Magick.10
―パタパタパタ
テレジア嬢のもとにも、手紙が届いたようですね。
「テレジア様ぁ~」
「アイナ様からの手紙が届いてますよ」
どうやら、おばあ様からみたいです。
「しー」
「リグレット、声が大きいわよ」
「どうしたんですか?」
「お母様には秘密だから、大きな声で言わないで」
「それならそうと先に言ってもらわないと~」
「もう、いいわよ」
さてさて、どんな内容ですかね。
~親愛なるテレジアへ
~元気にしていますか?
~魔法大会の噂は、王都から遠く離れたここアリオト地方にも聞こえてきています。
~でも、テレジアが出るなんてびっくりしました。
~テレジアにも、魔法の才能があったのですね。シンラと同じように・・・
~シンラが今どこにいるのか、何をしているのかは正確にはわかりません。
~けれど、たまに届く手紙では世界中を転々として、マナクリスタルと呼ばれるものを探しているとだけ書いてありました。
~色々積もる話もあるので、一度遊びにいらっしゃい。
「おばあ様も居場所は分からないのね・・・」
「けど、話を聞けば何かわかるかも知れませんよ」
「そうね、そうよね!」
「そうと決まったら、お母様に言って出発の準備しなくちゃ」
さっき決まったばっかりなのに、もう出発するみたいですよ。
「では、行ってまいります」
「あ母様によろしくね」
「わかっています」
二人は、街の船着場から船に乗るみたいですよ。アリオトまでは船で向かうようですね。
アリオト地方と言えば、王都アルカイドから船で5時間ほど南東に向かった場所に存在している地域です。
森に囲まれ湿気が高く、魔法薬の原料となる植物なども多く取れるため、黒魔術師が多く住んでいますが、その気候上貴族などはほとんど住んでいません。ただ、森に囲まれてない場所は農業などを中心とした農家が多く軒を連ねて古き良き田舎の風景といった感じです。
「テレジア様、船なんていつぶりですかね?」
「もう5年になるわね、前もこうして船に揺られておばあ様の家に向かったのよね」
「おばあ様、元気かしら」
船に乗っている船乗りや客達の話題も、魔法大会の話で持ちきりのようですよ。
「予選くらいなら俺が出てもいけるんじゃないかな」
「あんたが出たら、怪我するだけだよ。化け物みたいなやつが出るって聞いたわ」
「いやいや、なんでも魔法が使えて選ばれた人が出れるらしいよ」
「賞金と領地と貴族の位がもらえるとか聞いたわね」
「リーベル様も招待されるらしいわよ」
「さすがリーベル様、しびれるわ」
「優勝は絶対リーベル様よ」
「テレジア様、なんか騒がしいですね」
「リーベル様って一体・・・」
「さぁ?どこかの貴族じゃないの」
「リグレット、そろそろ陸が見えてきたわよ」
「相変わらずの、田舎っぷりですね」
「そんなことはいいから、早く降りる準備しなさい」
船を下りた二人は、街の外れまでやってきましたね。
「左に行くとサロニアの森、右に行くとニケ丘陵って書いてありますね」
「おばあ様の住んでいるのはニケ丘陵の方だったわね」
「サロニアの森って、モンスターと蝙蝠とかいっぱいいそうな薄暗い森ですね」
リグレットは体をぶるぶると震わせながら言っています。
「森に住んでる人もいるんだから、そんなこと言わないで」
延々と続く長い坂道を二人は登っていきます。
「やっぱりいい空気ね」
「そうですね、アルカイドよりも結構暖かく感じます」
丘を登り切ると、こじんまりとした民家が見えてきましたよ。
周りには、きちんと手入れされた花が綺麗に咲き誇っています。
その花達に水をやっている人がいますね、どうやら・・・
「おばあ様、アンナおばあ様」
「テレジア!よく来たわね」
「おばあ様お元気でした?」
「私は、花とこの子たちに囲まれているからいつも元気ですよ」
小さい小鳥達が取り囲むように周りを飛び回っています。ファミリアのようですね、こんなにたくさんのファミリアを使いこなすってことはそれなりの魔法力なんでしょうか。
「かわいいですわね」
「こんな所で立ち話もなんだから、中におはいり」
「それに、聞きたいこともあるのでしょう」
「はい、おばあ様」
二人は家の中に入っていきました。どんな話が聴けるんでしょうか。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
「ご主人様、朝食の準備が調っております。どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」
ルートヴィヒの城は、何度目かの朝を迎えています。すっかり聞きなれたウィンザーの起こし文句。
以前は起こされる前に起きていたルートヴィヒですが、最近は連日連夜の作業疲れのためか、ウィンザーが朝食の時間に彼を起こし、一緒に運んでくるコーヒーで、初めて目が覚めるといった具合です。
しかし。
「・・・・・」
「起きていらっしゃったんですか」
今日は、起こされる前に目覚めていたようですね。既にベッドを出て、ソファに座っていました。指先でアモンをくるくる回しています。カラスの飾りが、まるで飛んでいるように軽やかに回っています。
「会場が遠いからな」
なるほど、今日は魔術大会地区予選の日なんですね。
「朝ご飯、たっぷり作ってありますよ~!たくさん食べてくださいね」
「・・・そうだな」
いつもより豪華な朝食を終えたルートヴィヒは、普段と変わらぬトーンで言いました。
「二十分後に出る」
「はい、ご主人様」
今日も本当に二十分後に出発の準備が完了したルートヴィヒ。門の所まで出ると、ウィンザーが馬車を引いてやってきました。つやのある真っ黒な毛並みに、同じく真っ黒なたてがみ、そして額に生やした鉛色の一角。その二頭立てで、なかなかの迫力です。
「お待たせしました!どうぞ、お乗り下さい」
徒歩や移動魔法を使わないで、体力・魔法力を温存させるつもりでしょうか。
ルートヴィヒが黙って座席に乗り込むと、ウィンザーが手綱を取り、一角馬は軽快に走り出しました。
「会場は、シャンツェの街の競技場でしたよね。大会のために、派手に改装されたんでしょうね。古くて味のある建物だったのに」
シャンツェの街は、ルートヴィヒが治めるベルンシュタインの隣、フェレンツという領地の西の端にあります。穏やかな海に面していて、交通や商業が発展した大きな街です。ベルンシュタイン、フェレンツを含むこのミザール地方の中で、一番大きな都市と言えるでしょう。
「きっとお祭り騒ぎの真っ最中でしょうね。かなり人が多そうですけど、シャンツェは道路が整備されていて、街の大きな通りは大概車道と歩道に分けられているから、馬車で会場のすぐそばまで行けるみたいです」
「・・・車道だからと言って、通るものが馬車だけとは限らないがな」
「えっ?どういう意味ですか!?」
「・・・・・」
車道は、人以外・・・のもの・・・が通る道です。馬車はもちろん、獅子が引く車や魔法で動く車、主人を乗せた召還獣なんかも通ります。中には凶暴なやつや、カエルが大好物のやつも・・・。
ルートヴィヒは、ウィンザーを脅かすだけ脅かしておいて、また色の名前などを呟きながら、自分の世界に入ってしまいました。
「も~。僕を脅かす暇があったら、寝ていてください。着いたら起こしますから」
馬車は森を抜け、開けた草原を突っ切る道を過ぎました。その後いくつかの町や村と、いくつかの森を越えながら二時間ほど走ると、ひときわ賑やかな街が見えてきました。
「ご主人様、シャンツェです」
うーん、予想に勝る騒がしさです。あちこちで、叫び声や笑い声、音楽や爆竹の音がしています。
街の入り口に、既に看板が立っていますね。何て書いてあるのかな。
〝魔術大会の街へようこそ!会場はこちら〟
・・・何だかセンスが無いなぁ。
街を東西に走る一番大きな道路の歩道は、人であふれ返っています。車道も、歩道ほどではありませんが、少し渋滞しているようです。空を飛んでいく人もいます。
「混んでいますねぇ」
渋滞の最後尾に馬車をつけ、首を伸ばして前の様子を伺っていたウィンザーが振り返りました。
「歩きますか?」
「・・・同じことだ」
「まだ時間もありますしね」
ルートヴィヒは、もうすっかり目が覚めた様子で、辺りを注意深く見回しています。
「これだけ人がいると、どれがお客さんで、どれが出場者なのか分かりませんね」
「・・・・・」
街に入って約一時間。ようやく目的の競技場に到着しました。これまたひどい混みようです。二人の乗った馬車は、受付のだいぶ手前で立ち往生しています。
「出場者受付は・・・あっ、あそこです。本人のみ可、代理人は不可と書いてあります」
「・・・・・」
ルートヴィヒは面倒くさそうに馬車から降りました。
「ご主人様、僕、馬車を停めてから追いかけますね」
その声を無視して、人ごみの中をすたすた歩いていきます。
受付も長蛇の列。受付係は十名ほどいますが、さばききれない人数のようです。イライラしてきたルートヴィヒの顔が、怖い怖い。
二十分ほど並んで彼の順番がやってきました。
「こんにちは、ご出場でよろしいですね」
中年の男性が、のんびりした笑顔で一枚の紙とペンを差し出します。
「・・・・・」
誓約書みたいですね。
「えー、こちら、死亡があった時のみ、国庫から見舞金が出るという内容になっております。怪我や障害は補償しません」
「ご同意頂けない場合、出場出来ません。同意されるのであれば、こちらにサインを。出場者名簿に登録します」
「・・・・・」
ルートヴィヒは黙ってペンを受け取ると、さらりと誓約書に署名を入れました。
「はい、どうも。えー、ルートヴィヒ=ブルクハルト様・・・」
そこまで言って、受付の男性はルートヴィヒの顔を見上げました。一瞬真顔になり、その小さな目の奥に妖しい光を感じるか感じないかという瞬間に、
「では、出場者の控え室へどうぞ。案内が出ておりますので、そちらに従って下さい。競技の内容は、後ほど発表します」
また元ののんびりした笑顔に戻りました。
「こちら、登録番号のバッジです。競技に必要になりますので、ずっとつけておいてくださいね」
ルートヴィヒが渡されたのは84番です。
「・・・・・」
受付の男の妙な表情の変化に違和感を感じながらも、彼は会場へと入っていきました。
何だか早速怪しいですね、この大会。一体どうなるんでしょう。