条件を飲んだと判断するわ」
「・・・・・」
「ご英断を」
呆然とするルートヴィヒを置いて、彼女は去っていきました。
「・・・どいつもこいつも、一体何なんだ!」
くぐりかけたドアを一発殴りつけると、彼は再びソファに身を沈め、しばらく何事か考え込んでいました。
一回戦は第二試合が終了し、第三試合が始まっているようです。
「ルートヴィヒ=ブルクハルト様、待機をお願いします」
係員が呼びに来た声に、ようやく抱えていた頭を上げたルートヴィヒ。
「・・・・・」
重い腰を上げ、どこかを睨みつけたまま、係員に連れられて召集席へと向かいました。
召集席に着くと、ちょうど第三試合が終わったところでした。
「・・・あ」
思わず声を上げたルートヴィヒ。試合を終えたシトリーが退場するところでした。右手で左腕を押さえています。服や顔など、ところどころに血が滲んでいますね。そんなに壮絶な試合だったんでしょうか。
シトリーは救護係に抱えられるようにして演武場を降り、フィールドの出口に向かっていきました。
「シトリー・・・」
ルートヴィヒの呟きが聞こえたかのように、シトリーが振り返りました。
何か言いたげな顔です。
「第四試合の出場者、演武場へ」
「・・・・・」
お互いに言いたいことを抱えたまま、ルートヴィヒの試合が始まってしまいました。
相手は、狼の被り物をした男でした。
「これは気にしないでくれ。私は大衆に顔を見られるのが苦手なのだ。それ以上の意図は無い」
「・・・・・」
しょっぱなからお喋りですか。ルートヴィヒの苦手なタイプ決定です。
「こちらから良いかな?冷めた瞳のお方」
「あなたのようなクールな人には、氷がお似合いだ」
「ウィデーレ・エスト・クレーデレ!」
狼男が放った氷の刃が襲いかかってきます。
「・・・スキエンティア・エスト・ポテンティア」
その氷に向かって、彼は炎の竜をぶつけました。
―ジュウゥゥゥ
大きな音がして、演武場が霧のようなものに包まれます。氷が解けて水になり、さらに水が蒸発して水蒸気となったのです。
「熱い!熱いぃぃぃ」
狼男が、叫びながら演武場から転がり落ちてきました。高温の蒸気で、上半身を火傷したようです。
「試合終了!」
狼男が担架に乗せられて運ばれてしまってから、ようやく水蒸気の霧が晴れてきました。
「ルートヴィヒ=ブルクハルト選手の勝利です」
その中から現れたルートヴィヒは、髪が少し濡れているだけでした。
「・・・・・」
黙って演武場を離れていきます。
一瞬にして片が付いた試合の様子を先ほどの女性が見つめていたことにも、彼女が次の第五試合に出場する選手であることにも、ルートヴィヒは気がつきませんでした。