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第3話 天才少女、勘違い神認定

 中庭での騒ぎから数日後。

 学園での俺の扱いは、劇変していた。


「アルマンド様、おはようございます!」

「本日のご機嫌はいかがでしょうか、アルマンド様!」

「どうか、私めにカバンを持たせてくださいっ!」


 廊下を歩けば、かつて俺を『魔力ゼロのゴミ』と呼んでいた生徒たちが、こぞって頭を下げてくるのだ。

 中には、神に祈るように両手を組み合わせている奴までいる。


「……おはよう。いや、カバンはいいよ、自分で持てるし」

「なんという慈悲深さ……! 御子様は自立の精神をお持ちなのだ!」

「ははーっ!」


 うるさい。そして重い。

 どうやら、あのレディスの魔法を『無動無詠唱で消滅させた』出来事は、尾ひれに背びれがついて学園じゅうに広まったらしい。


 曰く、『アルマンド卿は魔力ゼロではない。我々の次元の魔素測定器では計測できないほどの、高位次元の魔力を有しているのだ』。

 曰く、『魔法を撃ち消すあの不可視の術理——あれこそが神の奇跡、「絶魔アンチ・マジック」である』。


 ……もう好きにしてくれ。

 俺はただ、視界の隅に出た鬱陶しいエラーメッセージを『YES』で消しただけなのに。


「あー……胃が痛い」


 俺は逃げるように、人気のない特別修練場へと足を向けた。


【System:ユーザーの胃壁に軽微な炎症を検知。ナノマシンによる修復プロセスを実行しますか? [YES/NO]】


「お前もいちいち反応するな。っていうか胃薬代わりにもなるのかよコレ」


 心の中で『YES』を選択すると、胃の痛みがスッと消え去った。

 便利だけど、ますます自分が人間をやめつつある気がして不安になる。


 修練場の分厚い扉を開けると、そこには先客がいた。


「っ……ふっ!」


 銀色の長い髪を振り乱し、凄まじい速度で魔法の的を破壊し続けている女生徒。

 彼女の周囲には、圧倒的な密度の魔素——緑や青、赤に輝く光の粒子が狂暴な嵐のように渦巻いていた。


「エレナ・アークライト……」


 彼女は、この学園でもイレギュラーな存在だった。

 平民の出身でありながら、歴代最高クラスの体内魔素濃度を持ち、筆頭特待生として入学してきた天才少女。

 しかし、その出自ゆえに貴族の生徒たちからは強い嫉妬を買い、常に孤立していると聞いていた。


 俺は邪魔をしないように、そっと扉を閉めようとした。

 だが、その時だった。


『警告:極めて危険なナノマシン異常暴走オーバーフローの発生を予測』

『対象ユーザー(エレナ・アークライト)の生体接続回路が限界値を超過しています。このままでは魔力自壊メルトダウンプロセスに移行します』


「なっ!?」


 視界が真っ赤になった。

 無機質なアラート音のような声が、これまでになく激しく頭の中で鳴り響く。


「きゃあっ……!?」


 修練場の中央で、エレナが苦痛に顔を歪めて膝をついた。

 彼女の周囲を渦巻いていた美しい光の粒子は、どす黒く濁った色へと変異している。

 それは、ただの魔力の暴走ではない。

 暴走した魔素は凝集し、実体を持ち——一つの巨大な異形のバケモノへと変貌を遂げようとしていた。


「嘘だろ……魔物化エラー・クリエイションだと!?」


 通常、人間が魔獣に変わるなどということはあり得ない。

 だが、エレナの抱える過剰な魔素が、周囲の空間そのものをエラーで歪めてしまったのだ。


「誰か……! 助けて……っ!」


 エレナが悲鳴を上げる。

 化け物の黒い腕が、彼女の華奢な体を掴み取ろうと伸びる。


『——重大なシステムエラー。周辺環境の甚大な破壊を予測』

『管理者に緊急判断を要求します。対象オブジェクト(暴走魔力体)を完全に論理削除デリートしますか?』

『 [YES] / [NO] 』


「いちいち聞くな! 間に合わなくなったらどうすんだ!」


 俺は扉を蹴り開け、修練場の中心へ向かって駆け出した。


「[YES]だ! さっさと消し飛ばせっ!」


 全力で叫びながら、エレナに襲い掛かろうとしていた化け物の黒い腕に、自らの手を叩きつけた。


 ——ピキッ。


 ガラスが割れるような、小さな音が響いた。


『[YES]を承認。対象の論理削除プロセスを実行』

『権限レベル:オメガ。全エラーデータを初期化します』


 俺の手が触れた場所から、空間が波打った。

 直後、部屋を埋め尽くそうとしていた巨大な黒い化け物が。

 そして、エレナを苦しめていた暴走する魔素の嵐が。


 文字通り、一瞬にして音もなく『消去』された。


「……え?」


 床に倒れ込んだエレナが、呆然と俺を見上げた。

 部屋の中には、かつて暴力的な魔力が吹き荒れていた痕跡すら、何一つ残っていない。


「だいじょうぶか?」


 俺は息をつきながら、エレナに向かって手を差し伸べた。

 彼女は差し出された手と、俺の顔を交互に見つめ——大粒の涙をこぼした。


「あ、あなたは……」

「アッシュだ。アッシュ・アルマンド」

「アルマンド、様……。ああ、私……なんという奇跡を……」


 エレナは俺の手を取らず、そのまま床に額を擦り付けるようにして深くひれ伏した。


「魔力暴走による確実な死の淵から、一片の呪文も術式も用いずに私を救い出すなど……っ! あなた様は、まさに神の現しアバターであらせられるのですね……!」


「いや、ちょっと待って」


「このエレナ・アークライト! この命、果てるまであなた様に尽くすことを誓います! どうか、この卑しい平民をあなた様の忠実なる使い魔としてお傍に置いてくださいませ!!」

「だから待てって!話を盛るな!」


 額を床にこすりつける天才魔法使い。

 俺の視界の右上では、『システム:論理削除完了。パフォーマンスは正常です』という緑の文字が、どこか誇らしげに点滅していた。


 ——俺の平穏な事務官生活は、こうして完全に音を立てて崩れ去ったのだった。


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