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Magick.12

フェグダ地方の大会待合室では、係りの案内が響きます。

「11番から20番の方、会場へどうぞ」


「とうとう、うちの番がきたでー」


「ミト、しっかりな」


「はいはい」


 会場には、均等に十体並んだかかしに鎧をつけたようなパントマイムとその二十メートルくらい前に詠唱スペースらしき場所が設けられていますね。

 周りには黒いマントをかぶった審査員らしき人達が、一、二、三、・・・八人くらいいますね。

 参加者の皆さんはそれぞれ、魔法を唱え始めたようですよ。さてさてミトの実力を見させてもらうとしましょう。


「ウィデーレ・エスト・クレーデレ」


 氷の塊が、ふいに空中に現れ分解されるかの様に散り散りになってパントマイムを襲います。

 しかも、詠唱と呼べる時間もなかったかのように一瞬の出来事でした。


「スキエンティア・エスト・ポテンティア」


 今度は、炎の渦がミト自信を包んだかと思うとミトの右手に集まりだし、ゆっくりとしかし確実にパントマイムの方へ向かっていきました。その炎がパントマイムの足もとに届いたと思ったら、次の瞬間すさまじい轟音とともに炎が空に向かって立ち上がりました。パントマイムは、無事なんでしょうか・・・。

 徐々に火が消えて、パントマイム、いえ元パントマイムだった何かは無残にも骨組だけになってしまいましたね。

 他の参加者、審査員達は茫然とその光景を眺めています。ミトが次の詠唱に入ろうとした瞬間審査員が止めに入りました。


「ミト=フロイト様、もう結構です」


「まだ三発目が終わってないで?」


「いえ、第一種目通過です」


「そうなん?それやったらええんやけど・・・」


 しぶしぶ引き揚げていきましたね。次々と他の参加者も、挑戦はするものの詠唱に時間がかかりすぎる人やら、そもそも魔法自体を使えなかった人がいたりはするものの、大体似たり寄ったりの力みたいですね。ジンの方も、順調に第一種目を通過したみたいですよ。


「ジンも通過できたんや」


「当たり前だ」

「ミト、それよりあいつには注意した方がいいぞ」


 二人の視線は、待合室の端で何やらぶつぶつ言っている青白い顔の男に向けられています。


「俺はあいつと同じ組だったんだがあいつが魔法を詠唱した瞬間、背筋がぞくっとした」


「見た目は、ひ弱そうな奴なんやけど、ジンがそういうなら気ぃつけとくわ」

「次は、魔方陣の審査やろ?」


「ミト、心配か?」


「何言うてんねん、ジンを心配してただけや」


 二人が話していると、先ほどの案内係がまたやってきましたね。


「第一種目通過おめでとうございます、続きまして第二種目を行いますので、呼ばれた方から順に会場にいらしてください」

「では、7番の方どうぞ」

「続きまして11番の方どうぞ」


 ミトが会場に足を踏み入れると、大きな平屋建ての建物にこれまた大きな門が付いています。入口には、先ほどと同じ格好をした審査員が立っています。審査員は静かに声を発します。


「ご健闘を」


「おおきに」


―ギギギギィィィィ


 いかにもと言う音を出しながら開いた門の中は真っ暗で、ところどころに行燈が配置されています。

 真っ直ぐな道をゆっくり進んでいくと、三つに分かれている道とその横に看板があります。


〝過去を試したい者は右へ〟

〝未来を試したい者は左へ〟

〝現在を試したい者はまっすぐ進むがよい〟

〝ただし一度決めた道に帰り道はないと知れ〟


「何や意味分からんけど・・・」

「うちは未来や」


 左に曲がって進んでいったミトの前に、期待を裏切らないほど大層なドアが現れました。


「また、でかいドアやなぁ・・・」


 ミトが、ゆっくりそのドアを押そうとした瞬間、すーっとドアが自然に開きました。


「なんや、仕掛けでもあるんかいな」


 開いたドアの中は、今までの雰囲気とは異なって広々とした部屋です。しかも、至る所にランプが置かれ、明るく調整されています。いつの間にか閉まったドアに気が付かないまま、ミトの意識は中央に置いてある石造りの台上にある石版に吸い込まれているようですね。どうやら、石版の上にあるクリスタルに何らかの反応をさせることでドアが開く仕組みのようですよ。


〝時は過ぎ去る〟

〝急ぐわけでもなく〟

〝留るわけでもない〟


「謎解きかいな、急いでも止まってもあかん・・・」

「とりあえず、赤・・黄・・・を混ぜてと」


 ミトがアモンを手に取り、慣れた手つきで地面に魔方陣を描き始めました。


「フォルテース・フォルトゥーナ・ユウァト」


 呪文を唱えると、黒く描かれた魔方陣が端から徐々に光り始め、全体に光が満たされたかと思うと中央から炎が勢いよく飛び出し一筋の竜のようになって、クリスタルに一直線に向かいましたね。


 すさまじい轟音とともに、竜がクリスタルにぶつかりましたが、クリスタルは・・・。

 クリスタルには傷が一つも付いていませんよ。どうやら当たる瞬間に、何らかの防壁が反応したようです。


「あちゃあ、やっぱこれやなかったか・・・」

「ゆっくり、やけど止まらんもん・・・」

「時間の流れ・・・人・・・成長・・・」


 しばらく考えていたミトは思いついたように魔法薬の合成を始めました。


「緑と黄・・・」

「フェスティーナー・レンテー」


 魔方陣の中心から芽が出てきましたよ。芽は蔦の様に形を変え、徐々にですが確実にクリスタルの方に伸びていきます。さっきと同じように弾かれないでしょうか?ミトも不安そうに見守っています。クリスタルに蔦の先端が、触れましたね。そのまま巻き込むように包み込んでいきます。

 しばしの沈黙の後、またドアが自然に開きました。どうやら、正解だったようです。急ぐわけでも、留まるわけでもないもの、それは生命の成長だったんですね。


「よっしゃあ、次や次」


 ミトは勢いよく次の部屋へと向かっていきましたよ。


 次の部屋は同じように石板が置かれていますね。なになに・・・


〝我待つ者なり〟

〝時満ちる時〟

〝運命は道を見出すであろう〟


「また謎解きかぁ」

「我がクリスタルで、待っている・・・」

「時が満ちるのを・・・満ちる・・・満ちる物・・・」


「満ちてくるもん言うたら水、水や!」

「青と黒・・・」

「ファータ・ウィアム・インウェニエント」


 魔方陣が一瞬水色に光ったかと思うと、水がわき出てきましたよ。水はどんどん量を増しミトの膝、肩、もう頭まで来ました。そのまま、部屋は水槽の様になりさらに水量を増していきます。そして、とうとうクリスタルに水が触れましたよ。その瞬間、ドアが開き逃げ場を得た水は外に流れ出していきましたね。


「ずぶ濡れになってもた」

「まぁええわ、次いこ」


 とうとう最後の部屋にやってきましたね。先ほどまでと違って、部屋は薄暗くひんやりとしています。同じように置かれた石板には、何て書かれているのやら。


〝我に触れるな〟

〝時は来たれば〟

〝我は目覚める〟


「触れたらあかん・・・」

「目覚め・・・」

「わからんなぁ・・・」


 ミトはしばらく考え込んでいたかと思うと、不意に立ち上がりましたね。


「目覚め言うたら、目覚ましちゃうんか?」

「音、音や、触れたらあかんねやったら、音で反応させたらええんや」

「ノーリー・メー・タンゲレ」


 遠くから、いいえどこからともなく一定の波長の音が聞こえてきます。その音量は徐々に増していき、部屋中がその音に包まれたかと思うと、クリスタルが光り輝くように反応し最後のドアが開きました。


「第二種目、ラビリンス攻略や」


 外には、相も変わらない格好をした審査員が待ち構えていましたね。


「ミト=フロイト様、お疲れ様です」


「うちは通過やろ?」


「それは他の方の結果を待ってからの発表となりますので、お待ちください」


「ほんまか、はやよしてや」


 ミトは通過できるのでしょうか?はたして他の人達の実力は。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「うわぁ、すごい人。千人くらいいるんじゃないの」

ミザール地区予選でも、第一種目・第一組の詠唱が始まりました。

 参加者用の観覧席に上がると、競技のフィールドだけでなく、一般用の観覧席もよく見渡せます。競技場をぐるりと囲む観覧席のうち、北側の五分の一くらいが参加者用、残りが一般用です。

「・・・・・」

シトリーを無視して、ルートヴィヒは一番後ろの通路側の席に腰を下ろしました。

「ねぇ、もっと前に行こうよ」


「・・・・・」


「まぁ、僕は目が良いからどこでも大丈夫だけど」

この少年、変わってますね。完全無視のルートヴィヒの隣に、人懐っこい笑顔で並びました。

「・・・入れなかったのか・・・」


「え?何か言った?」


「・・・・・」

 ルートヴィヒが見ていたのは、西側の一般用の観覧席でした。人々の、髪や帽子の乗った頭に混じって、つやつやと緑色に輝くウィンザーの頭が見えます。出場者が出入りするブースには、入れなかったようです。不安と、ちょっとしたジェラシーと、興奮が見て取れる視線を、こちらに投げていますね。

「もう一組目が終わっちゃった。僕たちの番も、意外と早く回ってきそうだね」

シトリーは、それには気づかない様子です。


 それから五組目まで、二人は一緒に観戦しました。

ふと、シトリーが言います。

「みんな詠唱が雑だね。もっと丁寧に唱えなきゃ。言葉は魔法だけじゃなく、人間そのものにとっても、とても大事なものなんだ」

熱のこもった言葉に、ルートヴィヒはようやく、ちらりと横を見ました。その視線がぶつかり、お互いに何か言おうと口を開きましたが、係員の声がそれを遮りました。

「八組目、71番から80番までの方、召集所へ」


「あ、僕の番だ」

「じゃあ、行ってくる。また後でね」


「・・・・・」

シトリーが観覧席の階段を降り、姿が見えなくなるのと同時に、六組目が入場してきました。となると、ルートヴィヒも次に呼ばれますね。大会の規模から覚悟していたよりも早い展開に、ルートヴィヒも調子が狂っているのか、少しぼんやりした顔です。ぐるりと客席を見回すと、さっきまでこちらを見ていたウィンザーが、競技に夢中になっているのが目に入りました。

「・・・・・」


「アウラ・ウェニアース」

 シトリーの詠唱は素晴らしいです。動きに無駄が無く、詠唱に迷いが見られません。今も、呪文が唱えられると同時に放たれた風の刃が、パントマイムの肩を楔形にえぐったはずなのですが、その刃の発動と移動が速すぎて、パントマイムが勝手に破裂したように見えました。

残り二つの呪文も、威力こそ人並みですが、正確さは本物でした。軽やかな声で唱えられる呪文は、決してゆっくり喋っているわけではないのに、はっきりと耳に届きます。

「シトリー=レイ様、第一種目通過です」


「やったぁ!」

 審判員の一人が声をかけると、当然とも嬉しいとも思っているような晴れやかな笑顔を見せました。

 ルートヴィヒはフィールドの端にある次組の召集席で、その様子をずっと見ていました。普段他人に興味を持たない彼が、一体どうしたことでしょう。

「見ててくれた!?」

 視線に気づいて、シトリーが駆け寄ってきます。

「ねぇねぇ、どうだった?」


「・・・綺麗な詠唱だった」


「本当!?嬉しいなぁ」

 うきうきと顔をほころばせているところに、係員がやってきました。

「競技を終えられた方は、こちらに来てはいけません。一旦フィールドを出て、第二種目の召集まで、控え室か観覧席でお待ちください」


「あ、すみませーん」

「じゃあ僕、上から見てる。手を抜いちゃだめだよぉ」


「・・・・・」


「頑張ってね、ルートヴィヒ」


「―――――!?」

 ルートヴィヒの顔がしかめられた瞬間、シトリーは笑顔のまま走って去って行き、同時に声が響きました。

「81番から90番の方、フィールドへ」


「・・・何だ、今のは・・・」

 確かにおかしいです。ルートヴィヒは名乗っていないはず・・・。

 しかし順番が来た彼は、本人に確かめたい気持ちに後ろ髪を引かれたまま、他の出場者と連なってフィールドへ出なければなりませんでした。


「カラミタース・ウィルトゥーティス・オッカーシオー・エスト」

 少々の雑念では、ルートヴィヒの魔法は揺るがないようですね。長い呪文をさらりと唱え、パントマイムの頭のてっぺん、ど真ん中に雷を落としました。雷の閃光が、昼間だと言うのに、会場の端にまで届くほどの威力です。

「ディーウィデ・エト・インペラー」

 続いて物質を支配する呪文。破壊も再構築も自在に出来るため、上位に位置づけられている難易度の高いものです。それも顔色一つ変えずに命中させ、雷で黒焦げになったパントマイムを元通り綺麗にすると、ちょっと考える間があった後、「・・・アストラ・アド・アスペラ・ペル」と、唱えました。

 眩しい光の矢が一本、ルートヴィヒの右の手元に生じました。それが彼の身長ほどの長さになると同時に、真っ直ぐに飛んで、パントマイムの左胸に突き刺さりました。

三つの詠唱を終えても、彼の表情は変わりません。観客席で主を見守っていたウィンザーは、相当はしゃいでいましたけど。

「ルートヴィヒ=ブルクハルト様、第一種目通過でございます」


「・・・・・」

 係員の方を見ようともせず、彼はフィールドを出て行きました。

観覧席へ上がる階段に足を掛けると、頭上から足音がしました。見上げると、ちょうど踊り場にシトリーが降り立ったところでした。

「ルートヴィヒ!通過おめでとう!!」

 シトリーは階段の残りを、ルートヴィヒの手前まで駆け降りてきました。

 相変わらずの笑顔も、何だか不気味に見えてきたような・・・。

「・・・どうして俺の名前を知っている」


「え?」


「とぼけるな」


「あぁ、召集席で点呼していたのを聞いたんだ」


「あんな広いフィールドの真ん中で競技をやっていたやつが、召集席の声なんか聞こえるか」


「注意して聴いてたんだよ~」

「ルートヴィヒ、名乗ってくれないんだもん。僕は教えたのに」

「まぁ、今の競技、余裕だったっていうのもあるけど」


「・・・・・」

 眉間にあからさまな皺を寄せ、なおも不信感を消せないルートヴィヒ。

私も分からなくなってきました。シトリーの顔を見ていたら、嘘をついているようには思えませんが、耳を澄ませるだけで競技中に召集席の声なんて聞けるものでしょうか。

「ねぇ、そんなことより、控え室にお茶とお菓子があるんだって。一緒に行こうよ」


「・・・俺はいい」


「そう?腹ごしらえしとかなきゃ、まだ二種目あるんだよ。僕は行ってくるね」

 そう言ってルートヴィヒの脇を抜け、また走って去ってしまいました。

「・・・・・」

 ルートヴィヒは黙って観覧席へ上がっていきましたが、ちょっと私だけシトリーについて行ってみましょう。


「最後は少し手を抜いたように見えました」


「そうだねぇ。光魔法も結構使いこなせるってことだ」


「ご主人、第二種目は彼の得意な魔方陣です。油断しないで」


「あはは。気が早いよ、ムルムル。まだ対戦するわけじゃないし」

「それに、楽しみなんだ。ルートヴィヒの力を見るの」


「確かに予想以上の以上の力ではあります」


「大丈夫、ちゃんと冷静に様子を見てるよ」

「僕達の間では有名だから、あの人」


 あわわわ・・・シトリーが、自分の影と話をしています。ご主人って呼んでたってことは、このムルムルとかいう影がファミリア?

 しかも意味ありげな内容でしたね。シトリー、本当に一体何者なんでしょう?

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