Magick.13
さてさて、ミトは果たして第2種目目を突破できたのでしょうか?
審査員が部屋に入ってきましたよ。
「みなさん、先ほどの審査結果を発表致します。発表はクリアタイムの早い方の順番とさせて頂きます」
「ロア様、ミト=フロイト様、ジン=アッセン様、・・・・以上12名となります」
会場は、喜びと落胆がまじりあっておかしな雰囲気になっていますね。
「一番やと思ったのに」
「ジンも合格したんやな」
「ミト、やっぱりあいつ気をつけて置かなければならない」
「そやな、用心しとくわ」
ロアという男、顔はマントに隠されてよく見えませんが、何やら恐ろしい雰囲気です。今も壁に向かってぶつぶつと独り言をつぶやいています。
この大会、そう簡単には行かないかも知れませんね。
会場に残った12人に対して、審査員が続けます。
「最終種目は明日行われますので、皆さん体を十分に休めて置いてください」
「尚、トーナメント表は明日の種目開始前にこの会場の方に配置しておきますので、ご確認ください」
ミトはそそくさと会場を後にしているみたいですね。
「ジン、街でご飯でも食べていこうや」
「ミト、食べすぎはよくないぞ」
「わかってるって」
街一番の繁華街で、豚肉の丸焼きを口に運んでいるミトの目の前をロアと呼ばれる男が路地裏の方に入っていこうとしています。
「ジン、見てみいあれ、さっきの男やで」
「ちょっと後付けてみよか」
会計を素早く済ませた二人は、こっそり男の後をつけていきます。
路地裏をどんどん進んでいく男、見つからないようについていく二人、果たしてその先には何が。
6回目の角を曲がった二人は、男を見失ってしまった様ですね。
「見失ってもたやん」
「どこいってん?」
「ミト!静かに、あの小屋の中から声が聞こえてくる」
ジンは路地の行き止まりにある、今にも崩れそうな小屋を指差しています。
「ロア、本戦には出場できそうか?」
「うぅ・・」
「そうか、お前には大金をつぎ込んでいるんだ、本戦で優勝して貰わんとならんから、こんな地区予選で負けてもらっては困る」
「・・・」
「そろそろ、注射の時間だな。お前は、俺がいなくては生きていくことさえできないんだから、間違っても裏切ろうなんて考えるんじゃないぞ」
「・・・・」
不意に、空きビンの割れる音が響きます。
「誰だ!そこにいるのは」
中から出てきたぼさぼさ髪の男が、周りを執拗に確認しています。
「気のせいか・・・」
男に見つかる前に一足早く路地裏を抜けた二人は、もう繁華街の道の真ん中を歩いています。
「危なかったわ」
「ミト、気を付けろ」
「はいはい、悪うございました」
「でも、なんか変なこと言ってた」
「裏切るとか、大金をつぎ込んでるとか、なーんかややこしそうな関係」
「でも、気をつけんとあかん事は確かやな」
街を歩いている二人に、お祭り好きの人達が話しかけてきます。
「姉ちゃん見てたで、すごかったなぁ、どこであんな魔法覚えたん?」
「知らん間に覚えとったんやって、ほんまに」
「明日の試合楽しみにしてるからな」
「任せといてや」
「今度うちの劇場にも遊びに来てや」
「ただやったら行ったるで」
ミトは、街の人と気さくに話をして、応援をしてもらっていますね。こういう所、テレジア嬢とよく似てます。
―ドンドンドン!
「ミト、試合だぞ起きろ」
ジンがミトの部屋のドアを、壊れんばかりにたたきます。昨日の夜、いえ今朝まで騒いでいたんですから無理もありません。
「あー、朝からうるさいなぁ」
「げっ!もうこんな時間、ちょっと待っててや」
しばらくして出て来たミトは、髪もぼさぼさ、服もよれよれで今にも寝てしまいそうな顔してます。
「はぁぁぁぁ、急ごか」
会場についた二人は、どうやら一番最後だったみたいですね。他の出場者達は各々、準備運動をして試合に備えています。二人の目は、会場の真ん中にあるトーナメント表に向けられているみたいですよ。
「誰かわからんやつばっかりやから、作戦の立てようがないわ」
「ってジン、あんた一回戦からあの男とやんか」
「・・・・・」
「まぁ、ジンなら勝てるとは思うけど」
「ミト、俺は勝つ」
「そうやないとな、ジンは」
会場に入ってきた案内員が試合開始の合図を告げます。
「みなさんお早うございます。対戦表はそちらに掲示してあります通りですので、ご確認ください。では早速ですが、第一試合、ミト=フロイト様×ギュスターブ=ハーレン様を行います」
「ミト、頑張れ」
「わかってるって」
地下にある待合室から、演武場に続く階段を上っていくと、大会を待ちかねていたような太陽が降り注いできます。それとともに、同じように待ちかねていた観客の声が波のようになって演武場を包み込んでいます。
「えらい活気やで」
演武場の真ん中にやってきた両者は向かい合い、最終ルールの説明を受けているみたいですね。
対戦相手は、いかにも魔法使いと言う感じのおじいさんです。
「若いもんにはまだまだ負けてられんからのぅ」
「じいちゃん、悪いけど手加減はでけへんから」
「では、第一試合を開始します」
ゴングが高らかになり響きました。
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ルートヴィヒは、第二種目に入りましたよ。まずは、三つの分かれ道。
〝過去を試したい者は右へ〟
〝未来を試したい者は左へ〟
〝現在を試したい者はまっすぐ進むがよい〟
〝ただし一度決めた道に帰り道はないと知れ〟
彼が選んだのは〝現在〟。
そちらに進んで現れたのは、全く普通の木製の扉です。それを開くと石造りの部屋があり、中の空気は地下のようにひんやりと湿っています。ここも、未来の部屋と同じ仕組みでドアが開くようです。
〝あなたは選択する〟
〝意思をもって〟
〝あるいは運命によって〟
・・・難しい謎解きです・・・。私には、さっぱり意味が分かりません。
お、ルートヴィヒは得意の独り言を繰り出しながら、魔法薬を調合し始めました。
「・・・魔法大全第三十巻。第七部『魔方陣』、第三章『基本魔法』、第六項『属性岩の魔方陣』・・・」
ちなみに『魔法大全』とは、ラフマニノフ魔術評議会監修の魔法百科事典で、全六十六巻。この世界で一番のロングセラー本です。
ルートヴィヒは素早く魔法薬を調合すると、石台に魔方陣を描き始めました。三重の円と、複数の直線。最後に、石版に書かれた三つの言葉を、三重の円の内側に一語ずつ書き入れていきます。
「アーレア・ヤクタ・エスト」
呪文と同時に、部屋ががたがたと揺れ始めました。石台が激しく震えます。
「あとは、転がる石のように・・・」
振動が徐々に大きくなっていき、一番大きな衝撃が走った瞬間、石台は細かく砕けてその場に崩れ落ちました。
まるで砂の城が崩れたような石の残骸に、ルートヴィヒが近づきます。彼の足元でサラサラと音を立てるのは、まさしく砂でした。
アモンをかざし、先を地面に向けてくるりと回すと、山になった砂が帯状に舞い上がり、そこに埋もれていたクリスタルが現れました。
拾い上げると、次のドアが開きました。
どうやらこの〝現在コース〟は謎解きではなく、知識を試す課題のようです。今のに問題文をつけるとしたら、『この言葉が組み込まれた魔方陣を描け』といったところでしょうか。
力を持った言葉は、文字にすると魔法を形成する要素になる。魔方陣は、記号や線だけで描かれるとは限らないんですね。
次の石板には、何が書かれているんでしょう。
〝その道は分かれない〟
〝一方を均すなら〟
〝自ずと他方が拓かれる〟
「・・・・・」
ルートヴィヒ、ちょっと考えてます。
「第三十四巻。第七部『魔方陣』、第二十章『異国の魔術の応用』、第五項『東国の言霊』、その四『属性植物の魔方陣』・・・。極東の小国に伝わる格言、〝文武不岐〟の思想を組み込んだ、基本魔法の変形魔方陣だ」
「重箱の隅をつつくような問題だな」
「・・・しかも・・・」
少し眉間に皺がよります。
再び魔法薬を調合し、今度は床に大きく魔方陣を描き始めました。さっきより、筆の進みが遅いように見えますね。三つの言葉は、また魔方陣に書き込まれています。
「インキペ・ディーミディウム・エスト・ファクティー・コエピッセ」
描きあがった魔方陣から、緑色の淡い光が放たれます。すると中心に、何かの芽が一本生えてきました。それはどんどん生長して、背を伸ばし、つぼみをつけ、花を咲かせました。薄桃色の、控えめな花です。続いて二本目、三本目と次々に生じ、あっと言う間に床が花畑になりました。
芽は続いて、部屋の中心にある石台にも生じ始めました。少しずつ、生えてくる位置が高くなっていきます。
ところが、石版に届いたところで、芽の進行はぴたりと止まってしまいました。
「・・・ちっ」
ルートヴィヒ、床に膝をつき、花に埋もれた魔方陣に両手を触れました。その姿勢のまま目を閉じます。魔法力を送り込んでいるようです。
するとすぐに、魔法力に押し出されるように芽の進行が再開して石版に届き、クリスタルからも一本生えてきました。その芽が生長して花を咲かせると、ようやく次のドアが開きました。
「・・・・・」
それを確かめて立ち上がったルートヴィヒの額には、ちょっとだけ汗が滲んでいました。
「・・・実用的じゃない」
植物属性の魔法は苦手なのでしょうか。花には縁がなさそうですしねぇ。負け惜しみのような一言を残して、最後の部屋へ向かっていきました。
いよいよ最後の部屋です。前の二つと同じく石造りの簡素な部屋の真ん中に、石台と石版が設置されています。
〝運命は螺旋の中に〟
〝今日を愛する者に明日の栄光を約束する〟
しかし今度は、クリスタルがありません。何に対して魔法を向ければ良いのでしょう。
「・・・ちっ」
しかし舌打ちした割には、クリスタルを探しもせず、さっさと魔方陣を描いてしまいました。
「ラティオー・クゥァシ・クゥァエダム・ルークス・ルーメンクゥェ・ウィータエ」
呪文と同時に、部屋が真っ暗になりました。訪れた闇の中に、かすかに青白い光が浮かび上がります。一つ、二つ、三つ。
ルートヴィヒは三つの光を見比べ、右側に浮かぶ最も明るい光に手を伸ばし、掴みました。
「ウィータエ・ルーメンクゥェ・ルークス・クゥァエダム・クゥァシ・ラティオー」
呪文を逆から唱えることでフィールドが解除され、最後のドアが開きました。ルートヴィヒの右手には、クリスタルが握られています。
ドアをくぐると、係員がいました。
「ルートヴィヒ=ブルクハルト様、お疲れ様でした」
「第二種目の通過者は、全員の結果を待ってからの発表となります。控え室か観覧席でお待ちください」
「・・・・・」
ルートヴィヒは不機嫌そうな顔をしたまま控え室へと向かいました。
控え室に入ると・・・。
「ルートヴィヒ!」
「お帰り。どうだった?」
シトリーが飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってきました。
「・・・・・」
ルートヴィヒが何も答えず、そっぽを向いたままソファに腰を下ろすと、シトリーも横に並びました。
「僕、未来の道を選んだんだけど、センスの無い謎解きでさぁ。僕が問題を作った方が面白かったと思うんだよね」
「・・・・・」
しばしの沈黙。
「・・・ねぇ、ルートヴィヒ」
「君がどの道を選んだか、当てようか」
ルートヴィヒの眉がぴくりと動きます。
「〝現在〟でしょ」
「ついでに当てると、魔方陣が得意な君でも、植物属性の魔法とは、あまり相性が良くない」
「・・・見ていたのか?」
ようやくシトリーの方を見たルートヴィヒは、完全に彼を睨み付けていました。その視線を受け止め、挑発するようにも見える無邪気な笑顔で、シトリーは続けます。
「最後の光魔法は、どうしてあんなに嫌がってたのかなぁ。苦手とは思えないタイプの魔法だったし、実際に上手くやってたと思うけど。もしかして、光魔法が嫌いなだけ?」
まるで舌打ちまで聞いていたかのような言い方です。
「お前は、何者だ」
「そろそろ僕に、興味持ってくれた?」
鋭い視線と、何を含んでいるか分からない笑顔が向き合い、しばしの沈黙が訪れました。
そこに、係員の声が響きます。
「みなさん、どうぞご注目下さい。第二種目の結果を発表致します。クリアタイムの早い順に申し上げます」
「シトリー=レイ様、・・・、ルートヴィヒ=ブルクハルト様、・・・。以上十二名です」
「最終種目は明日行われます。本日は十分にお休みください」
「最終種目のトーナメント表は、明日の競技開始前にこの会場に貼り出しますので、ご確認ください」
「では、明日もご健闘をお祈り致します。残念ながらここで敗退された方も、ぜひ観戦にいらしてください」
「お疲れ様でした」
係員が行ってしまうと、控え室はざわざわし始め、皆それぞれに競技の感想を話し合いながら引き上げ始めました。
しかし二人の間には、言い知れぬ静寂の空気が流れていました。
「お前は・・・」
「明日、伝えるよ」
「必ず来てね」
「待て」
立ち上がったのをを引き留めようとするルートヴィヒの手はかすりもせず、シトリーは軽やかに身を翻して走っていきました。
追いかけましたが、控え室を出ると、どこからわいてきたのか通路がひどい人ごみで、すっかり見失ってしまいました。
「何者だ、あいつは」
眉間に皺を寄せたルートヴィヒの顔に、不安の色が浮かんでいました。